第6話 自己紹介と訪れる危機

「やっぱり火光かこうさんはすごいなあ……流石は僕のご主人様」

「いやいや、まだ主従関係っぽい事、なんにもしてないでしょ」


 央成学院高等学校体育館。

 そこで150人弱の新入生が、椅子に座っていた。


 今日は央成学院の入学式だ。


 新たな生活。

 新たな仲間たち。

 そして――

 新たな戦いの始まりの日。


 僕に話しかけてきたのはつむじ。

 僕の幼馴染にして、風と水の精霊適性を持つ少女。


 近くにいるわけではなく、風の精霊による精霊通信を通した会話である。


 そして壇上には――

 

「……新入生代表。火光しんか」


 長袖の黒セーラー冬季型制服に袖を通した、紅蓮の少女。

 

 黒のセーラー服は、華奢で小柄な外見を見事に引き立たせている。


 胸元の紐型リボンの色は赤。


 彼女の真っ直ぐな瞳と長い髪色によく似た赤色だ。


 僕が負けた相手。

 そして……ご主人様。


 代表挨拶は主席1位合格者の仕事だ。


 すなわち僕は、彼女に実技で負け……筆記試験でも負けたという――


「いやいや、筆記は絶対無理でしょ。

 わかりきってたことじゃない」


「何てことを!」


 その言い方だと僕がバカみたいじゃないか!



 館内は1年生たちの精霊に溢れているため、つむじとの連絡もバレることはない。


 精霊の大渋滞。


 その中でも平然としている先輩方。


 新入生の優秀さの証明でもあり、先輩方もまた同じだったのだろう。



 しかしその中でも際立つのが、壇上の火光さん。


 戦った贔屓目抜きに、炎の少女は眩く美しい。




「きょうえい、今年も私と同じクラスで良かったね!」


「ふふふ……つむじこそ僕に感謝してよね!」


 入学式をつつがなく終え、案内された僕たちの所属クラスは1年「は組」。


「い・ろ・は・に・ほ」組のうちの1クラスだ。

「い組」は中等部からの内部進学組、「ろ組」は推薦入学組。

「は・に・ほ」組は一般入試組という形で振り分けられている。



「それにしても、他クラスの子たちと仲良くするのは1ヶ月後か……残念」


「まあ、その間にクラスで友だちを増やせばいいんじゃない?

 元々、そんなに友達いないでしょ?」


 失礼な! 


 4月の最後にクラス役員決定戦・・・・・・・・があるため、それまでは各クラス間で不干渉が明言されている。

 その影響は他学年にも及んでいるのか、1年生のクラブ活動も4月中は体験入部。

 正式な入部は5月以降からだ。


「それにしても……『は組』ウチのクラス、強くない?」


「まあ、私いるしね!」


 否定できない。

 つむじの能力もまた秀抜。

 加えてなによりも――火光さんがいる。


 クラス戦力はかなり充実していると言っていいだろう。


 まあ、代償として――


 クラス役員への壁が厚いということでもあるわけだけど。



「さて、新入生たち――」


「先生……怖くね?」

「いやあぁぁぁ、食べられるうぅぅぅ」

 

 担任は驚いたことに、入学試験の時にお世話になった強面ティーチャーこと土浦先生だ。

 先生を怖がっている生徒も何人かいるみたいだけど……いい先生なんだよ。


 顔と目つきが尋常じゃなく怖いだけで。




「――以上だ。各行事については期間が迫ったら伝達する。

 では自己紹介を……君からしてくれ」


「は、はいぃぃぃ!」


 

 どこか悲しそうな先生からの各説明が終わり、自己紹介の段となる。


 土浦先生と指名された生徒。

 二人が共に涙目になっているのが、哀愁を誘う。。


 まあ……あの顔に慣れるには時間がかかるよね。

 ……可哀想に。




 一人一人挨拶をしていく中で、クラスメイトたちの雰囲気も掴めてくる。

 冗談を交える子や、名前だけで終える子。

 自己紹介にも個人差は出てくるようだ。


 さて、僕はどうしようかな?


 小粋なジョークを挟み、クラスの人気者を狙うもよし。

 名前だけで一匹狼キャラを狙うもよし。

 どちらも違って、どちらも良い。

 

 ちなみにつむじは無難に挨拶を終えていた。

 男女共に何故か沸き立っていたのは、風の適性持ちの面目躍如といったところか。


 そんなことを考えているうちに、室内が静まり返る。


 理由は単純。


 主席にして、一番の注目株。

 クラス役員に最も近い生徒――

 火光さんに順番が回ってきたからだ。


「火光しんか」


 それ名前以外の言葉はない。

 入学式の流暢な挨拶が嘘のようだ。


 くっ!

 火光さん……そっち一匹狼で行く気か⁉


 実力と頭脳。

 両方を兼ね備えたからこその主席。

 才色兼備の一匹狼

 それを人は孤高と呼ぶ。


 ずるい! カッコいい!


「私は――」


 その孤高――火光さんが再び口を開く。


「私はそこにいる、『黒白こくはくきょうえい』のご主人様。

 ……どうぞよろしく」


 彼女ご主人様の挨拶から再びの沈黙。


 そして――


 クラス内が喧騒に包まれた。




 遂に回ってきてしまった。


 火光さんが自己紹介を終えて、はや数人。


 僕の自己紹介は……地獄のような空気だ。


「あれが火光さんの?」

「うーん、顔は普通」

「俺の方がイケメンじゃね?」

「ぷくくく」

「俺たちの火光さんがあんなのを?」

「この世にいることを後悔させよう」

「くくく」


 とりあえず笑い続けるつむじは許さない。


「黒白きょうえいです。

 入試で火光さんに負けて、召使いになりました。

 よろしくお願いします」


 すぐに座る。


 人気者や一匹狼なんて言ってる余裕はない。


 この調子で僕に友だちはできるのだろうか。


 自身の今後の学院生活は、早くも正念場。

 窮地に立たされている気がする。




 地獄の様なHRが終わり、下校時間。

 入学式があったため、授業はない。

 

 笑い続けていた幼馴染つむじが、近寄ってくる。


 黒セーラー冬季型制服から伸びる長い手足。

 肩口まで伸びた髪。

 一見すると美しい少女。


 ただしその整った顔に浮かぶ表情は――

 邪悪である。

 

 ああ……この顔は。


 絶対に僕をからかってくる顔だ。


 忌々しい!


「最高な自己紹介だったね、きょうえい」


「よくも笑い続けてくれたな、つむじ!

 事情を分かってるのに、どうしてフォローしてくれないのさ⁉」


 僕は君を絶対に許さない!


「仕方ないじゃない。あんな堂々と召使いだと言われたら、それは笑うしかないよ。

 フォローする義理もないし」


「幼馴染だよね⁉

 僕たち、友だちだよね⁉」


「友だちだからって、一緒に死んであげる理由にはならないかな」


 それはそうかもしれないけど――

 冷めた幼馴染である。

 

 そして、つむじが笑い続けた結果は聞いての通り――


「おい、あのアホ面。

 火光様の召使いの上、可愛い子と話しているぞ」

「潰せ」

「俺も火光様にお仕えしたい」


 男子たちから、嫉妬と殺意を持たれていた。


「いや、気のせいじゃない?」


「そんなわけあるかあぁぁぁぁぁ!」


 平和とは程遠い話し合い。

 仮に彼らの話し声が聞こえなくても、彼らを取り巻く精霊たちが、明確に僕への殺意を伝えてくれている。


「どうしてくれるのつむじ!

 君のせいで更にひどいことに!」


「いや、それは私のせいではないよね。

 私の悪い点は……可愛いってことくらいかな!」


 丸い殺意。

 顔立ちが整っているからこそ許せないことを、このバカには教えてやった方が良いのかもしれない。


「まあまあ。

 落ち着きなよ、きょうえい。

 彼らの精霊を見る限り――」


「僕、助かりそう?」


「埋められるんじゃない?」


「ちくしょう!

 絶対に生き延びてやる!」


 或いは死なば諸共。

 つむじも丸ごと引きずり込んでやる!



 ちなみに騒動の原因こと火光さんは、一人でそそくさと帰る準備をしている。


 彼女自身の落ち着いた雰囲気も相まって、話しかけにくいらしい。



「大変そうだな、黒白」


「えっと……」


 すらりと背の高い少年が、僕らに声をかける。


 ひょっとすると、何か部活動でもしていたのだろうか。

 学ラン冬季型制服でも、薄っすらと筋肉のついているのがわかる。


風山 かぜやまだよ。野球部に入る予定だ」


 短髪ながら灰がかった黒髪に、混じる緑。


 察するに、風と木の精霊に適性があるんだろう。


「ありがとう、風山君。

 僕は黒白きょうえい。

 部活動は一応全部回ってみるつもり」


「やっぱり、召使いをやろうなんてやつは変わってるのか?」


「違う! 気付いたら召使いになっていたんだ!」


「十分おかしいだろ」


 にやりと笑う。

 初対面で会話を広げる能力……コミュニケーション能力は高いと見える。


「私は海風つむじ。

 よろしくね」


 僕の幼馴染もにこにこで挨拶をしている。



 ひょっとすると、これはチャンスか?


 僕らと話す風山君。


 彼に僕が召使いをすることになった事情を説明できれば、クラスメイトたちからの殺意もなくなるのでは⁉


 よし!

 善は急げだ!


「風山君! 彼ら男子たちに説明して欲しい」


「ほう、何をだ?」


 ちゃんと傾聴の構え。

 人の話は聞くというコミュニケーションの基本姿勢ができている。


「僕は入学試験で火光さんに負けて仕方なく召使いをすることになったし、

 つむじとの幼馴染も仕方なくやってるんだ」


「きょうえい、さすがにそれはショックだよ⁉」


 僕のピンチの時に笑っていたやつのことなんて知らない。


「このことを、男子にちゃんと説明して欲しい」


「別に説明してもいいが――大丈夫か?」


「え? 何が?」


 もちろんいいに決まっている。

 これで僕への妬み嫉みはなくなるはずだ。


「まあ、黒白がいいならいいけどな」


 そう言って風山君は、精霊たちが渦巻く男子たちの中に入っていく。


 快活なスポーツマン。

 そんな彼ならきっと――僕への誤解を解いてくれるに違いない。



 風山くんが話し始めて数秒後、精霊たちの嵐に動きが見える。


 きっと彼の説得が―― 

 

 うん?


 おかしい。


 風山君の話が終わったと同時に、精霊たちの動きがさらに活発・・・・・になったように見える。


 これではまるで――


「なんか、臨戦態勢みたいだねえ?」


「何で⁉」


 風山君犯人がこちらに戻って来る。


「風山君、何を言ったのさ!」


「いや、ちゃんと説明したぞ?」


 彼ら男子たちは、いつ僕に襲いかかって来てもおかしくない。

 狂戦士のような風体。

 目には本能と固い決意殺意


 間違いなく殺すやる気じゃないか!


「自分は巻き込まれただけで、責任がないですよってことか」

「ラブコメ主人公気取りか……死刑だな」

「俺だって可愛い子たちに巻き込まれたいわ」


 なるほど。

 確かに僕も、同じことを言われたら彼らの側狂戦士に立つかもしれない。


「よし、とりあえず――」

 

 今日は逃げよう。

 明日の僕がきっと挽回してくれるはずだ。


「死亡フラグかなー」


「生きろ、黒白!」


「二人共黙っててくれないかな⁉」


「「「死ねえぇぇぇぇぇ!」」」


 牙をむく狂戦士たち。


 僕に明日は来るのだろうか。

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