第5話 僕の入試結果と契約

「起きたね!」


 目を覚ますと、真っ白な天井と整った顔立ちの幼馴染が僕を出迎える。

 カーテンで仕切られた空間。

 その場に美少女と二人。


 美人局じゃないよね……?


 怖いお兄さんが入ってきて、骨の髄までしゃぶりつくされるようなことにはならないよね?


「痛っ⁉」 


 痛みが僕を現実へと引き戻す。

 上半身は切り傷や擦り傷に加え、火傷が熱を持っているようだ。


「きょうえい、大丈夫?」


「ありがとう……つむじ。

 ところで、ここ……どこ?」


「保健室だよ!

 良かったね、校内見学成功!」


「こんな痛い校内見学はしたくなかったよ……」


 意識のない僕につむじは寄り添ってくれたらしい。

 なんだかんだで優しい幼馴染だった。


「それで……僕、どうなったの?」


「うーん、映像を見る限り……ぼろ負けだね!

 地力もそうだけど準備も足りなかったと思う」


 結果は分かっていたものの、あっけらかんと言われるとすんなり受け入れられる。


「特にあの火姫ひめ様が相手だとねえ」

「つむじ、『ひめ』様なんて二度と言わないで」


 火光かこうさんはそんな可愛らしいものじゃない。

 実際に対峙した僕からすると、彼女は圧倒的強者。


 ちゃんと女王様を名乗るべきだ。


「それにしても、精霊繋装せいれいけいそう……すごかったなあ」


「やっぱりあの大剣って、精霊繋装なんだね」


 精霊から愛された証。

 先後天関係なく、精霊に好かれている者。

 そんな者たちにのみ、稀に与えられる兵装。


 それが精霊繋装。


 僕が今回相手取ることになったのは、精霊繋装「比翼連理ひよくれんり」。


 火の精霊を従える彼女にぴったりの、火属性の大剣である。


「でも、それまではそこそこ戦えいけてたんじゃない?」


「そう?

 まだまだだと思うけど」


「ちょっと! 

 怪我人相手に気を遣ってよ!」


 風に適性がある割に、空気の読めない幼馴染め!


 あははと笑う彼女に再び問う。


「はあ……それで、試験結果はどうなると思う?」


「あっ……」


 身体を起こした僕の問いに、目を逸らすつむじ。


 そのばつが悪そうな反応……まさか――


「ええっ⁉ 僕、不合格⁉」


 合格発表は後日じゃないの⁉


「いや、合格するんじゃない?

 火光さんと数分間戦えて、精霊繋装まで引っ張り出せる同級生なんてほとんどいないでしょ」


 肩を揺する僕の最悪の予想に反して、彼女は僕の望んだ答えを告げた。


 良かった……ちゃんと戦えてたんだ。


 誰であろう、つむじの言うことだから信用できる。

 彼女の実力ちからは火光さんに匹敵するのだから。


「うん? 合格って言った?」


 違和感。

 彼女の言葉の嫌な含み。

 つむじがこんな物言いをする時は大抵――


 シャっと三方を覆っていたカーテンが捲られる


 そこには保健室の先生と思しき白衣の女性と、僕を案内してくれた強面の先生が立っていた。




「まったくもう! 入学試験でこんな大けがをするなんて!」


「すみません、気を付けます。

 次はもっと軽傷で済ませられるよう、頑張ります」


「怪我をしないって、言いなさい」


「か、可能な限り怪我しません」


 白衣の先生の言葉には頭が上がらない。

 

 まあまあと、そんな僕らを取りなすのが案内係の強面先生だ。


「元気そうだな、黒白こくはく


「強面先生も、ご心配をおかけしました」


「私はそんな名前ではない……土浦だ」


「わかりました、土浦こわもて先生」

「あのなあ……」


 僕の戦いっぷりが不甲斐なかったからかもしれない。

 強面先生はどこか呆れた様子だ。


「それであの……僕の合否ってどうなるんですか?」


 勝敗で合否は決めないとはいうものの、やはり勝つに越したことはない。

 ここで不合格となると――僕が王になる計画が!


「……知ってると思うが、合否の結果は後日発表だ。

 それを待ちなさい」


「やっぱり、まだ決まってませんよね……」


 土浦先生の話す内容は、つむじと話したことと大差ない。


 となると、先生は純粋に僕を心配して、保健室まで来てくれたんだろうか?

 本当に顔の怖さ以外はいい先生だ。

 ぜひ担任になって欲しい。


「ああ。合否はまだ決まっていない。

 ここでお前・・に伝えたいことは、勝敗における契約についてなんだ」


 呼び方が粗雑になっているのは、気のせいだろう。



 契約とは、対抗戦や対戦の前後で決める「勝者と敗者に課される条件」のことだ。

 勝負の際に契約を用いることで、勝者は敗者に契約条件を強いることができる。


 条件次第では「今後行われる勝負で負けろ」だったり、「外交の際にこちらの出した条件を呑む」といった様々な契約内容を履行させることができる。


 大抵は勝利者有利の契約が結ばれる。



「入試の実技試験でもちゃんとあるんですね。

 ちなみにつむじはどんな契約にしたの?」


「私慣習通り『これからの学校生活よろしく』って感じにしたよ」


 つむじは当然のように答える。

 彼女はやはり勝利したらしい。


 入学試験は公式契約を初めて経験できる場。

 よって実戦試験後、つむじのように無難な契約内容で練習することが多い。


 ひょっとして、火光さんは別の契約内容にしたのだろうか?


 虫の知らせ。

 胸中がざわつく。


 つむじに嵌められた時のような、不吉の予感。



「黒白、落ち着いて聞いて欲しい」


「な……なんですか?」


 強面先生の真剣な面持ちに緊張する。

 まだ何も悪いことをしていないのに、これから叱られるかのような恐怖。


「火光の契約内容だが――」


 ごくり


「『お前黒白きょうえいを火光の召使いにする』というものだ」


「え?」


 一瞬の沈黙。

 そして――


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」


 校内へと響く絶叫。




 ……後日、僕たちは無事に央成学院高等学校への合格を果たした。


 こうして僕は、新入生兼召使い・・・・という立場で入学することとなったのであった。

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