第18話 三人で実戦訓練①~風の精霊の優位性~

 ……とても厄介。


 白光を振り払いながら、しんかは走り続ける。



 今日の訓練は、いつもの訓練部屋ではない。

 遮蔽物有りの屋外環境を模した部屋で行われている。

 規模も、前回つむじと使用した場所より広く、木や建造物が設置されている。


「堅い……」


 目の前には、そびえ立つ建造物。

 入口も付いていて、中に入ることが可能だ。


 掌で触れた壁は堅い。 


 建造物を破壊するのは、簡単ではなさそうだ。


 塔の壁と同じ材質で作られているのだろう。

 火と風の精霊が、建造物に籠められているのが見える。


 そんな建造物の隙間を埋めるように、じわじわと充満していく白の輝き・・・・


 風の精霊だ。

 風の精霊が、逃げ場を遮るかのように迫ってきている。


 この風の精霊は――つむじのだ。


 空色の少女。

 風と水の精霊の適性持ち。

 笑顔の朗らかな美人さんだ。


 大量の風の精霊は、そんな彼女の索敵行為によって生じたもの。


 驚くべきは、その索敵規模。 


「ここも」


 地を駆ける私を先回りするかのように、彼女の操る風がどこにでも存在している。


 こちらは遮蔽物もあって視界が狭まっているのに対して――一方的にこちらの居場所を捕捉されかねない状況だ。


「この状況は……厳しい」


 精霊特性の違い。

 私の得意とする火の精霊は、攻撃力特化。

 

 敵と正面から戦う際には、無類の火力を誇る。


 しかし、敵を捕捉できていないこういう状況では――


 ……空を駆ける風や、地を覆う土の方が有利だ。


 私や黒白こくはく君も、風の適性を持ってはいるのだが。


 ……つむじの風の制御は頭一つ抜けてる。どうしよう。



 考えている間にも、つむじの風の侵食は止まらない。

 毎回追い払って移動するのは煩わしいし――


 もこもこ


「え?」


 反射的に飛びのく。

 私の足元の土が、膨らんでいた・・・・・・


 ……訓練室にモグラ?


 膨らんだ土から――顔がにょきっと飛び出す。


「あ、火光かこうさん! さっきぶり!」


 モグラかと思った生き物は、地面を掘り進んできた黒白こくはく君だった。

 




 ……よし、火光さんと協力しよう。


 この障害物の多い状況では、つむじの独壇場だと判断したきょうえいは、土の精霊によって・・・・・・・・地面に潜る。


 塔内の部屋である以上床はあるはずだけど、土と床の間には余裕で人が潜れるくらいの空間があってよかった。


 並行して土の精霊たちを地面・・に広げていく。


 ……多分、つむじは浮いてるよね?


 クラスにはとけこんでるくせに、こういう時には常に浮いているのだ。

 大地を伝う土の精霊では、見つけられないだろう。


 でも――

 ……火光さんは徒歩で移動しているはず。

 

「見つけた!」


 予想通り、火光さんを発見する。

 彼女は建物の陰に隠れながら、つむじの風を振り払って移動していた。

 反応があった場所に向けて、土のトンネル・・・・・・を広げていく。


 こうして僕は――土の中を移動して、火光さんに出会うことができたのだった。




「このままだとつむじが勝っちゃうし、協力しない?」


「する」


 僕の提案に、彼女の答えは早い。

 即答といってもいい。


 日域国でも地域によっては、武士道やら騎士道精神やらで一対一にこだわる学生がいる中で、彼女の勝つためなら手段は選ばない柔軟性は、正直ありがたい。


「策はあるの?」


 蝋燭程度の小火しょうかが、彼女の端正な顔を照らし出す。


 僕たちは今、つむじの索敵から逃れるために地面の中・・・・にいた。


 火光さんと二人っきり。

 近い距離感。

 彼女の吐息の音すら聞こえてきそうで、ドキドキする。


 そんな彼女は、火の精霊をできるだけ抑えているらしい。

 いつもよりも、精霊たちの動きが少ない。


 つむじは火の精霊との相性がないから、見つかる心配はないはずだけど。


 念のためということだろう。


「ふふふ……火光さん。作戦がなければ協力なんて言い出さないよ!」


「すごい」


 ぱちぱちと小さい両手が、乾いた音を立てる。

 

 ……少し照れくさいなあ。


「……それじゃあ、説明するね!」


 気まずさを打ち消すように、話を切り出す。


「うん。よろしく」


 こうして僕たちの、二人っきりの密談は進む。




「やれそう?」


「大丈夫」

 

 打ち合わせが終わる。

 少女の断言がとても頼もしい。


「よし、じゃあいくよ! 火光さん!」


 それを合図に、僕は真上にある土を天井に向けて・・・・・・伸ばし始めた。





「動きがないなー。つまんないなー」


 ふわりと宙に浮きながらつむじは呟く。 


 きょうえいとしんかが見つからない・・・・・・


 風の精霊に関しては私に分があり、故にこの遮蔽物の多い訓練室では、私が有利なことも分かっていた。

 

 風の精霊たちは既に地上を覆い、室内は全て私の領域。


 時折風の精霊が吹き飛ばされていたのは、どちらが原因か分からなかったけど、今はその動きすらない。


 おかしい。


 ……どうしてどっちも見つからないんだろう?


「もしかして……建物の中に隠れた?」


 そこまでは、風の精霊を配置していなかった。


 ……念には念をだね!


 建物の中も精霊が満ち始める。


 もうこれで――逃げ場はない。


 ……詰みだね! 今回は私の勝ち! 完!


 そう考えた直後――


「ええぇぇぇぇ⁉」


 私の口から、驚愕の叫びが出る。


 地面から土が伸び始めたからだ。




 それはまるで植物の様に、天井に向かって成長していく。

 

「なに……これ」


 意味が分からない。

 やる意味も何もかも……わからない。

 

 しかし。


 ……意図が分からない時こそ、危ない。


 こんなことをやる犯人は、決まっている。


 私の幼馴染。

 黒髪黒目の少年。


 黒白きょうえいだ。


 奴とは古くからの付き合い。

 その長い付き合いから、確実に分かっていることが1つある。


 ……きょうえいやつ天才バカだ。


 そんなやつは、頻繁に私の常識を超えた一手を指してきたりするのである。


「とりあえず――」


 ……風の精霊たちをぶつけてみようかな?


 私の周囲の精霊たちが、白い輝きを放ち――風の刃や弾を形成する。


「行け!」


 号令の下、空を走る私の攻撃。


 見事に土の塔に衝突するが――


「何で⁉」


 無傷。

 否――完全な無傷ではない。

 所々削れてはいる。


 削れてはいるが――それは直ぐに修復され、再び天井を目指して伸び始める。


 ……きょうえい、何する気?


 しんかに土の精霊との適性はない。

 となるとこれ土の塔はきょうえいの策のはず。


「私を疲れさせるのが狙い?」

 

 いや、ないな。


 このくらいで私が疲れるわけがない事は、敵もわかっているはずだ。


 だとすると考えられるのは――


 思考の刹那、爆音が室内に響く。


 私の背後・・で爆発が起きたのだ。





「やったか⁉」


 口にして後悔する。


 これは……敵の生存フラグだ!


「やってるわけないよね!」


「ちくしょう!」


 爆発の煙の中から空色が出現する。


 多少服が焦げたりしているけど、ダメージはなさそうだ。


「よくも私の服を焦がしてくれたなあぁぁぁぁぁ!」


「嫌あぁぁぁぁぁ!」


 ……ホラーじゃないか⁉


 風の精霊たちを従えたつむじが、僕に向かって敵意を向ける。





 ……あの土の塔は囮だったみたいだね。

 

 土の塔に注目させて、背後から奇襲を仕掛ける。

 でもそんなの――


 ……通用するわけないよね!


 今も伸び続ける土をチラリと見て、地上にいるきょうえいに集中する。


 精霊の保有量なら、確実に私が勝つ。

 でもそんな単純な勝負を、バカが挑んでくるわけがない。


「怪物め!」


「誰が怪物だよ!」


 繰り出される爆発に、風と水の精霊を合わせる。

 爆炎は水によって消され、煙は風に巻かれ霧散していく。


「事前にそれ爆発を見てて良かったよ!」


「くそっ!」


 弁当を巡って争った朝。

 あの日私が目にしたのは――


 爆発には火の精霊と少しの風の精霊・・・・・・・が必要だということ。


 そして私には――

 火の精霊は見えないけど、風の精霊の動きはよく見える。


 ……もうそれじゃ、私は倒せないよ!


 次々と爆発を処理する。

 けれど、敵は止めない。


「悪あがきだね!」


 爆煙と蒸気で、奴の姿が見えなくなっても、彼から放たれる風の精霊に反応して処理する。


 繰り返し放たれる爆発。

 無策に見えるそれに、気を抜くことはできない。


 ……狙いはなに?


 爆煙と蒸気が私の周囲に満ちる。


 まるで私ときょうえい・・・・・・・を隔てるように・・・・・・・


「やばいやばい⁉」


 ……嫌な予感がする!


 風で周囲の気配の把握を――


「っ⁉」


 途端に、見えないきょうえいから放たれる死の気配。


「うわあぁぁぁぁぁ⁉」


 煙と蒸気を引き裂いて――金属製のボール・・・・・・・が、私の顔面に襲い掛かってきた!





「ストライーク!」


 ……野球部に体験に行った甲斐があったね! 


 土の精霊たちが作りあげた金属製のボールは、つむじの上半身に当たったように見える。

 かなりの重量。

 当たればダメージは免れないはずだ。


「一応念の為と」


 ……更に何球か投げておこう。


 彼女つむじのしぶとさを、僕は誰よりも知っている。


 空中から落下するつむじに向かっての追い打ち。

 全力投球だ。


「念の為死ねえぇぇぇぇぇ!」


 僕の投球に対して、やはり動きがある。


「うわ! やっぱり生きてた!」


「絶対許さないからね! きょうえい!」


 僕の金属球が迫る中、彼女の体勢が変わる。


 頭から落下するのは変わらず、両手を金属球に向ける。


 アレはまるで――捕球姿勢。


 まさか――


 ……僕のボールを受け止めるつもりか⁉


「素手で僕の球に対抗できるかな!」


「対抗なんてしないよ!」


 僕の投げた初球をつむじは両手で包み込む・・・・と、その勢いを殺さずに空中をくるくると回転し始める。


 それだけで――彼女の落下速度が変わる。


「何⁉ どうなってるの⁉」


「精霊の力をなめちゃダメだよ?」


 勢いよく落下していたの彼女が、回転することで速度が緩む。

 

 ……そんな⁉ ヘリコプターでもないのに⁉


 捕られたボール以外は、つむじの落下速度の変化に対応できず外れる。


 そんな中、彼女の回転に風の精霊が巻き込まれ始める。


 ……まずいまずいまずい!


 前面に風の精霊を展開。

 

 風の精霊たちが連なる重層構造。


 ……今の僕・・・の状態で出来る――最速の盾!


「耐えてくれ! 僕の盾!」


 未だにくるくる回る彼女つむじから、僕の投げた金属球が吐き出される。


 彼女の回転の勢いと風の精霊の後押しを受け、吐き出された金属球が唸りを上げながら僕へと向かってくる。


 ああ、こんなの――


「こんなの受けたら死んじゃう! 幼馴染を殺す気⁉」

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