第20話 彼女の本音、彼の誓い

 三人での訓練結果は、僕の一人負けにて幕を閉じた。


「ごめん、今日は用事があるから!」


「オッケー!」


「また明日」


 軽い反省会を終えると、僕を投げ落とし倒したつむじは足早に去る。


 部活はしないはずだし、アルバイトは短期のものだけ。

 ……そんなつむじの用事ってなんだろう? まさか……デート?


 ないない。

 外見だけは美少女だけど、中身はまだまだ子ども。

 おこちゃまだ。


 そんな奴が、僕よりも先に付き合うなんて許さない。


「……黒白こくはく君、ごめん」


「え? 何のこと?」


 益体もないことを考えていると、火光かこうさんに謝られた。


 ……どうしたんだろう? 弁当を残しちゃったとかだろうか?


「弁当、食べきれなかったの? 体調不良?」


「ううん、完食。

 今日も美味しかった。ありがとう」


 ……素直にお礼を言われると、照れるね!


 お弁当じゃなくて、と彼女は続ける。


「私がつむじを倒しておけば……」


 火光さんの一撃が、つむじの反撃の起点となったことを彼女は気にしているようだ。


 でも――


「アレは、つむじが上手かったね!」


 褒めるべきは幼馴染だ。


 視界は塞がれ、風の索敵も土煙で阻害されている中、僕の居場所を特定する勘の良さ。


 生死のかかった状況で、火光さんの蹴りを利用する肝の太さ。


 僕と接触してからの淀みのない体術。


 どれを取っても一級品。

 自分が負けた側でなければ、手放しで賞賛していただろう。


 正気を疑う大胆さと、自身の想像イメージを実現する繊細さ。

 ハイレベルで両立させたことは――我が幼馴染ながら恐ろしい。


 つむじは賭けに勝ち、結果的に真上にいる僕を叩き落としに来た。

 自分の身の安全と勝利を天秤にかけて、結果を掴み取ったのは、さすがだと言える。


「だから火光さんのせいじゃないよ」


 少し落ち込んでいる火光さんの姿は、叱られた小動物のようで可愛らしい。





「だから火光さんのせいじゃないよ」


 そう言われても――私の心は晴れない。


 だって私は黒白君やつむじの様に、力を尽くしたとは・・・・・・・・言えなかったからだ・・・・・・・・・


 私が精霊繋装せいれいけいそう「比翼連理」を抜くことさえできていれば。


 確実につむじを仕留めきれていたはずなのだから。


 黒白君は何も言わない。

 けれど、実際に私と対峙したことのある彼なら理解しているはずだ。


 それなのにどうして――


「どうして聞かないの?」


「な、何のこと?」


 なぜか動揺している黒白君に、私は答える。


「比翼連理を使わないこと」


 自分で口にするのは……少し怖い。


 黒白君と協力してつむじに挑むのは、楽しかった。

 そんな彼に、手を抜いている・・・・・・・ように思われるのが怖かった。


「え、僕たちに奥の手を見せないようにしてたんじゃないの⁉」


「……違う」


「そうなんだ……勘違いしてたよ」

 

 買い被りだ。

 そもそも私は「比翼連理」を抜きたくない。

 使えないものは、奥の手とは言えない。


 どこかのんびりとした彼の反応。

 戦闘時とは全然違う。


 でも、と彼は続ける。


「使わないってことは――何か事情があるんでしょ?」


「っ⁉」


 ただの確認で、踏み込むつもりはない。

 そういう口調だ。


 ……気になりはしないのだろうか。


 それとも……ひょっとすると。

 私の事情・・・・を慮ってくれているのかもしれない。


 そんな彼につむじの言葉を思い出す。


「いつだって相談していい」という彼女の言葉を。


「黒白君。私は――」


「うん」


 息を吸う。

 

「――私は『比翼連理・・・・を抜くのが怖い・・・・・・・


 言葉にして、ようやく実感がわいてくる。


 そう……私は怖いのだ。


 父から引き継いだ「比翼連理」。


 父を倒した魔人。


「私の父は『比翼連理』を狙った魔人に殺された。

 私が『比翼連理』を使いこなせなければ、私から奪い取るとも言ってた。

 もし、抜いてあの魔人が来るんじゃないかと思うと――」


 ……怖いのだ。





 目の前で女の子火光さんが震えている。

 魔人への恐怖なのか、お父さんが亡くなった悲しさなのかはわからない。


「ごめんね……僕は火光さんの気持ちを――思いを、ちゃんと分かってないと思う。バカだからね」


「ううん」


 彼女は首を横に振る。

 分からなくても仕方ない……気にしなくても良いとそう言われているみたいだ。


 何が正解かなんてわからない。

 踏み込んで事情を聴くべきなのか。

 大人ぶってわかったフリをすべきなのか。


 どれが彼女のためになるのか。

 救いになるのか。


 何もかも分からない僕だけど。


 それでも――自分のしたい事だけは分かっている。


「でも、もし火光さんが『比翼連理』を使って、魔人がやって来たら――僕は・・僕たちは・・・・全力で戦うよ」


 震える女の子のために戦えない奴が、日域国くにを背負えるとは思えない。

 そして何よりも――友だちとして、彼女を助けたいのだ。


 ……あれ? 僕と火光さんって友だちで良いんだよね⁉


 ただの召使い兼奴隷とか思われてたらどうしよう……。





 わかっていない。

 黒白君は魔人の恐ろしさを理解していない。


 魔人アレは、別格なのだ。

 私たちとは比較にならない精霊保有量。

 文字通り人型の魔物・・・・・

 人の形をしているだけで、実態は人の枠には収まらない。


 実際に出会っていないから。

 見ていないから。

 戦っていないから。


 だから黒白君はこんなことが言えるのだ。


 でも――それでも。

 黒白君の言葉は誠実で……真っ直ぐで。

 そんな言葉が……私はとても嬉しかった。



「あれ? でも入学試験の時は『比翼連理』を出してくれたよね?」


「あの時は……黒白君の思いに応えたかった」


「……あ、ありがとう?」


 彼の疑問も尤もだと思う。

 あの入学式の時も確かに恐怖はあったのだ。


 けれどそれ以上に――


 ……黒白君の熱意が――努力が――想いが。


 伝わって来たから。

 真剣に応えたかったのだ。


「黒白君」


「な、何?」


「ありがとう」


「どういたしまして? 何のことか全くわからないけどね!」


 照れて赤くなる彼は、とても可愛らしい。




 訓練塔を後にして、二人だけの帰り道。

 足取りは軽い。


 ただ――ちょっとだけ。


 ……気まずい? 照れくさい?


 初めての感情に戸惑う。

 どうしたらいいんだろう。

 気恥ずかしいような、居心地のいいような――不思議な感覚だ。


 黒白君は今、何を考えているんだろう。

 彼もとても静かだ。


「どうする――」


 小さい呟きが時折、口から漏れ出ている。

 私の相談に乗ってもらえたのだから――何か悩み事があるのなら、私も乗ってあげたい。


 女子寮に着く。

 ここでお別れなのが、少し名残惜しい。

 

「黒白君。今日は……ありがとう」


「あの! 火光さん!」


「はい」


 送ってくれた黒白君は、どこか緊張している様子だ。


 ……何だろう?


 二人きりの帰り道。

 強張った彼の表情。

 少し染まった頬。


 まるで――


「誕生日プレゼントで欲しいのってある?」


 安堵と落胆。

 その後に来たのは歓喜。


 ……どうやら、私の誕生日プレゼントについて考えてくれていたようだ。


 誕生日を祝ってくれるだけで嬉しいのに……プレゼントなんて貰っていいのだろうか。


 窺うように彼を見る。


「ひょっとして……プレゼント貰うの、嫌だった?」


 不安そうな表情が、私の胸を締め付ける。


 ……そんな顔しないで欲しい。

 嫌なわけがないんだから。


「なんでもいい……真面目に選んでくれたなら、なんでも嬉しい」


 素っ気なく聞こえたかもしれない。

 でも、彼が浮かべたのは満面の笑顔だ。


「わかった! 真剣に選ぶね!」


「うん。よろしく」


 誕生日が楽しみなのは……父が亡くなって以来かもしれない。


 ……本当に。とっても楽しみだ。

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