第16話 家庭訪問(前編)~制服の理由~

「今日はどうする?」


「え、学校は?」


「きょうえい、まさか学校に行く気なの?」


 三人分の弁当の準備を終えて、登校しようしていると幼馴染から連絡が入って来た。


 ……何を当然のことを言ってるんだろう。

 僕らは学生なんだから、学校へ行くのは当たり前じゃないか。


「つむじこそ準備してないの⁉ 遅刻しちゃうよ! イエーイ!」


「何で嬉しそうなのさ……」


 何でも要領よくこなす幼馴染の抜けている部分が、ちょっと嬉しかったりする。


「別にいいけど……そもそも今日って休みでしょ。遅刻なんてないよ」


「……え⁉」


 改めて端末の日付を確認すると、彼女の言う通り確かに休日だ。

 

 ……は、恥ずかしい!


 だけど――今なら。


 誤魔化すことは可能のはずだ!


「まあ、知ってたけどね! つむじがわかってるか確認したんだよ! ドッキリ!」


「本当かな……」


 怪しまれている。


 しかし証拠なんてない。


「とりあえず今からそっち行くから」


「オッケー」


 つむじがこっちに来るまでの間に、制服から着替えておかなければ。




「……やっぱり休みって忘れてたんだ」


「何でわかったの⁉」


 折角制服から着替えたのに!


 僕に連絡を入れながら、つむじは既に僕の家に向かってきていたらしい。


 動きやすそうなパンツ姿に黒のインナーと白いシャツ。


 健康的な姿は、彼女が人気なのも頷ける。


「それそれ」


 彼女指し示す先には――


「しまった!」


 三人分の弁当。


 置きっぱなしにしていたことを忘れていた。


「……最近成長期でね! 僕が全部食べるんだ!」


「なら食べなよ。食べ終わるまで見張っておくから!」


 じっと見ないで欲しい。


 嘘に決まってるんだから。


「すみません……嘘です」


「だろうね!」


 分かっているならからかわないでよ!




「それでお弁当どうするの?」


「どうしよう……」


 二つは僕とつむじで食べちゃうとして、火光かこうさんの分が問題だ。

 まあ僕の夕飯にしてしまってもいいけど……


「しんかに連絡してみる?」


「火光さんに⁉ できるの⁉」


 いつの間に⁉ 僕だってまだ連絡先を聞けてないのに⁉


 つむじは通信端末を僕に見せつける。

 そこには「しんか」という火光さんの名前が表示されていた。


「どうして召使いの僕よりも先につむじが交換してるのさ!」


「昨日の訓練時間にちょろっとね」


 僕がいない間に交換していたらしい。

 正直言って羨ましい。


 こんなことなら奴ら男子なんて相手にしていなければ良かった!


「つむじ様、火光さんへの連絡よろしくお願いします」


「いいでしょう。折角のお弁当、渡したいもんね!」


「ありがとう! つむじ様!」


「大袈裟だなあ」


 つむじに頭を下げるとあっさり火光さんに連絡してくれる。

 流石は僕の頼れる幼馴染だ。


 トントンと通信端末を叩く音。

 彼女の淀みのない動きは、僕の伝えたいメッセージを送ってくれただろうか。


「ちなみにつむじ、ちゃんとお弁当を渡したいって入れてくれた?」

「あ、ごめん。それは・・・送るの忘れてた」


 え? それなら最初はなんて送ったの?


「……ちなみに初めのメッセージはなんて送ったの?」

「これだけど」


 二人のやり取りが表示されている画面を見ると――


「しんか、おはよう!

 きょうえいがしんかの家にどうしても行きたいって頭を下げてるんだけど、連れて行ってもいい?」


 ついでとばかりに、頭を下げる僕の画像まで上げられている。


「これだと僕が頭を下げてでも火光さんの家に行きたい変態みたいじゃないか!」


「……違うの? しんかの家に行きたくないの?」


 愚問だ。

 火光さんみたいな人気で可愛らしい子の家に行きたくないかだって? 

 ……行きたいに決まってるじゃないか!


 物言わない僕に何を思ったのか、


「わかった。それなら私がお弁当は渡しておくから」


「すみません、行きたいです! 連れて行ってください」


 やれやれ。

 今日は朝から何回頭を下げればいいのだろう。


 

 その後すぐに火光さんから「いい」という許可の返事が来て、僕たちは無事火光さんの家を訪問することになった。




 火光さんの家は学生寮の一室にあった。

 一階のオートロックを開けてもらって階段を上る。


「つむじ……僕逮捕されないかな⁉」


「え……なんで?」


「なんでって――」


 女子寮にいる男子。

 見つかっただけで通報ものだと思うんだけど。


「私もいるし大丈夫大丈夫」


「そうかなあ……」


 女子向けの店に迷い込んでしまったような気分だ。

 落ち着かない。

 早く火光さんの部屋に行って、この居心地の悪さから解放されたい。


 不審者のような僕と、堂々と先行するつむじのパーティーは迷うことなく廊下を進む。




 均一な扉をいくつか通り過ぎて、


「ここだね」


 火光さんの部屋へと辿り着く。

 目の前には呼び出しのボタン。


「……きょうえい、押さないの?」


「なんか緊張しちゃって」


 いざとなると手が震える。


「なんで?」


「だって、初めての女の子の部屋だよ⁉」


 緊張するに決まってるじゃないか!


「いやいやきょうえい。私の部屋に入ったことあるよね?」


「つむじの部屋なんて女子の部屋じゃぐえ⁉」


「女の子じゃなくて悪かったね!」


 わき腹を小突かれる。

 幼馴染の笑顔が怖い。


「いや、つむじは特別だからね! そういうのは超越しているのさ!」


「調子の良いことを……」


 ジト目の幼馴染は流れるようにボタンを押す。


「まだ心の準備が!」


「それを待ってたら永遠に押さないでしょ?」


 そうかもしれないけどさあ⁉


 ガチャリ


 扉から音がしたかと思うと、中から火光さんが出てくる。

 大きい眼に真っ直ぐ艶のある長い髪。

 可愛らしい顔立ちは休日にもかかわらず神々しいまでに整っている。


「二人とも……こんにちは」


「こんにち――え?」


「しんか……どうして制服姿なの?」


 驚いたことに、紅蓮の少女は休日にもかかわらず制服を着ている・・・・・・・


 ……もしかして彼女も、僕と同様に学校だと思ってたんじゃ?


 心の中でガッツポーズをする。

 僕だけではなかったのだ。


 むしろこの場では、勘違いしていなかったつむじの方が少数派。

 つまり――異常なのだ。


「あいた!」


 勝ち誇った僕に何を思ったのか、つむじの拳が再び僕のわき腹へ。


 暴力を振るった方が負けなんだぞ!


「改めてしんか。どうして制服姿なの?」


「……ダメだった?」


「いや、ダメじゃないよ!」


 似合ってるし。


 火光さんの可憐な顔立ちに、セーラー服タイプの制服は良く似合っている。

 清楚というかなんというか。


 素晴らしい。

 ありがとうございます。


「実は……」


「うんうん」


 恥ずかしそうに口ごもる火光さん。

 大丈夫だよ!

 最近忙しかったし、今日も平日って勘違いしても仕方ない――


「……これ以外、服をあまり持っていない」


 僕とはまた異なる理由で、彼女は制服を着ていたみたいだ。




「「失礼します」」


「どうぞ」


 二人で一緒に火光さんの部屋に入る。

 制服姿の理由もそうだけど、火光さんはあまり衣服や家具類に執着がないみたいだ。


 部屋の中には、質素な机とベット以外何もなかった。


「ごめんね、急に」


「大丈夫」


「もう! 可愛い!」


「つむじ……暑い」


 仲良くしている女子二人をよそに、僕は落ち着かない。

 思っていたより質素とはいえ――女の子の部屋初侵入・・・である。


 胸の鼓動が鳴りやまない。


「それで何か用?」


 つむじから逃れるのは諦めたらしい。

 彼女に捕まったまま火光さんは質問する。

 

 ……あれ? つむじさん?

 ちゃんと「弁当を持って行く」と伝える約束はどこにいったんだ。


「ああ、きょうえいがどうしても行きたいって言ってたから」


「ちょっとつむじ!」


 思ってたけど言ってないはずだ!


「土下座までしてたんだよ!」


「嘘だよ! 火光さん! つむじは嘘ついてるよ!」


 頭は下げたけどそこまではやってないよ!

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