第8話 塔の上の火光さん
「すごいなあ……」
部活動の時間が終わって、空が次第に暗くなっていく中。
僕は
その建物の名前は塔。
円柱状の滑らかな側面に最上階の天頂部はドーム型に覆われている建物で、学院の敷地内でも異様な存在感を放っている。
「実戦塔」や「訓練塔」と呼ばれる様に、大小様々な部屋が用意されており、大型迷宮部屋から各競技の練習部屋、一教室程度の規模の部屋まで多数取り揃えられている。
何がすごいかというと建物に
火・水・木・土・風――僕の
「それにしても――」
どうして全種類の精霊を宿しているんだろう?
強度が欲しいのなら土属性の精霊たちを中心に作ればいいんじゃ……。
気になり始めると居ても立っても居られない。
新しい学校に初めて見る建物。
理由の分からない精霊たちの存在。
「よし! 行くか!」
こうして僕は塔に足を踏み入れることになったのだ。
外が薄暗いのに対して、塔内はまだまだ明るい。
どうやら訓練のために残っている生徒が多いらしい。
それでこそ央成学院。
僕が日域国で上り詰めるには、このライバルたちを倒さなければならないのだ。
「ふふふ……燃えるね」
まだ見ぬ熱いライバルたちに思いをはせていると――
ドンという轟音と共に頑丈なはずの塔が微かに揺れる。
「な、何だ⁉」
考えが浮かび消える。
竜の生息云々は置いておくとして――
音は塔内から響いていたからだ。
音の原因となった部屋はすぐにわかった。
なぜなら――
「なんだ……この精霊量」
その部屋に尋常ではない量の火の精霊たちが集まり、ドアの隙間から漏れ出ていたからだ。
ここで塔の壁に各種の精霊たちが宿された理由がわかる。
ドアから漏れ出る火の精霊が、廊下の壁にいる水の精霊によって
つまり塔に全種類の精霊が宿されているのは――
部屋の中でどの種類の精霊が扱われても、
炎なら水。水なら木。
相性の良い精霊をぶつけることによって、部屋や建物への
件の部屋からは火の精霊が
つまり塔教室内では処理できない量の火の精霊が、この部屋に存在していることになる。
「誰が使ってるんだ……?」
室内を表示しているモニターを見てみるとそこには――
入学試験で僕を打ち倒した
「綺麗」
彼女の訓練の様子はこの一言に尽きる。
入学試験で僕相手に繰り出した、文字通り爆発的な加速。
空を蹴って体を反転させて姿勢を整えると、繰り返し空を蹴る。
爆発音が鳴るたびに彼女は加速し、空間を立体的に、縦横無尽に駆け回る。
一見彼女は簡単にこなしているようにも見えるけれど――
血のにじむような努力をしてきたからこそ辿り着けた境地のはずだ。
そんな努力家の彼女がどうして。
どうして僕を召使いにするって言ったんだろう。
知りたい。知りたいに決まっている。
僕の中に熱い思いがこみ上げてくる。
聞いてみたい。
それを積み上げてこそ、僕の
訓練を終えかけている彼女に向かって、僕は一歩を踏み出した。
訓練を終えた私は訓練室を出る。
熱い。
火の精霊たちの熱気に当てられて流れる汗を、タオルで拭う。
これでも――まだ足りない。
私が倒さなければならない
まだ全然足りないのだ。
「火光さん、お疲れ様!」
「
廊下に出るとすぐに声をかけられた。
驚きで鼓動が高鳴る。
黒の瞳はキラキラと輝き、真っ直ぐに私を見つめている。
彼は黒白君。
私が
謝らなきゃ。
彼には謝罪しなければならない。
そう思っていても、私の口は言葉を紡いでくれない。
名字を呼ぶだけで精一杯だ。
「火光さん!」
私が言葉を紡ぐよりも先に、彼が再び私を呼ぶ。
「入学試験の時は、戦ってくれてありがとう!
本気で向かい合ってくれて楽しかった!」
先程とは別の意味で心臓が高鳴る。
私も彼と戦えて楽しかった。
彼も私と同じ気持ちだったのかもしれないと思うと嬉しい。
「どうして召使いにされたのかはわからないけど」
それは本当にごめん。
召使いなんてしなくていい。
思っていてもやはり言葉は出てこない。
……彼に嫌われるかもしれないと思うと余計に言葉が出なくなってしまう。
「火光さん! 僕は君を倒して対等な立場になるよ!
だからそれまでは――召使いとしてよろしくお願いします」
「えっ?」
私は彼を召使いから解放したかったのに、話が妙な方向へと進んでいく。
違う。召使いなんてしなくていい。
そんな私の想いに彼は一切気付いていない。
「それで、お願いがあるんだ!」
「な、何?」
「僕と一緒に訓練をして欲しいです! お願いします!」
激しく頭を下げられる。
彼の本気。
それが伝わってくる。
一度負けた相手に教えを請える。
全ては勝つために。
そんな黒白君の真っ直ぐな姿がとても眩しい。
私には同級生の誰かと訓練した経験なんてない。
それでも――こうして頼まれるのはとても嬉しかった。
「えっと――」
「お弁当とかも召使いとして僕が毎日作るから!」
続けようとした「いい」という快諾の言葉よりも先に、彼の言葉が滑り込む。
「いい」
こうして私は「黒白君の手作り弁当目的で訓練をする人」という烙印を背負って、過ごすことになったのであった。
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