第10話 約束と嫉妬心に囲われて

「こんな所で死ねない! 死ぬわけにはいかないんだあぁぁぁぁぁ!」


黒白を捕えろおぉぉぉ!」

「女子の独占を許すな!」



 朝から黒白こくはく君は騒ぎの中心だ。

 彼は皆に慕われているはずなのに……なぜだろう。


 力尽きて蟻に集られる虫のような儚さを感じる。


 必死の形相による逃走は命を振り絞るようで――

 その後を男子たちが付いていくのは……獲物を狙う狩人のようだ。


火光かこうさーん!」

「はい……何、ですか?」


 胸が高鳴る。

 昨日の黒白君以来、二度目の声かけ。


 緊張しながら振り向くと、そこには絶世の美少女が立っていた。


 すらりと長い手足。

 肩口で切りそろえられた、柔らかい髪。

 爽やかな空色。

 

黒白こくはく君の幼馴染。

海風うみかぜさんだ。


 声をかけただけにも関わらず。

 その仕草や声色にすら人懐っこさが感じられて、愛らしい。


 ……そんな彼女と自分。

 自身の無愛想な答えには嫌気がさす。

 


「これ、きょうえいからだよ! ダイイングメッセージ!」


「ダイイング?」


 海風さんが示すのは通信端末だ。


 黒白君は死地にでも赴いているのだろうか?


 その画面には果たして――


「火光さんにお昼休み校舎裏に来るように伝えて!」


「私のご飯」


「埋め合わせは必ずするから!」


「唐揚げが良いな!」


 二人の仲の良さが垣間見えるやり取りが表示されている。



「わかり……ました」


「私も行っていい?」


 可愛らしい海風さんのお願いを私が断るわけがない。


 反則だ。


「私はいい、です……黒白君はわからない」


じゃあ・・・、大丈夫だね!」


 幼馴染の直感なのだろうか。

 黒白君が許可してくれるのはお見通しらしい。


 二人の打てば響く信頼関係が、私にはとても羨ましかった。





 朝の時間はどうにか生き残ることができた。


 僕の命を狙う非常識人間クラスメイトたちも、授業時間はさすがに大人しい。

 まだ殺気は感じるけれど公に襲ってくることはないようだ。


 平和って素晴らしいね!

 平和最高!

 

 隠れて端末を確認すると、そこには幼馴染の名前が表示されている。


「火光さんに伝えたよ。私も行く!」

「いや、つむじは教室に残ってよ!」

「はあ⁉ 嫌だ! 絶対火光さんと一緒にいる!」


 できればつむじには教室に残って欲しかった。

 性格はともかく・・・・・・・彼女は美少女。


 つむじが教室に残っていれば、男子は彼女に気を取られるはず。


 つまり彼女は――僕の隠れ蓑に使える。


 その間に火光さんに弁当を渡せば任務達成だったんだけど――


「わかったよ……」


 でもこればかりは仕方ない。

 朝はいじわるしちゃったし。

 今回は譲ろう。




 やっぱり高等学校の授業はレベルが違う。

 僕も学べば学ぶほど、自分自身の成長をひしひしと感じる。


「きょうえい、可哀そうに。中学の勉強ですら大変なのに」


「だ、誰が中学の勉強から危ないって⁉」


 一応筆記試験も合格してるんだよ⁉


「イチャコラしやがって」

「一刻も早く奴を処分しよう」

「次の授業がやつの寿命の終わりだ」

 

 周囲の怨嗟の声は納得がいかない。

 

 そもそも僕らはそんなイチャコラする関係ではないと伝えたいが、奴らに話し合いが通じるのか。


「はあ……つむじ、次の授業は何だっけ?」

「確か、体育だね」

「よし!」

 

 ようやく得意な授業だ。

 初日だけどどんな授業をするのか。

 楽しみで仕方ない。




 今日が僕の命日なのかもしれない。


 期待していた体育の授業はクラスメイトとの親睦を深めるためにドッジボールになった。


 ドッジボール。

 人にボールを当てる・・・競技である。


「絶対嫌だあぁぁぁぁ!」

「さあ黒白君! 一緒に頑張ろうな!」

「そうさ! 楽しもうぜ!」


 男子たちに強制的に連行される僕。


 言葉上は穏やかに見えるが間違いなく嘘だ。

 断言できる。 


 ただ楽しむのなら、どうして君たちの精霊は攻撃態勢を取っているんだい?

 どうして逃げられないように、僕を拘束しているんだい?


 僕の疑問に答える人はいない。

 そのままコート処刑場へと連れていかれてしまう。


 どうすれば――生き延びられる?


 必死に考える。


 ドッジボール。

 その中で生き残るには――


 そうか! 味方に頼ればいいんだ!


 何も僕一人でどうにかする必要はない。


 ドッジボールはチーム競技。


 僕を狙う暗殺者アサシンたちの攻撃を僕が躱している間に、味方に勝ってもらえばいいのだ。


 そうすれば無傷で切り抜けることすら可能な――

 

「……味方が……いない⁉」


 別れた二つの陣地。

 僕が指定されたコート内には僕しかいない・・・・・・

 一応・・味方として振り分けられた裏切り者チームメイトたちは、既にコート外へと出ている。


「なんでさ⁉」


「へへっ……俺たち、自信なくてな」


 照れくさそうに親指で鼻を擦る男子。

 殺意しか湧かない。


「いいのかい? このままだと、僕らチームの評価が大変なことになるよ⁉」


「評価を犠牲にしてでも、俺達には為さねばならないことがあるんだ」


 味方(嘘)たちは大きい決断をしたかのように、スッキリとした表情だ。

 澄んだ瞳。


 彼らの根底に嫉妬心があると分かっていなければ、騙されそうな程の透明度ある。


 くそう……ここまで割り切るなんて!


 ならばと敵チームにも語りかける。


「君たちもいいのかい? こんな一人をなぶり殺しにするようなことをして、胸を張れるのかい?」


「「「社会のごみを片付けるだけだ。恥などはない

  むしろこれは――社会貢献なんだ!」」」


 この人でなしどもがあぁぁぁぁ!


 敵チームでケラケラ笑っている風山君と目が合う。


風山かぜやま君! 助けて!」


「悪い、黒白。俺も無駄に命をかけたくないんだ」


 だから一人で死ねと⁉


 僕の懇願を払うかのような手の仕草。


 ……そうか。

 君はそういう姿勢スタンスか。


 しかし彼は肝心なこと・・・・・を忘れている。


「皆、聞いて欲しい!

 確かに僕は一部の女子と仲良くしているかもしれない!」


 全員の殺気が膨れ上がる。

 それでも僕は言葉を続ける。


「だけどそれは、僕だけなのかな・・・・・・・?」


 そう言った途端に、殺意の只中にいた精霊たちに戸惑いが生じ始める。


「まさか、俺のことか」

「く、俺がモテてるのがばれるとは」

「まずい、俺の彼女のことを」

「やばい、ばらされる」


 疑心暗鬼。

 彼らは互いが互いに容疑者となり得る。


 そして僕は――


「そうさ、君たちの中にも裏切り者がいる」


 少なくても一人。


 昨日の体験入部によって、風山君に幼馴染豊水さんがいることを知っている!



「その裏切り者は――」


「手が滑ったあぁぁぁぁぁ!」


 合図もなしに放たれる野球部風山君の剛速球。


 恥も外聞もなしに僕をり来たか⁉


 仲の良い豊水さんのこと。

 その告発の可能性に、風山君は気付いたらしい。

 

 

 唸る剛球ボール


 回転が速い。

 どこに変化するかを見て反応しては――間に合わない!


 僕が敵に止めを刺すなら――


 確信はない。

 しかし――やるしかない!


 首をひねる。

 僕なら――顔面への一撃。

 それで口を封じる。


 躱せるか⁉


 地を這うボールが、伸びる・・・

 回転量によって浮き上がるボール。

 

 それは僕の顔面の在った・・・位置を通過する。


「ドッジボールのルール的に顔面はなしじゃないの⁉」


「黙れ! この裏切り者が!」


 風山君には風の精霊の残滓。


 運が良ければ・・・・僕を殺し、悪くとも発言は封じる。

 そんな一撃だ。


 だけど――彼は気付いていない。


 風山君の反応から、周りの男子が風山君裏切り者の存在を認識したことに。


黒白ぼくに止めを刺したら、次は貴様だ」


 クラスメイトたちの心の声が、離れた僕にまで聞こえてきそうだ。



 しかし風山君がボールを投げたことによって、火ぶたは切られてしまった。

 もう彼ら狂戦士を止めるための説得も無駄だろう。


「こうなったらやるしかない! 逆に全滅させてやらあぁぁぁぁぁ!」


 こうして僕は何回目かわからない死線に身を投じることになった。

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