第30話 対魔人①~「は組」~

「させるかあぁぁぁぁぁ!」


 私が死を覚悟した刹那――逆巻く怒涛が魔人を押し流す。


黒白こくはく君⁉」


 黒白君が立ち上がっていた・・・・・・・・


 壁に叩きつけられたせいか、額からは血が流れ落ちている。

 体操服は魔人の炎に煽られて所々焦げ、無残な姿だ。


 それなのに彼の目には――強い光が灯っている。





「1年『は組』!

 呆けてる場合か! 皆!」


 僕の声を風の精霊が運ぶ。


 ……これでクラス全員に聞こえるはずだ。


「男子! ビビってる奴は挙手!」


「はあ?」


「黒白、お前潰すぞ!」


「いるわけねえだろうが!」


「侮辱か⁉」


「そうだよね、野郎ども! 

 クラスのアイドル火光さんの危機だ……燃えて来るよね?」


 捲し立てる様に続ける。

「は組」の男子はバカだ。

 女の子と仲の良い男は裁判にかけるし、命を狙うし……人として最低だ。


 それでも彼らは――


火光さんアイドルのいない学校生活と、あの火の精霊しか能のないおっさん――どっちが怖い⁉」


「そんなの決まってらあぁぁぁぁぁ!」


「化物だろうが何だろうが来いやあぁぁぁぁぁ!」


「嫁は俺が守る!」


「「「てめえの嫁じゃないけどな!」」」



 一人の女の子を見捨てるような外道じゃない。



「女子! 怖いなら下がってても……良いんだよ?」


「黒白君、バカ言わないでもらえる?」


「使えない男子はほっといて私たちで助けようか?」


火光かこうさん好き! 結婚して!」


「うちらのアイドルを奪わせないよ!」


「……あれ、もしかして男子いらない?」


 僕の感想に、


「うーん……壁になるならいてもいいよ?」


「足手まといはいらないかなあ」


「火光さん、抱いて!」


 女子の答えは勇敢だ。

 男子なんかよりもずっと。


 そんな彼女たちが一人の女の子仲間を見捨てるわけがない。


 つまり、僕たち「は組」の答えは決まっている。


「皆! ここが今日の大一番!

 誰が火光さんを守って、英雄ヒーローになるかな?」


「「「「「俺(私)だあぁぁぁぁぁ!」」」」」


 ……勿論僕のつもりだが。


 全員が似たようなことを考えている。

 火光さんを救って、あわよくば仲良くなりたい。

 そんな下心が。


「それなら皆、やることは理解してわかるよね!

 あの赤いおっさんをさっさと倒して……僕らの火光さんを守るよ!」


「「「「「「応!」」」」」」


 それ故に――士気は上々。

 僕はクラスメイトに恵まれている。




「青・白の2属性もち! 空中から青攻撃!

 炎しか能のない魔人アホに目にもの見せてやれ!」


「「「了解!」」」


 数え切れない水の弾や氷の槍。

 それ以外にも、ありとあらゆる水の精霊による攻撃が魔人へと降り注ぐ。


「くたばれぇぇぇぇ!」


「この間男が!」


「くっ……届かないか・・・・・!」


 魔人の周囲を取り巻く、火の精霊たち。

 それらによって引き起こされる炎が、僕たちの水と魔人を遮る。



「小賢しい」


 言葉をきっかけに、魔人の右手が熱を持つ。

 火の精霊たちの収束。

 これから行われるのは、趙火力による炎の攻撃だ。


 でも――


 ……そんな遅い攻撃が、僕らに当たるか!


「空中にいる青白組! 炎が直線・・でくる――今! 散開!」


 魔人の炎が放たれる瞬間、指示通りに皆が散らばる。

 蜘蛛の子を散らすような散開。


 僕らのいなくなった空間を、巨大な炎の槍が貫いていく。


「地上組! 無理に接近戦を仕掛けなくていい! 塔の壁を盾にしながら撃て!」


 魔人の意識が、空中へと向かったところで、飛べない仲間も攻撃に参加する。


 塔の壁は特別製。

 天井は魔人に破られてしまったが――それでも半端な攻撃は通さない。


 塔の中央広場入口で身を隠しながら、全員が中心にいる魔人に対しての波状攻撃を仕掛ける。


「火光さんは渡さない!」


「火光さんは年上よりも、同級生の女子が好きなんだから!」


「このロリコン!」


 水属性の子たちが打ち出した水が重なり合い、大波が魔人へとぶつかる。

 しかし魔人もさるもの。

 炎が魔人に触れる前に、やはり水は蒸発していく。


「鬱陶しい」


 魔人の火の精霊の高まり。


 ……地上部隊を焼き払う気だな!


「させるか! 茶組! 足元!」


 魔人が炎を打ち出す瞬間に、魔人の足場を破壊する・・・・・・・

 散々練習した型――火光さんすら嵌めた型だ。


 ……そのまま滅ぼしてやる!


 ぽっかり開いた穴に落ちていく魔人。

 体勢を崩して放出された炎は、狙いが定まらない。


 無作為に放たれた炎は、そのまま塔の壁にぶつかり、壁の中の水の精霊と干渉し合っ・・・・・て霧散する・・・・・



「今だ、青! 穴を水没!

 茶組は、上から土を!」

 

 皆の動きが早い。

 指示通りに細やかに動く。


 ……これだけ僕らの力が合わせられるのなら!


 魔人を落とした穴がみるみる塞がり、水と混ざって泥へと変化していく。


「酸素が減れば、火の精霊は弱まるはずだ!」


 ……集中だ。集中しろ!

 

 地上から奴の火の精霊を見る。

 少し火の精霊が減るかのような動きを見せると、直後――恐るべき勢いで気配が膨れ上がっていく。


「皆、爆発するよ! 離れて!」


 途端に起きる大爆発。

 泥は飛び散り、一瞬にして乾く。


 それでも――


「逃がさないぞ! 赤おっさん魔人!」


 一条の紅い流星が宙に向かって飛び出す。

 空を踏む疾駆。

 爆発的な加速。


 しかしそれは、火光さんに散々見せても・・・・・・らった動きだ・・・・・・


「つむじ! 任せた!

 真下から直線でくるよ!」


「任された!」


 魔人の行き先には、既に・・僕の幼馴染が配置されている。

 空色の少女の周囲には、莫大な風。

 すべてを吹き消す、春の嵐だ。


「さっきのお返しだよ!」


 満身創痍のつむじ。

 魔人から受けたダメージは、そんなにすぐ癒えるはずがない。


 けれど彼女は振り絞る。

 名前を呼び合う少女のために。

 再び彼女と笑いあうために。


「っ⁉」


 飛び出した魔人の輝きは彼女の風に圧され、炎の勢いが弱まる。


「きょうえいの仇だあぁぁぁぁぁ!」


 つむじの渾身の蹴り。

 全身を用いた彼女の蹴りは、鞭のようにしなりながら風の精霊を多く纏う。

 

 その恐るべき蹴りは――空中へと飛び出した魔人の顔面へと直撃し――


「くっ」


 蹴りを受けた魔人はサッカーボールの様に、再び穴の中に蹴り落された。


「ゴおぉぉぉぉぉル!」


「僕は生きてるけどね⁉」


「もちろんわかってるよ」


 ブイとこちらにピースを向けるつむじは、憎たらしくも誇らしい。

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