第28話 クラス役員決定戦⑥~攻防の妙~

「速い……」


火光かこうさんに言われるなら、光栄だね!」


 ……やっぱり黒白こくはく君を警戒したのは正しかった。


 私の拳と「比翼連理」を、紙一重で躱す見切り。


 ここ一ヶ月ほど共に訓練はしてきた。


 彼はそれを元に、私の移動方法や体術の癖を見抜き――実戦にまで活用している。


 ジグザグにを踏む。


 雷のような軌道――複雑な軌道だ。


 しかし――来る。


 無数の轟音を背に、彼は付いてくる。


「すごい……」


「ずっと火光さんを見てたからね!」


 私の移動法を始めて試した時とは雲泥の差だ。


 あの時は一度飛ぶことさえ難しそうだったのに――今は私の動きを追えている。


 強くなるためなら、あらゆるものを自分の力にしようとする柔軟性。

 

「火光さんのことは、もう全部覚えたのさ!」


「黒白君……恥ずかしい」


「え⁉」


「でも、そういうのも……悪くない」


「ええっ⁉」




「きょうえい最低!」


「黒白、てめえ! 訓練してるとは聞いてたけど、ガン見してるなんて聞いてないぞ!」


「ポリスだ! 通報しろ!」


「セクハラだ!」



「訓練だから見るに決まってるでしょ!」


 黒白君が野次られている。

 

 何か悪いことを言ってしまったのかもしれない。


「本人が嫌だって言ったら、ハラスメントなんだよ! 謝れ!」


「ええ……。

 火光さん……見ててごめん」


 私に追いつく勇猛果敢な様子とは裏腹に、申し訳なさそうな表情だ。

 

「気にしなくていい。

 黒白君に真剣に見つめられるのは、嫌じゃない」


「か、火光さん⁉」


 先程とは打って変わって、彼の顔が真っ赤に染まる。


 ……どうしたんだろう。

 

「やつを殺せえぇぇぇぇ!」


「試験官! 脱落した生徒の復帰権限を!」


「火光さんが奴の毒牙にかかる前に消すんだ!」


「バカめ! 試験中の先生方の介入は禁止されているのさ!

 つまりここで君ら脱落組が死んだとしても――」


「隙あり」


「危なあぁぁぁ⁉」


 彼のがら空きの胴体を「比翼連理」で薙ぐ。


 移動速度が並んだところで――「比翼連理」は防げないはず。


 しかして私の一閃は――いつの間にか彼の手に握られた・・・・・・・・刀で受け止められた・・・・・・・・・





「どうして?」


 目を丸くする紅蓮の少女に、


「それはこっちの台詞なんだけど⁉」


 言葉を返す。


 隙あらば斬る。

 戦場では当然のこととはいえ――


 ……ここまで躊躇いがないと、恐ろしいな。


 何とか受け切れてよかった。

 

 自身の手元を見る。


 そこには、水の精霊の・・・・・込められた刀・・・・・・


 鍔すら存在しない、実用性使えることのみを追求した白鞘。

 その刀身は鉄の太刀。

 

 人造繋装じんぞうけいそう

 精霊繋装を模して・・・人の手で作・・・・・られた装備・・・・・

 魔物を人類種の力で滅ぼすために作られた武器。

 選ばれたものしか持てない精霊繋装に対して、誰でも扱うことのできる戎具じゅうぐ


 僕が今日この日の・・・・・・・・ために打った刀だ・・・・・・・・


 入学試験の時から、考えていたことがある。

 それは火光さんに――「比翼連理」に対抗するには、どうすれば良いのかと。


 そこで考えたのが、相性の良い精霊を武器に纏わせること。

 すなわち水の精霊を宿した人造繋装を作ること――だった・・・のに。



「どうして一撃でこんなこと・・・・・になるのさ⁉」


 刃を合わせただけで、僕の刀は既に壊れかけている。


 おかしい。

 ……水属性は火属性に有利を取れる設定はどこに行ったのさ⁉


 あるいは、有利なはずの水属性の刀を、正面から破壊した「比翼連理」をこそ褒めるべきなのかもしれない。


「ふっ!」


「うえ⁉」

 

 僕の脳天を割らんとする一撃を受け流して――形だけはどうにか保っていた刀が崩れる。


 ……寝る間も惜しんで打った刀が折られるのは――心にくるね。


「ごめん?」


「謝らなくていいよ……」


 僕の扱い方が悪かったんだ……。

 迷わず頭に斬りかかった人の台詞としては間違っている気がするし。


 ありがとう。僕の刀。


 更に用意していた・・・・・・・・一本を取り出して・・・・・・・・、火光さんへと向かい合う。


 僕のそれを見て、紅蓮の少女の瞳が驚愕に彩られる。


「何本……作ったの?」


「さあ……何本かな?」


 無限ではない。

 この調子でいくと、すぐに底をつく・・・・程度の本数だ。


 故にこちらは――受け方を変えなければならない。


 火光さんの振りに対して、立ち向かわない・・・・・・・

 彼女の力に対して並行受け流すように。


 距離はやはり取れない。

 精霊量に差がある以上、無策で距離を取ってしまうと、遠距離からの攻撃ですり潰される。


 互いに打ち合っては少し離れ、また打ち合う。


 なんとか対抗してみせてはいるけれど――


 ……このままじゃ、負けちゃうよ!


 泥沼に浸かっている。





「面白い」


「え……何が?」


 私の移動に対して、爆発音が複数回聞こえる。

 これは――


「数で対抗してる」

「何の話⁉ 刀⁉」


 一発の爆風では、慣れた私に追いつけない。

 故に、小規模な爆発を・・・・・・・複数踏むこと・・・・・・で、私の速度を再現している。


 剣戟に対するのもそうだ。

 最初は正面から受けた。


 けれど、自身の不足を確認するや否や――受け方が変化した。


 正面から受けて立つ剛の剣から、しなやかに流す柔の剣へ。


 その結果は、如実に表れている。

 黒白君の刀は、二本目以降は中々折れない。


 でも――


「わかってる?」


「さっきから、受け答えできてなくない⁉ 火光さん⁉

 話聞いてくれるかなあ⁉」


 このままだと、彼が負けることを。





 ……このままでは負ける。


 勿論理解している。

 拮抗しているように見せてはいる・・・・・・けど、僕の刀には本数という限界があるのだから。


「くっ⁉」


 また一本。


 このまま折られ続ければ「比翼連理」を受けることができなくなる。



 火光さんから溢れた火の精霊たちは、迷宮全体を覆わんばかりの規模になっている。


 それでも――


「まだだ。まだ終わってないよ!」


「そう。

 それなら……良い」


 まだ僕は、接近戦をしなければならない・・・・・・・・・




 ばきっと嫌な音を立てて、最後の一本が砕ける。


「これでもう受けられない」


「……」


「比翼連理」を両手で構え、今にも斬りかからんとする炎の少女。

 煌々と燃える瞳は真剣そのものだ。


 可愛らしい彼女に迫られるのは、ある意味理想ではあるのだが――


 ……今は死神にしか見えない。


「比翼連理」はさしずめ、死神の鎌だろうか。



「よっしゃ! 勝った!」


「倍率的にプラスは少なくね?」


「奴が消えるだけでプラスだろ?」


 周囲のクラスメイトたちも、僕らの戦いが佳境に入っているのを察している――というか既に僕の敗北を勝手に喜んでいる。


 ……この戦いが終わったら、あいつ等クラスメイトたちを血祭りにあげるんだ。


 しかしその決意も――生き残れたらの話。


 気に食わないことに、クラスメイトたちの分析は正しい。


 僕の体はもうボロボロだ。

 剣戟は受け切ったはずなのに、その余波でダメージを受けるなんて聞いてない。


 ……刀は全部折られちゃうし!


 もはや受けることすらままならない。


 移動速度はまだ対処できるが、このまま続けても精霊切れガス欠に追い込まれるだけだろう。


 でも――まだ。

 想定通りの流れ・・・・・・・ではある。

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