第31話 対魔人②~秘策~

「今のでダメージなしか……」


 つむじによって、穴に叩き落とされた魔人。

 でも奴の精霊たちは、相変わらず穴の中を蠢いている。


「皆、そろそろ限界?」


「そんなわけ……ないでしょ! バカきょうえい!」


「これだからバカは」


「不細工め」


 ……今、僕の文句を言った奴らの顔は覚えたからね?


 口では強がっていても、皆の疲労は精霊から伝わってくる。


 役員決定戦に魔人。

 連戦が続いているのだから、疲れていて当然だ。


火光かこうさんも大丈夫?」


 魔人に殺されかけた彼女は、「比翼連理」を抱きしめて座り込んでいる。


 お父さんの仇に殺されかけたのだ……無理もない。


「皆……逃げて欲しい」


 絞り出された火光さんの声。


 死への恐怖もあるだろうに――それでも彼女は僕らを気遣うのだ。


 ホント、つくづく――


「火光さんはおバカさんだなあ……」


「私……主席」


 彼女は何も分かっていない。


「主席だろうが何だろうが関係ないよ!

 僕らは火光さんを助けたい――助けるって決めたんだ!

 ……仮に火光さんが嫌がったとしてもね。

 だから火光さんの意・・・・・・志は関係ないよ・・・・・・・

 ……ねえ、皆!」


「「「「応!」」」」


「良い返事だね! バカども!」


「「「お前が言うな!」」」


 聞こえる声は生き生きとしている。

 皆、楽しそうで何よりだ。


「だから火光さん。

 大人しく僕らに助けられて欲しい。

 火光さんが反対するなら、君と戦ってでも・・・・・、僕たちは君を守る!」


「どう……して?」


 潤んだ赤の瞳には、疑問の色が浮かぶ。


 ……ホントに。

 彼女は人の気持ちを察するのが苦手なようだ。


「火光さんのことが……好きだから。

 好きな人すら守れない奴が、王様になれるわけないからね」


「「「「抜け駆けすんな!」」」」


「火光さん、俺の方が好きだぞ!」


「下がってろバカ! ここは紳士的にだな――」


「うるせえ、ビビり!」


「一番仲の良い私が、一番しんかを好きに決まってるよね?」


海風うみかぜさん? それ、関係ないよね?」


「火光さん、ここは危ないから私と籍入れよう?」


 目を丸くする紅蓮の少女。


 そうさ。

 皆、君のことが好きなんだ。

 

 ……好きな人を守って何が悪い!

 

 間違いなくクラスメイトたちもそう考えている。


 くるりと身を翻し、彼女に背を向ける。


「さあ皆、振り絞ろう!

 このままだと僕らは、口だけの情けない奴らだ。

 これに勝てなきゃ、僕らの想いは証明できないよ?」


「「「「よっしゃあぁぁぁぁぁぁ!」」」」


「は組」のみんなに気合が入る。

 僕らは折れない。

 たとえ死んでも……折れてたまるか!

 

 未だに魔人は出てこない。

 つむじの風に手間取っているのかもしれないが――


 ……今が好機!


「赤組! 外縁部に散開! 塔の壁に攻撃・・・・・・を打ち込め・・・・・!」


「「「了解」」」」


 壁が火の精霊の攻撃に晒され始める。


「火光さん。僕たちは諦めない。

 だから……君も手伝ってくれると嬉しい」

 

「……わかった」


「比翼連理」を抱きしめながら、火光さんも壁に炎をぶつけ始める。

 その表情は見えない。

 でも、彼女の火の精霊たちの輝きは、雄弁に彼女の心境を物語っている。


「さてと――」


 壁からは、水の精霊が出てくる・・・・・・・・・

 炎に対抗するためだ。


もらうよ・・・・!」


 両の手をその水の精霊に向け操る・・


「水の精霊たち! 僕の元へ来い!

 赤組! 炎を止めないように!」」


 全て・・使わせてもらう!


 壁からは蓄えられた水の精霊が、次々と溢れてくる。

 

 それでも全然足りない。

 こんなものじゃ――あの炎の魔人は滅ぼせない。


「青組! 全身全霊で僕に水の精霊を撃ち込め!」


 自身を宙へ浮かせる。

 皆が狙いをつけやすい様に。


 そんな僕を見上げるクラスメイトたち。


 眼下には、魔人の蠢く穴。


「さあ、みんな! 来――」


「よっしゃあぁぁぁぁ! 死ねえぇぇぇぇぇ!」


「日頃の恨みだあぁぁぁぁぁ」


「火光さんと海風さんは渡さないよ!」


「その叫びはおかしいよね⁉」


 僕に水の精霊を用いられた、ありとあらゆる攻撃が集中する。


 球、弾、槍、刃――


 さてはこのバカたち……本気で僕をる気だね⁉


「やられてたまるかあぁぁぁぁ!」


 彼らの放った精霊の主導権も奪う・・


 それを壁から集めた水の精霊たちごと――


 圧縮・・する。


 青く輝く水の精霊たち。 

 それを球状に圧縮。

 

 一回り。

 青が濃くなる。


 二回り。

 更に濃くなる。


 僕を容易に包み込む規模で展開されていた水の攻撃が、手のひらに乗るほどのサイズまで。


 色は深海色。

 光を呑み込む闇の青。


 ……どうしてくれようか。

 ちらりとクラスメイトに視線をやる。

 

黒白こくはく君話し合おう! それは人に向けるもんじゃない!」


「そうだ! 俺以外に頼む!」


「落ち着け! 話せばわかる」


 言えば言うほど醜い争いだ。


「皆、安心して! これは元々火光さんに勝つための秘策だよ

 今回君たちには使わない」


「私にそれ・・を……」


 気のせいだろうか。

 火光さんの顔色が悪い気がする。


「予定が狂ったよ……こいつ魔人のせいで!」

 

 未だ穴から出てこない魔人。

 こいつが居なければ、全ての策を用いて火光さんを討ち取っていたはずなのに!


 全力で振りかぶる。

 野球部(体験)の実力を思い知れ!


「この――大馬鹿野郎おぉぉぉぉぉ!」


 僕は魔人への恨みを込めて、圧縮水球・・・・を全力で投げ込む。


「爆ぜろ!」


 僕の合図と共に、水の精霊たちは解放されて――


 魔人を穴ごと巻き込んで破裂した。





「疲れたあ……」


「黒白君……」


 黒白君は、私の隣に降り立つ。


 一目でわかる程の疲労。

 

 もう彼はろくに動けないはずだ。



 それ程振り絞った一撃だったのだろう。

 

 それでも――あの魔人は生きている。


 私には分かる・・・・・・


 穴は水没し、生物の生きられない状態。


 けれど、その水の中には――未だ火の精霊たちが存在している。

 相性の悪い水中に、火の精霊は存在できない・・・・・・はずなのに。



「黒白君……ありがとう……ごめんね」


「くっ⁉」


 ごぼごぼという音と共に、穴自体・・・が弾け飛ぶ。


 


「もう良いだろう。比翼連理をよこせ」


 穴だった・・・場所の中心に、炎の魔人は在った。


 傷一つない。


 差し向けられた手には、天地万象を焼き尽くす灼熱の炎。


「まだ足掻くのか」


 魔人を貫かんとする土の槍。

 しかしそれらは、魔人の持つ大剣によって切断・・される。

 

「ちっ……仕留められなかったか!

 足掻くに決まってるだろ、この変質者!」


「小僧……弱者が割って入るな」


「お前こそ、僕らの間に割って入るなよ!

 僕らには約束がある!

 火光さんを死んでも守るって!

 無理矢理火光さんから『比翼連理』を奪おうとする、お前みたいなやつからね!」


 黒白君が叫ぶ。


「そうだよね……火光さん。

『比翼連理』も渡す気ないもんね?」


 これ以上皆に迷惑をかけたくない。

「比翼連理」を渡せば……皆助かるかもしれない。


 でも――


「ごめんなさい――渡したく……ない」


 涙が流れ落ちる。


「ほら、火光さんは渡したくないんだ!

 諦めて、とっとと帰れ!」


「そうだそうだ!」


「うちのアイドルを泣かせる奴は、地獄に落ちろ!」


「失せろ! この変態!」


「譲れぬか」


「皆の言葉……聞こえなかったの?

 譲れるわけないだろ!」


「止むをえまい」


 魔人は音もなく宙へと身を浮かせる。

 重力を感じさせない、滑らかな動きだ。


 広場を見渡せる位置に留まると、火の精霊が動き始める。


 円を描くような12の火球。

 けれどその火球1つ1つに……私たちを焼き尽くす火の精霊が秘められている。

 

「屍から頂こう」


 刹那――


 魔人から広場全体へと放たれる焔。


「全員! 守れえぇぇぇぇぇぇ!」


 

 黒白君の声が――死の奔流の中で聞こえた気がした。




「どうして――」

 

 私は……生きてるの?


 目を開けると、そこは焼け野原となった広場。

 クラスメイトたちが倒れ伏している。


「皆……大丈夫?」


 お願い。無事でいて。


 溢れかえった炎の中、風の精霊を飛ばす。

 

 良かった――皆生きてる。


「何が起きたの……?」


 魔人のいる空を見上げるとそこには――


 黒白君が私たちを庇・・・・・うかのように・・・・・・魔人と向き・・・・・合っている・・・・・


「黒白君⁉」


 酷い怪我だ。

 背中ごしでもそれはわかるのに。


 それでも尚、彼は魔人と対峙する。


「小僧……貴様」


「何さ……こっちは疲れてるんだ」


「拙の炎を弱めたな?

 水と風をこの空間全体・・・・に広げ……それで炎を受けたな。

 自身の身を顧みずに――いや、自身を捨てた・・・・・・からこその出力か?」


 自身を……捨てた?


「黒白君! まさか――」


「分かったか……魔人。

 僕たちは……負けない」


 声に――覇気がない。


 ……私たちを庇ったの⁉ こんな絶体絶命の状況で⁉


「だがその様では、もう拙の炎は受けられぬ。

 精霊も尽きかけて・・・・・いるだろう・・・・・?」


 先程と同様に魔人に火の精霊が集ってゆく。

 違うのは全方位に向けられていた炎が、黒白君と私にだけ向けられているということだ。



「黒白君! もういい!

 もういいから逃げて!」


「火光さん……お断りだよ!

 だってここからが、僕の次の――」


 その言葉と共に、私と彼は紅の激流に飲み込まれた。





 火光さんやつむじを見て、漠然と思っていた。

 精霊保有量の多い彼女たちは、自然と精霊が体に馴染んでいる気がする。


 そんな僕の考えは、炎の魔人との出会いで確信に変わる。


 人の形をした精霊。

 膨大な量の精霊を人型に敷き詰めたような存在。

 それが魔人だ。


 それは――精霊と人が合わさったのと何が違う?


 身体に馴染むのを超えて――精霊と人が1つとなった。

 それが魔人なんじゃないか。


 すなわち――火光さんつむじの延長線上に、魔人がいるんじゃないか。


 小さい気付き。

 真偽は分からない。

 でもこの気付きこそが、僕を突き動かす。


 この魔人に――出会えてよかった。


 炎が僕たちに迫る。


 これを制御し・・・取り込む・・・・


 僕ならできる・・・


 これで僕は彼女たちを超える……超えてみせる!


 魔人の炎を受け止める・・・・・


 感覚としては、さっきの圧縮・・


 膨大な炎の――火の精霊の動きを見極めろ!


 



 驚愕に目を開く。


 黒白君が膨大な炎に飛び込んだ・・・・・ように見えた。


 けれどその炎は――火の精霊たちは私に届かない。


 黒白君がかざした掌。

 そこに火の精霊たちが……圧縮されている・・・・・・・


いただきます・・・・・・


 黒白君が一息にそれを手に取る・・・・


 そこに存在していた火の精霊たちが、彼の身体に吸い込まれたように見えた。


 すぐに表れる変化。

 彼の背中からでもわかる変化。 


「黒白君、それ――」


 黒白君の黒髪。

 それが魔人の炎の色に染まっている。


「大丈夫なの?」


 紅蓮の彼は、魔人から私に振り返る。

 その瞳は、私とよく似た赤色だ。


「火光さん、ごめんね。

 僕があいつを倒しちゃうよ!」


 茶化す様にウインクをする姿は、可愛らしい。


 外見は変わっても、優しい彼は変わらない。

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