第15話 つむじは抜け目ない

 精霊学の授業も終わり、時は放課後。


「部活体験に行ってくるよ! 男子バカたちへの借りは今日中に返さないとね!」


 黒白こくはく君はそんなことを言って去っていった。

 彼の周りの火や風の精霊たちは気合が入っている様子で、部活動への意気込みの大きさが現れているみたいだ。



火光かこうさん、私たちも早く行こう!」


「うん」


 お昼の宣言通りに、海風うみかぜさんは私の元にやって来た。


 彼女は流れるように私の手を引く。


 細長い綺麗な指。

 力はそれほど強く感じないのに、不思議と従ってしまうのは彼女の人柄が理由だろうか。

 

 ただ一緒に歩いているだけ。

 それなのに海風さんは楽しそうで――私にもそれがうつったみたい。

 

 今日の訓練が、今から楽しみだ。




 海風さんと訓練を始めて数刻。


「強い……」


「ふふふ……私すごいでしょ!」


 胸を張る海風さんの身は、空中そらにある。


 ……おそらく火力だけなら――私の方が上。


 それでも手合わせは、終始海風さんの優勢だ。


 その理由は――圧倒的な精霊制御能力。


 風属性の精霊に適性のある人は、飛行や浮遊の得意な人が多い。


 実際、彼女も訓練室の空に浮き続けている。

 だがしかし。


 ……2時間以上連続して・・・・・・・・・飛び続ける風の精霊使いを相手取るのは初めて。


「やろうと思えば、あと2時間は行けるよ!」

 

 なんならまだ余裕がある辺り、海風さんは異常だ。

 化物と言っても差し障りないだろう。


 そしてもう一つ。


 私の火の精霊たちの動きが悪い・・・・・


 私の体調は悪くない。

 朝から昼にかけて、そして訓練前まで精霊の動きも普通だった。


 しかし彼女との手合わせを始まると、事態は一変する。

 火の精霊の鈍い動き。

 ついさっきまでは元気だったのに。


 徒手空拳の体の動きはいつも通り故に――通常状態いつもとの出力差が仇となる。


 その影響は近接戦だけに留まらない。

 遠距離攻撃用の火球や、他の攻撃もどこか安定感を欠いている。



 ……どうして?


 疑問符が頭を占める。


 海風さんが風の精霊たちを、訓練室全体に薄く広げているのは見えるけど――


「うん?」


 私はこの訓練中、海風さんの視界にずっといた。

 彼女の背中を取るような攻撃は仕掛けていない。


 それなのに――訓練室全体・・に精霊を広げる理由は何故だ?


「……もしかして」


 手元で火球を作る。

 

 いつもの私なら、数時間は維持できるはず。


 けれど――


「やっぱり」


 手元にある火球は、今にも消えそうなくらい不安定に揺らいでいる。



「……海風さんは確か、水の精霊も扱えるんだよね?」


 水と風属性の精霊遣い。

 精霊学の授業で、海風さんの精霊適性は覚えていた。


「すごい! 火光さんよく気付けたね・・・・・・・・!」


 彼女が私を褒める。

 今のは恐らく、私に見えない・・・・・・精霊すなわち、水の精霊・・・・によく気付いたということだろう。


 ……さすがは黒白君の幼馴染。

 入学試験の彼を思い出す抜け目のなさだ。


 彼女は私が火と風の精霊適性しかないことを逆手に取ったのだ。


 彼女が薄く広げた風の精霊に、少しだけ水の精霊を乗せる・・・・・・・・


 勿論私にその水の精霊は見えない・・・・


 現象として起こした炎はともかく、火の精霊は水の精霊に弱い。


 私が火の精霊の炎を使う時に、その水の精霊たちで弱めてしまえば――

 炎は起きるが、私の望んだ火力は出ない。


 つまり、私の炎の調子が悪いことになる。


 その結果が出力不足として現れたのだ。

 

 

 単純な水の攻撃では、私の炎は止められないと判断したのだろう。


 海風さんの些細な一手だ。


 しかしその小さな一手が、私の挙動全てに影響を与えている。


 ……似てる。


 やっぱりこのやり方は、どこか黒白君に似ている。

 彼女が似ているのか、彼が似ているのかは分からないけれど。


 油断できない二人だ。




 試しに彼女の風の精霊たちを振り払って、


「燃えて」


 と起こした火球には、いつもと同じ強さの明かりが灯る。



「理屈はわかった……本番はここから」


「それは楽しみだね!」


 お互いに手の内を晒しながら、手合わせは進んでいく。


 共に全力を尽くせる訓練は、とても心地の良い時間だ。




「さすがに疲れたね!」


「楽しかった」


「私も! めちゃくちゃ楽しかった!」


 休憩を挟みながらとはいえ三時間以上戦い続け、海風さんにも疲労の色が見える。


 私は床に座り込み、彼女に至っては長い四肢を投げ出して、大の字で寝転んでいる。




 二人で試行錯誤しながら訓練をするのは楽しかった。


 彼女もそう思ってくれていたのなら、これ以上のことはない。



「でも、火光さんを本気にはさせられなかったな……」


「ん? 私は本気だった」


「だって噂の『比翼連理ひよくれんり』が出てこなかったもん」


 彼女は残念そうに言う。


 精霊繋装「比翼連理」

 火の精霊から託されたと言われる、炎の大剣。

 この訓練で使わなかった、私の相棒。


 でも私が本気だったというのは、嘘ではない・・・・・


 父に精霊繋装「比翼連理」を託されて以来、私はできる限り「比翼連理」を抜かない・・・・ようにしている。


 理由は――


 ……怖い。


 抜くのが怖いからだ。


「比翼連理」はあの炎の魔人と繋がっているように感じて。

 父の最期が思い出されるようで。


「でも、きょうえい相手には抜いたでしょ? どうして?」


「そういえば……そう」


 私にとっても不思議だった。

 入学試験のあの時は「黒白君の誠意に応えなければならない」と思ったのだ。


「比翼連理」を抜く恐怖は薄れ、彼と全力で戦いたいという意志が私を動かしていた。



「ごめんなさい」


「ううん、謝ることはないよ! いずれ火光さんの本気は引き出すつもりだしね!」


 海風さんは寝転がりながら伸びをする。

 そう言う彼女もきっと、何か奥の手を隠しているのだろう。


「海風さん――」


「つむじ!

 ……私のことは、つむじって呼んで欲しい」


 思いがけない一言に、胸が温かくなる。


 そんな私に彼女は、悪戯が成功したような魅力的な笑顔を向ける。


「私たち、もう友だちでしょ?」


 その言葉が……とても嬉しい。


「それなら……つむじって呼ぶ」


「うんうん」


「私のことは『しんか』って呼んで欲しい」


「か~わ~い~い~」


 つむじ・・・はとことこと私の隣にやってくると、躊躇いなく抱き付く。

 顔は赤くなっていないだろうか。

 恥ずかしくて、彼女を見ることができない。


 そして彼女は私を撫でる。

 私自身の汗のにおいが少し気になるけれど……心地いい。


「しんかがきょうえいに『比翼連理』を……本気を出せたことには意味があると思う」


 撫でる動きとは裏腹に、彼女の表情は真剣だ。


「意味?」


「うん……なんとなくだけどね」


 つむじはそう言って優しく微笑む。


 教室にいる時も。

 昼食の時間でも。

 そして今も。


 彼女の笑顔は、いつだって眩しい。


「だからもし困ったことがあったら、私やきょうえいにいつだって相談してね!」


「……うん。ありがとう」



 私のできたての友だちは、とても優しい人だ。




 ガチャリ

 訓練室のドアが開く。


「ごめん、二人とも!

 男子バカたちとの決着をつけるのに時間がかかってさ――」


 黒白君はそんなことを言いながら入って来ると、急に動きが固まる。

 中には私と私に抱き付いているつむじ。


「ふ、二人とも――ごゆっくりどうぞ‼」


「ちょっと待って‼ きょうえい‼」


 彼は顔を真っ赤にして出て行く。

 つむじもそんな彼を追いかけて出ていく。


「……ふふ」


 仲の良い二人を見て思わず笑ってしまった。





 ……つむじは火光さんのことが好きだったのか⁉


 知らなかった。

 整っている外見の割に、浮いた話がないとは思っていたけども。


「いや、あれは純粋に仲良くなってのハグで――」


 僕を追ってきたつむじは焦った様に言い訳していたけど、隠さなくてもいいのに。

 同性ということを利用して抱き付くなんて……策士だ。


「勘違いしないでよ?」


 うん。勘違いはしていない。



 結局今日、僕は訓練に参加できなかった。

 クラスメイトたちと命の取り合いをしている間に、二人は実戦形式で戦い続けていたらしい。

 いい勉強になりそうだから見たかったけど仕方ない。


「つむじと仲良くなった」


 訓練室に戻って、火光さんに訓練内容を尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。


「よかったね、火光さん」


 ……下心のありそうなつむじはともかく。


 火光さんは嬉しそうな様子だ。


「何をニヤついているのかな? きょうえい?」


 僕のただの笑顔につむじがこんな反応をするのは、やはりなにかやましいことがあるのでは?


 三人で賑やかに過ごす。

 外はすっかり暗くなっていたけど、そんな僕たちを精霊たち明るくが照らし出していた。

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