第17話 家庭訪問(後編)~判明したこと~

 黒白こくはく君は頭を下げてまで私の部屋に来たかったらしい。


「この噓つきつむじ!」


「スケベ男!」


「誰がスケベだ! この!」


「きゃああぁぁぁ! 変態!」


 仲良く取っ組み合っている二人黒白君とつむじの姿は見ているだけで癒される。


「そんなに……来たかったの?」


火光かこうさん! アホつむじの嘘だから!」


 こほんと黒白君が仕切りなおす。


「休みとはわかって・・・・いたけど、火光さんのために弁当を作ったんだ。

 それを一緒に食べたいなと思って……」


「そう」


 毎日お弁当を作ってくれる。

 訓練を共にする代わりにした約束を、守ってくれたみたいだ。


 ……律儀な人。


 別に休みまで作る必要はなかったというのに。


 でも――

 それでもその気持ちは、とても嬉しい。


「もごもご!」


 口を押さえつけられているつむじが、何かを私に訴えかけている気がするけど気のせいだろうか?




「はい、これが今日のお弁当だよ!」


 質素な机の上にお弁当箱が並べられる。

 

 そのお弁当を囲む二人は、冷たい床の上に座っている。


 ……申し訳ない。


 お客さんを家に入れる日が来るとは、思っていなかった。


 もし。

 もしもまた、こんなことがあるのなら――


「お母さーん、今日のご飯はー?」


「……つむじちゃん、今日は唐揚げよ」


「やったあ! 唐揚げだー!」


 私の気持ちを知ってか知らずか、つむじが変な即興劇を始める。


 明るく無邪気な表情。

 仕草もどこか大きい気がする。


 ……幼い子?


 可愛らしい。

 けれどつむじのスタイルの良い容姿と相まって、妙なギャップがある。


「お姉ちゃんは何が良い?」


「えっ?」


 矛先が向くのは――私。


 途端に私の胸にエンジンがかかり始めた。





 ……なんてことをするんだ! つむじのバカ!


 僕たち二人のおバカなノリに、真面目でお淑やかな火光さんが戸惑ってるじゃないか!

 空気を読め!

 それでも風の精霊の使い手か!


「……」


 一瞬の沈黙――


「……お母さん、私はタコさんウインナーが食べたい」


 僕の思考が止まる。


 ……おかあさん? たこさんういんなー?


 それは可愛さの暴力。

 普段の火光さんなら、絶対に言わない一言だ。

 だからこそ――その一撃は筆舌に尽くしがたい威力を伴っている。


 バシ


 風の精霊が僕の太腿を叩く。


 明後日の方向に行きかけていた思考が、現実へと戻ってくる。


 僕の視線の先には赤の髪と瞳の少女。

 その少女の赤面する姿だ。


 ……あの・・火光さんが――恥ずかしがっているうぅぅぅぅぅ!


 最高だ。

 この景色を見るために、僕は生まれてきたのかもしれない。


 この顔は僕の心のカメラに撮って永遠に保存しておきたい。



「……あらごめんね火光ちゃん。次はタコさん入れてあげるわね」


 頬の肉を噛みながら、どうにか言葉を続ける。


 ……こんな火光さんを見られるなんて! 生きててよかった!


 誰にいくら払えばいいんだろう……今なら言い値を出せる。


 つむじがこちらを見ずに親指と人差し指でお金の形を示す。


 ……いやいや。つむじには絶対に払わないけども。




 

 ……言えた!


 私の振り絞った一言に、すぐ切り返してくる黒白君は流石だ。

「は組」の中心にいつもいる彼らしい。


 その隣に座るつむじの笑顔は、私を褒めてくれているかのようだ。


「……じゃあ、皆。そろそろご飯にするわよ」


「わーい!」


「……わーい」


 そのままキャラに乗せて、黒白君はお弁当を勧める。


 今日も彼の作ったお弁当はおいしそうだ。





「えっ⁉ しんか役員決定戦の日って誕生日なの?」


「うん。人に教えたのは初めて」


「そうなんだ。しんかは人と話すの苦手?」


「苦手ではないけど……あまり話しかけられない」


 弁当時間に僕とつむじが火光さんを質問攻めにしていると、衝撃の事実火光さんの誕生日が発覚する。


 容姿端麗・成績優秀・冷静沈着。

 この三つを体現した火光さんは、僕たち「は組」にとって高嶺の花。


 男女問わず人気がある。


 そんな彼女の誕生日が判明したのだ。


 ……さて。

 どうしたものか。 


 このことが「は組」に知れ渡ると、血で血を洗う争いが始まってしまう。

 それなら僕は涙を呑んで、この秘密を僕だけのものにしてしまった方がいいのではなかろうか。


 これもクラスメイトの命のためだ。


 つまり――これはチャンス。


 あのハイエナどもクラスメイトたちに先んじて、火光さんと仲良くなれるチャンス!


「しんかから話しかけて行こう!」


「うん……頑張る」


「火光さん、僕も頑張るよ!」


「うん……頑張って?」


 火光さんの友だち作りを応援すると共に――他のクラスメイトよりも仲良くなってみせる。


 ……せめてつむじのように、名前を呼べるように!


「えいえい!」


「「おー!」」


「きょうえいは何に気合を入れているのさ⁉」


 二人の決意の裏に、僕の思惑が隠れていることを、彼女たちは知らない。 




「となると役員決定戦の後にお祝いだね!」


「いいの?」


「もちろんいいに決まってるよ! ねえ、きょうえい?」


「うん! おめでたい日なんだし、盛大にお祝いしよう!」


 ナイスだつむじ! 


 僕ら三人でとは口に出さない。

 あわよくば「つむじも抜きの二人きりで」とも言わない。


「……楽しみ」


 恥ずかしそうに俯く火光さん。


 そんな彼女とこの約束ができただけでも、今日ここに来た甲斐はあっただろう。




 火光さんの家を後にして、つむじと二人の帰り道。


「しんかの家楽しかったね!」


「うん。行けて良かった」


 火光さんの色々な表情が発見できて、とても有意義な一日だった。


「私に何か言うことはない?」


「ありがとうございます。つむじ様」


「うむ、くるしゅうない。

 お代は振込でよろしく!」


 僕の素直なお礼に、金銭を要求してくる幼馴染。

 この守銭奴!

 人でなし!


「問題は誕生日プレゼントかな?」


「どうしたらいいかな! つむじ!」


 女の子(つむじは除く)に誕生日プレゼントを贈った経験など僕にはない。


 そんな考えはお見通しのようで、つむじが僕の肩に手を置く。


「きょうえい先に言っておくけど……自作の歌とかは駄目だよ?」


「そんなことするわけないでしょ⁉」


「昔、贈られて……笑うことしかできなかったからね……」


「止めて! 言わないで⁉」

 

 あれは若かったからだ……今はもうしない。


 だから遠くを見る目をするのはやめて欲しい。

 まるで僕が痛い人みたいじゃないか!



「つむじ……来週僕に付き合ってくれない?」


「もちろんいいよ」


 火光さんの誕生日は本気でお祝いしてあげたい。

 そのためにも――


 ……プレゼントを一緒に選んで欲しい。


 僕のそんな真意を、彼女は的確に読み取る。


 流石は幼馴染。

 野暮な言葉はいらなかったみたいだ。


「嫌なプレゼントを貰って、最悪の誕生日になったらしんかが可哀そうだからね」


 分かっているなら、余計な言葉もいらなかったのに。

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