第29話 乱入

火光かこうさん! 僕は次の攻撃にすべてを込める!」


 地上に降りて、意を決したように黒白こくはく君は叫ぶ。


「だから、僕の全力を受け止めて欲しい」


「あれ、ズルくね?」


「一か八かに賭ける気か?」


「それでも無理だろ? だよな?」


「ふふふ……勝てばいいのさ!

 僕が勝って――皆、破産させてやる!」


「「「この腐れ外道があぁぁぁぁ!」」」


 悲痛な叫びを受けながら、黒髪の少年は構える。


 徒手空拳――作ってきた刀もすべて尽きたのだろう。


 ……次の攻撃を本当に最後にするつもり?


 読めない。彼の考えが。


「火光さん、そんなバカに付き合っちゃだめだ!」


「そうだよ! 受け止めなくていいよ! 華麗に躱しちゃって!」


「やつに生きてるのを後悔させて!」

 

 皆、私にアドバイスをしてくれている。

 でも、ここまできたら私も――最後まで彼に付き合いたい。


「分かった。私もすべてを込める」


「……ありがとう。火光さん」


 彼の全力。

 全てを尽くした攻撃に、私も応えよう。


 そんな彼に勝ってこそ……意味があるように思うのだ。


 



「綺麗……」


 誰が発したのか分からない言葉。


 精霊の密度が高まっていく。


 ……僕は火光さんに、このままでは・・・・・・勝てないだろう・・・・・・・


 分かっている。

 理解している。


 けれど、正面からぶつかるのは止めない。


 ……僕の最大火力を。


 小細工はしない。

 したところで、意味はない。


「やっぱり……違うね」


「?」


 僕と火光さんの器の違い。

 精霊たちの動きの滑らかさ。

 集まる速度。

 規模の大きさ。


 全てにおいて彼女の方が上だ。


「そういえば火光さん」


「何?」


「今回は勝ったらどんな契約にするの?」


 話しかけても精霊の制御は揺るがない。


 既に・・僕を燃やし尽くす規模の精霊たちは集まっている。


 それでも彼女は足りないと言わんばかりに――精霊たちを集め続ける。


 殺意は感じない。けれど。


 ……確実に死ぬな、これ。


 火光さんから悪意を一切感じないのが、より怖い。

 無邪気そのものだ。


「私は……内緒」


 真っ直ぐに僕を見ていた紅い瞳が、少し逸らされる。


 可愛い。

 故に、彼女の操る火の精霊の巨大さがより際立つ。


 ……契約条件を考えてるってことは、一応僕を殺す気はなさそうだけど。

 

 そうなると、彼女の望みは何だろうか。


 現時点で召使い。

 それ未満の立場となると……奴隷?


 恐怖だ・・・


 火光さんは優しい子だから何もしないかもしれないけど――


「よし、火光さん! 潰せえぇぇぇぇぇ!」


「そいつを生かしておいても世のためにならないから、処刑すべき!」


「大丈夫! これは事故だから!」


 生き残ったとしたら、クラスメイト(特に男子)に何をされるかわからない。


 そういう意味でも……負けるわけにはいかない!



「……黒白君は?」


「え?」


「黒白君はどんな契約にするの?」


 彼女の疑問は尤もだ。

 といっても、僕の契約内容は難しいものじゃない。


「僕が勝ったら――」


 ……召使いを卒業して、火光さんと正式な友達になりたい。


 そんな僕の思いはしかし――言葉にすることができなかった。





 彼の言葉を遮るかのように、天井・・から轟音が鳴り響く。


「何⁉」


 黒白君も驚いている。

 つまりこれは……彼の攻撃しわざではない。


「は?」


「何だ?」


「おい! 天井が壊れてるぞ⁉」


 生半可な攻撃では、傷つかないはずの塔の天井が破壊され・・・・大きな穴が開いて・・・・・・・・いた。



濃い・・


 黒白君が呟く。


 何のこと?


 私も穴を見て……気付く・・・


 空が見えない。

 代わりに見えるのは灼熱の赤。

 凝縮された・・・・・火の精霊たち。


 動悸が高まる。


 数えるのも馬鹿らしいくらい高密度で集まった火の精霊たち。


 ……私はアレを知っている・・・・・



「いったい――」


「黒白君! 逃げてぇぇぇぇぇ!」


 私の言葉は間に合わない。

 一筋の紅い光が降り注ぎ、黒白君の立っていた場所が、爆風によって吹き飛ばされた。




「黒白君⁉ 大丈夫⁉ 

 生きてる⁉」


 ……彼が吹き飛ばされ、速度のままに壁へと叩きつけられた。


 返事がない。

 土埃は宙を舞い、彼が無事かどうかわからない。


 彼の元に駆け付けたい。でも――


小娘・・。久しいな」


 私は動けない。 

 彼が立っていた場所に、火の精霊が人型をかた・・・・・どっている・・・・・


「……魔人」


「ほう」


 父の仇の魔人・・・・・・がそこに顕現していた。




 人の形をした精霊。

 魔人を言い表すのに、それ以上の言葉はない。


 高密度の精霊の塊。

 後ろで無造作に縛られた長い髪。

 目鼻立ちのくっきりとした顔。

 上まで留められたロングコート姿。


 外観はただの人間に見える。


 明らかに違うのは――全てがに染まっている点だろうか。


 

「うちのきょうえいに、何やってくれてんだあぁぁぁぁぁ!」


「ダメ! つむじ!」


 一目散に飛び出していく一筋の風。

 見たことのない、空色の少女の激昂。


 膨大な風の精霊たちを推進力にして、彼女は魔人に突っ込んでいく。


 私の叫びよりもずっと速い。


 けれど――

 振りかぶった彼女の拳が魔人を捉えるか否かのタイミングで、炎の魔人の気配が膨れ上がる。


「逃げて!」


 私の声に半歩遅れて爆発。


 拳は届かず――彼女は煙を巻き上げて吹き飛ばされた。





 吹き飛ばされるつむじ。

 壁に叩きつけられた黒白君。


 二人とも私の――友だちだ!

 

 目の前が真っ赤になる。


 お父さんだけじゃなく――


「よくも二人を!」


 ……許せない! 絶対にこいつを叩き斬る!

 

 怒りが私を支配する。


「力を貸して! 『比翼連理』!」


 身体に力が湧く。


 精霊達が私の気持ちに呼応する。


 火の精霊の高まり。

 空間すら歪める炎の炎熱。


「はあぁぁぁぁぁ!」


「比翼連理」を全力で振りかぶり、魔人に斬りかかる。


 振りかぶった一撃。

 魔人を頭から叩き斬る一撃だ。


 だけどその一閃は――


「そんなものか」


「⁉」


 重苦しい音を立てて受け止められる。


 魔人が抜いているのは「比翼連理」に似た大剣。

 同等かそれ以上の力を感じる剣だ。


「舐めるなあぁぁぁぁぁ!」


 ……そんなものだと⁉

 

 父、黒白君、つむじ。


 大切な人が傷つけられて、そんなもので済ますわけないだろう!

 

 感情のままに「比翼連理」を叩きつける。


 何度も! 何度も! 何度でもだ!


 魔人に動きはない・・・・・・

 ただ、私の剣を受け続ける。


「使いこなせないのなら――」


 言葉と共に、魔人の構えがゆっくりと変わる。

 私の剣を受ける型から、振るう型へ。


 大剣を持った片腕は天頂を指し示す。

 上から下へと振り下ろされる型だ。


 でも――


「そんな棒立ちで、剣を振れると思うな!」


 ……魔人の前に私の一撃を入れてやる!


 振るう剣の軌道は横薙ぎ。

 魔人の胴を捉える一撃。


 先に振ったはずの私の薙ぎはしかし――魔人の一振りによってかき消される。


「ぐあっ⁉」


 たまたま「比翼連理」に当たった。

 故に命は助かった。


 しかし、その威力は殺せない。


 魔人の一撃に勢いよく吹き飛ばされる。

 

 ……違う。


 一撃の重さが全く違う。


 地面を舐める私を見下す様に――


「比翼連理を寄越せ。小娘」


 魔人は語りかけてくる。




「うっ!」


 魔人は吹き飛ばした私に向かって歩き出す。


 ……暑い。熱い。


 息が吸えない。

 肺が焼けそうだ。


 魔人の一歩が世界を揺らす。


「比翼連理」と同種の――あるいはそれ以上の存在感。


 火の精霊たちはマグマのように、奴から噴き出している。



「渡せない! 『比翼連理』は私たち家族の……一族の絆だ!」


「父親と同じ末路を辿ることになるぞ」


「それでも私は……」


「比翼連理」を抱きしめる。


 ……嫌だ! 渡したくない!


 魔人は手をかざす。

 火の精霊たちが魔人の手に集まる。


 大剣の一撃。

 たった一撃を受けただけなのに――全身に力が入らない。


 ……ここで死ぬのか――私は。


 不思議だ。

 死の間際に走馬灯を見るとは聞くけれど……思い出すのは父やここ一月の事。


 頭を撫でてくれた、ごつごつした手。

 優しい父の笑顔。


 騒がしいクラスメイトたち。

 少し顔の怖い先生。


 つむじや黒白君との訓練。

 一緒に食べたご飯。


 ……私の家で、一緒に過ごした。


 もうできないのか。


 死の恐怖よりも、二人と――皆と過ごしたひと月が脳裏をよぎる。


 もっと二人と、皆といたかった――


「させるかあぁぁぁぁぁ!」


 私の死せかいを切り裂く強い声が響く。

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