第7話 私の入学試験の真相と、僕の体験入部

 1年「は組」教室内には、入学初日にも関わらず多くの人影が残っていた。


「奴を逃がすな!」

「追いつめて潰せ!」


「やられてたまるかあぁぁぁぁ!」


 騒ぎの中心には、学ラン型冬季制服を着た、真っ黒な髪色の少年。

 黒白こくはくきょうえい君である。


 火光しんかは、その喧騒を遠巻きに眺めている。


 誰とも話せなかった。

 土浦先生と同じく、私の顔が怖いのか。

 無表情が問題なのか。


 それとも人に話しかけるのが苦手な性格が悪いのか。


 黒白君は初日から級友たちに馴染んでいた。

 人懐っこい性格に、愛嬌のある容貌。

 

 それに加えて、彼はどこか人の興味を引く。


「きょうえい、頑張れー!」


「他人事か! つむじいぃぃぃ!」


 去っていく黒白君に、ひらひらと手を振る少女もまた興味を引かれた一人なのだろう。


 海風うみかぜつむじさんだ。


 肩口まで切った、空色の髪。

 整った顔に浮かべる笑顔は、愛らしくて綺麗だ。

 黒い長袖のセーラー型冬季制服に白い紐リボンも、彼女専用にあつらえたかのように似合っている。


 私自身の頬に触れる。

 柔らかい表情。

 気の置けないやり取り。

 

 彼女が羨ましい。

 なぜ私は……彼女のようになれないんだろう。



 教室にいるのが後ろめたく感じて、廊下に出る。


「さらばだバカどもめ!」


「おい、あのバカ窓から逃げたぞ⁉」

「そこまでやるか⁉」


 彼らの楽しげな喧騒が、私には別世界のように感じられて寂しかった。



 初日から何をやってるんだろう。

 情けない。


 自嘲が私を苛む。


 本当は黒白君に謝りたかった・・・・・・

 けれど、どうしてもあの輪の中に入ることができなかった。



 入学試験のあの日・・・・・・・・


 1対1で彼と正面から向き合い―― 初めて黒白君精霊繋装せいれいけいそう「比翼連理」を振るったあの日。


 黒白君は何度打ちのめされても立ち上がってきた。


 意識があるかどうか怪しい中で、私は彼の言葉を聞いたのだ。


「僕は、王になる」


 決して大きな声ではなかった。

 でも……わかる・・・


 決意に満ちた声色。

 真摯に目指す覚悟。


 意志ではない。

 彼にとってそれは必然なのだ。


 その言葉は、確かに私の心を撃ち抜いたのだ。



 それと同時に頭を過ったのは――


負けたら不・・・・・合格になる・・・・・


 入学試験の合否結果は勝敗で決まる。

 私はそう思っていた――思い込んでいた。


 つまりこのままいけば、私は合格受かり、彼は不合格落ちる


 そんなのは嫌だ!


 意志の強さ。

 高い実力。


 そんな人が不合格なのはおかしい。


 そして何よりも――彼との立ち合いは楽しかった。

 ずっと続いて欲しいと思うほどに。


 どうにかして彼が学校にいられる・・・・・・・方法を考えなければ!


 そして可能であれば――仲良くなりたい。


 そう考えて辿り着く。

 央成学院高等学校は実力主義・・・・

 彼が学校で実力を証明する機会があれば、途中からでも入学可能なのではないか。


 ここまでが私の思い込み――恥ずかしい勘違い・・・だ。


「私は黒白君召使いにする・・・・・・


 召使いになれば、常に私と共にいられる。

 入学はできずとも、学校にいられる・・・・・・・


 そして彼が実力を発揮できる場を設けることができれば――

 きっと学校に通えるはずだ。


 だから私は彼を召使いにすることにしたのであった。




 可能なら今日黒白君にその話をしたかったけど……あんな沢山の人の中で話しかけるなんて私には無理だ。


 話しかけるのは恥ずかしいし……怖かった。





 バシーン


「ナイスボール!」


 僕の持つグラブから音が鳴り響く。

 風山かぜやま君の投球はかなり速い。


 クラスメイトたちの殺意からどうにか逃げ切った僕は、野球部の体験入部に来ていた。


「ピッチャーをするとなると、もう少し球速が欲しいけどな」


「風の精霊たちで球速を上げればいいんじゃない? 適性あるよね?」


「……そうかもしれないけどな」


 自分の投げた球に精霊で干渉できるのが、現在の野球のルール。

 風の精霊によって、変化球も剛速球も投げ放題のはずだ。


「でも地力も必要だろ? 地力が高ければ高いほど相乗効果が期待できるわけだし」

「……まあ、それもそうだね」


 ボールを投げるのが生身である以上、精霊だよりだけではいけないのかもしれない。


「それにしても、俺の体験入部に付き合ってもらって良かったのか?」


「もちろんだよ!

 あのまま帰ったら、僕の身に何が起きるかわからなかったからね!」


 嫉妬心と鋭い殺意。

 さすが央成学院。


 初日から命のかかったやり取りを経験できるとは、思ってもみなかったよ!


「でも海風さんと帰る予定とかじゃ――」


「風の精霊たちよ!」


 剛速球を風山君の顔面へプレゼントだ!


 余計なことを言う口は封じてしまうに限る。



 命を狙った僕の速球を、難なく捕球する風山君。

 既にその身体能力は、野球部でも十分活躍できそうだ。


「いきなりなんだ⁉」


「君のその発言次第で僕の生死が左右されるんだよ⁉」


 誰に聞かれているかもわからない中で迂闊なことを言うからだ! 

 野球ボールだけで済んだことを感謝して欲しい。


「良いのかな? 俺にそんな口をきいて

 全員にお前の居場所を知らせることが可能なんだぞ?」


 にやりと笑う風山君。

 僕を脅す気か⁉



「ちょっとゆうき! 意地悪しない!」


 そんな気の置けないやり取りをする僕たち二人の会話に、割って入る影がある。


 小柄で愛らしい少女だ。

 服装は学院指定の体操服。

 

 梅紫の髪と瞳。

 おそらく火と水の精霊適性を持っているのだろう。

 

 

 彼女はそのまま風山君の隣にやって来た。


「いや、冗談だって」


「ならいいけど」


 風山君は僕にボールを投げ返す。

 ジャージの女の子と風山君の距離はどこか近い。


「風山君……そのどなた?」


豊水ほうすいかなた。俺の幼馴染なんだ。

 同じクラス「は組」だぞ?」


「えっ⁉ そうなの⁉」


 全く覚えていなかった。

 今日の喧騒は僕の記憶力まで奪ってしまったらしい。


「ごめんよ、豊水さん!

 僕は黒白きょうえいっていうんだ。よろしくね」

 

「ううん、初日だし気にしないで! よろしくね。黒白君!」


 愛嬌もある。


 どうして野球バカ風山君が、こんな可愛い子とお近づきになれるんだ⁉

 羨ま――許せない!


「小さいころから一緒で――」


 風山君は豊水さんとの関係性を説明してくれている。

 でも彼は大事なことをわかっていない。

 大事なのは。


 貴様風山君が可愛い女の子と、仲が良い・・・・という点なのだから。


 このネタは使える。

 これをダシにして男子クラスメイトたちと僕の生存交渉をしよう。



 火と風の精霊たちをボールへと集める。


 それはそれとして。

 やはり僕も今日から1年「は組」の一員だ。

 クラスの価値観は共有し、皆と分かち合わなければならない。


 可愛い子と親しくしている男。

 それを見つけた「は組」男子ならどうするだろうか。


 答えは決まっている。



 狙いは奴の顔面。


 よーく狙って――


「これでもくらえぇぇぇぇ!」


「うお! あぶねえ! 熱!」


 くそ、仕留めきれなかったか。

 さすが野球部志望だ。


「よくもやったな!」


「うわあぁぁぁぁ⁉

 精霊を利用して人を狙うなんて、危ないと思わないのかい⁉」


「どの口が言うか!」


 剛速球と大きく曲がる変化球が僕と風山君を行き交う。

 精霊たちと共存した競技こそが、現在のスポーツの醍醐味なのだ。

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