第9話 弁当と命の危機

「きょうえい、眠たそうだけど夜更かしでもした?」

「弁当作りで早起きしちゃって……」


 朝から物理的・・・に飛ぶ少女が、僕と並走する。

 地面を滑る様に浮遊する少女はもちろんつむじ――僕の幼馴染だ。


 風に揺れる紐リボン。

 長袖黒セーラー型冬季制服。

 4月の朝はまだ冷える。


「珍しいね。私の好きな唐揚げは入れてくれた?」

「どうしてつむじの好物を入れるのさ!」


 つむじとのやり取りで少し目が覚める。

 約束したわけでもないのに、どうして彼女つむじの好物を作ると思ったのか。


 食い意地の張った幼馴染である。


 手持ちの紙袋を見る。そこには火光かこうさんと僕、二人分の弁当箱。

 残念というか当然ながら、つむじの分は入っていない……唐揚げは入っているけど。

 

「でも、一人分にしては紙袋大きくない?」

「ええー……そんなことないよー」


 火光さんの分の弁当を作ったことは隠す。

 これが彼女つむじにバレたら最後、彼女は間違いなくへそを曲げる。


 その結果どうなるか。

 ご機嫌を取るために、僕のお弁当を献上する羽目になるのだ。


「じゃあ、紙袋の中身見せてよ」

「え……やだ」


 故に彼女には応じない。

 差し出される手をひらりと躱す。


 

「……どうして渡してくれないの?」

「さて、どうしてだろうね」


 ……これを渡すわけにはいかない!

 僕の昼食がかかっているんだから!


「それなら――」


 彼女の行動は読めている・・・・・


 故に僕は――


「さらばだ!」


「こら! ちょっと待て!」


 つむじの言葉よりも先に走り出す。




「マズいな……」


 スタートダッシュで差はつけたものの、つむじは風の精霊適性持ち。

 言うなれば移動のプロだ。


「逃がさないよ⁉」


 風の精霊の高まり。

 そしてあの精霊量。 

 ……奴は全力で飛ぶつもりだ!


「させるか!」


 精霊の動きを見ての進路予測。


 おそらく来るのは直線経路ルート


 風の精霊を蜘蛛の巣状に張り巡らせる。

 入学試験で火光さん相手に使った戦法だ。


 精霊には実体がない。

 故に空間そのものに配置できる。


「おっと⁉」


 しかしつむじもさるもの引っ搔くもの。

 彼女は更に上に・・・・飛ぶ。


 警戒しなければ避けられないはずの糸を、彼女は飛び越えていた。


 見事な回避だ!


 僕が放ち続ける糸を、確実に見切って追いついてくる。


 精確な感知と挙動だ。


「腕を上げたね! つむじ!」


「どうせ教室で捕まるんだから諦めなよ!」


 そんなことはもちろん分かっている。

 でも、もうこれは勝負なのだから、それは言わないお約束のはず。


 ……大体分かっているなら、追いかけなくてもいいじゃないか!


 結局はただの意地と意地の張り合い。

 

 だからこそ、僕は負ける気などない。


 つむじが迫る。

 あと一歩で手が届くその瞬間――


 ボン


「うわ!」


 彼女つむじの目の前で小さい爆発・・・・・が生じる。



 それに驚いて、彼女は後方に跳躍する。


「そこまでやるか!」


「ふふふ……勝てば官軍なのだよ。つむじくん!」


 火光さんとの入学試験で得た成果爆発

 そしてつむじは、火の精霊が見えない・・・・・・・・・・


 その差がこの勝敗を分けたのさ!

 敗北に打ちひしがれ、悔しがるがいい!


 こうして僕は学び舎へ、つむじより先に足を踏み入れたのであった。




「ひどいよ、きょうえい」


 つーんとわかりやすく拗ねるつむじ。

 確かに途中から目的を見失っていたのは否めない……彼女から逃げるのを楽しんでたし。


「ごめん、楽しくなっちゃって」

「まったくもう」


 そんなことを言いながらも、表情は柔らかい。

 この様子なら、許してもらえるかもしれない。


「ところで、結局誰用のお弁当なの?」

「ああ、これは――」


 追及の手は緩んでいなかったけど。

 教室に着くまでの間に、昨日塔であったことをつむじに説明する。

 結局こうなるなら、登校中に説明しておくべきだったとちょっと後悔した。




 木漏れ日が教室の窓から入ってくる。

 春を感じさせる心地いい朝だ。

 そんな朝に僕はというと――


「黒白くぅぅぅん」

「許せねえよ!」

「処する? 処する?」


 生命の危機に瀕していた。




 朝のつむじとの一悶着を終えて、「は組」へと踏み込む。

 朝のHR時間を加味しても、余裕のある時間だ。


「みんな、おはよう」


海風うみかぜさん、おはようございます!」

「海風さんおはよう!」

「今日もいい朝だね!」


 先に入ったつむじに対して爽やかな挨拶を返す皆。

 僕もちゃんと挨拶をしよう。

 彼らクラスメイトたちは歓迎してくれるはずだ。


「みんな、おはよう!」


「今日が貴様の最期の日だ」

「確実に仕留める」

「海風さんと登校……沈めるか」


 彼らの挨拶あたまはどうなっているのだろう。

 担任の強面先生から拳で指導されるべきだと思う。


 そんなクラスメイトバカたちを無視して火光かこうさんを探す。


 早起きしてせっかく弁当を作ったんだから、ちゃんと彼女に渡したい。


 教室内を見回すと、彼女は既に席についていた。

 

 つむじと同じく黒いセーラー型制服。

 赤の髪は朝の静かな空気も相まって、落ち着いた色合いに見える。

 彼女と共にある火の精霊たちも静かだ。


 儚げな火光さんの後ろ姿はどこか寂しく感じる。


「火光さ――」


 そんな彼女に話しかけようとすると、ばっという音と共に数人の男子たちによって取り囲まれる。


 彼らを取り巻く精霊たちの様子は――興奮状態。

 一瞬で想起される昨日の放課後・・・・・・


 僕の中で危険信号が灯る。

 

 問題は――危険注意か。

 なお安全の可能性はない。


「えっと……皆どうしたの?」

「貴様は今、何をしようとしていた?」


 代表として一人の男子が話しかけてくる。

 中肉中背に、海老色の髪。

 火の精霊に適性がありそうな容姿だ。

 

 ……確か押火君だったかな?


「えっと押火君。僕は火光さ――」


「死刑だ」


 ……気が短すぎる。

 ただ名前を出しただけなのに!


 周囲の男子たちも、火光さんの名を聞いただけで殺気立つ。


 信号の色は赤。

 止まれだ。


 しかし、既に死刑を宣告されてしまった以上、僕が考えるべきは――


 彼らの逆鱗。


「火光さんに」話しかけるのが許せないのか。

 それとも「女子に」話しかけるのが許せないのか。


 どっちだ⁉


 どちらかによって僕は対応を変えなければならない。


 けれど――彼らの中では既に僕の処刑が決定事項として存在している気もする。

 

 ならここは――


 ――つむじ、助けて!

 

 アイコンタクトで愛しの幼馴染に助けを求める。

 彼女 つむじならきっと――僕を窮地から救ってくれるに違いない!


 彼女はアイコンタクトに気づくと――呑気に手を振り返す。


 頑張ってねー。


 この裏切り者があぁぁぁぁ!


「こいつ、海風さんと……」

「よし、裁判する必要もないな」

「兄ちゃん、海と山どっちがええか? それとも両方か? ん?」


「こ、個人的には川かな……」


 つむじとのアイコンタクトで怒りが高まる辺り、どうやら彼らは女子に話しかけるのが許せなかったようだ。


 まあ、判明したところで何も変わらない。


 だとしてもつむじに関しては話してすらないんだけどね⁉


 幼馴染にアイコンタクトで抗議する。


 どうして助けてくれないの⁉ 幼馴染失格だよ!


 返されるのはにっこりとした笑み。


 私に朝何をしたか、思い出すと良いかな!


 全力で逃げて、精霊を仕掛けて、爆発。


 ……僕は許されていなかったのだ。


 

 それならば仕方ない。

 ここは僕の秘技にして奥義、

 

 あれを使うしかないか――


 自分の席に鞄を置く。

 不敵な笑みを浮かべる僕。


「観念したか」

「終わりだな」

「地獄で後悔しろ」


 彼らの不満殺意は精霊たちからきちんと伝わってくる。

 

 よし、逃げよう。


 対つむじ以来、本日二度目の秘技の発動によって、僕は朝をどうにか生き延びることができたのであった。

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