第3話 強面先生と炎の女王

「じゃあ、行ってくるね!」

「いってらっしゃい」


 室内を後にするつむじに気負いはない。

 それどころかぶんぶんと手を振る姿は、遊園地ではしゃぐ子どものようだ。

 試験の事をアトラクションくらいに考えているのかもしれない。




 彼女つむじが呼ばれたすぐ次の組で僕も呼ばれる。


 いよいよ僕の入学試験実戦試験が始まるのだ。


 これで筆記試験の分を取り返して見せる! 



 僕の案内役は顔の怖い先生だ。


 雰囲気としては厳格。

 体格も良く、トレーニングでもしているのだろうか。

 スーツ姿が映えている。


 意外なのは土と木の精霊たちが先生の周囲を嬉し気に舞っていること。

 ひょっとすると土いじりとかが好きなのかもしれない。


「先生の精霊適性は木と土なんですか?」


「ほう……よくわかったな」


「そりゃあ、それだけ精霊たちに好かれていれば分かりますよ!」


 先生の顔が綻ぶ。


「そうか……ありがとう」


「え? 何のことですか?」


 なぜ僕は今、初対面の先生からお礼を言われているのだろう。


「何故か生徒に話しかけられることがないんだ……」


 先生はどこか遠くを見る様な目をしている。

 

 強面こわもてで苦労してきたみたいだ。

 

「先生! 大丈夫ですよ」


「そうか?」


 少し落ち込んでいる先生を勇気づけてあげたい。


「確かに顔は怖いです!

 でも人間、顔が全てじゃありません!」


「そうだな。

 他にも大事なことはあるよな……とか」


 なぜだろう。

 少し怒っている気がする。


「先生なら動植物好かれるはずですから!」


「……そうか」


 木と土の適性を持つ人は、動植物に好かれることも多い。

 人類同士で怖がられても、寂しくはないはずだ。


 先生の悲しそうな表情は、この際おいておこう。



 先生は結局、会場まで僕のおしゃべりに付き合ってくれた。



「結構大きいですね」


「もっと広い訓練室もあるぞ」


 それは楽しみだ。


 僕の試験会場は円形の壁に囲われ、直径50m程の大きさ。

 空はドーム状に覆われていて見えない。


 大型の電子掲示板やスピーカーも設置されていて、色々な用途に仕えそうな場所だ。

 

黒白こくはく、私は園芸部の顧問もしている。

 合格したら入部しに来るといい」


「はい! 楽しみにしてます!」


「君の健闘を祈る」


「ありがとうございます!

 頑張ります!」


 初対面の生徒相手に、ここまで応援してくれるなんて本当にいい先生だ。


 先生が去り、僕は1の入口へと向き直る。


 僕が入場した場所と正対する位置に、同じような入口。


 おそらく、向こう側から僕の相手が来るのだろう。



 少しするとが入ってくる。


 


 あれが噂の「火姫ひめ」――火光かこうしんかさんだ。

 

「つむじ……やってくれたな」


 噂話なんて、聞かなきゃよかった。


 気付けた根拠は火の精霊。


 彼女は、莫大な量の火の精霊を従えている。



 何が「ひめ」だ!

 噂を流した奴を張り倒したい。


 そんな呼び名は、生易しすぎる・・・・・・


 あんなの「ひめ」じゃない。

 女王様だ!



 戦闘態勢に入ってすらいない。


 にも関わらず、髪が赤く染まって見えるほどの精霊量。

 

 この組み合わせ対戦を決めた人は、絶対に許さない。


 そう心に決めて歩みを進める。


 僕が進み始めると同時に、女王様もこちらへと近づいてくる。

 彼女へと近づくにつれて、暑くなっているように感じるのは気のせいではない。


 高密度の火の精霊が、のだ。


 遠目では気付かなかったこともある。


 女王様は意外と小柄だった。


 つむじよりもずっと背が低い。


 中等学校の冬季用制服ブレザー着られている・・・・・・

 その姿は圧倒的な精霊量が嘘のように可愛らしい。


 真っ直ぐに伸ばされた長い黒髪は、艶があり美しく――

 火の精霊たちが付き従うことで、深紅に燃えているように見える。


 大きな瞳に小ぶりな顔は、年齢よりも幼く見える。


 しかし浮かべる表情は、引き締まっていて精悍だ。



 会場の中心で互いに足を止め、向き合う。

 するとスピーカーから音声が流れ始めた。


「ただいまより、黒白こくはくきょうえいと火光かこうしんかの入学試験を始めます。

 ルールは事前説明の通りです。

 お二人とも健闘を祈ります」


 直後に試験開始の合図チャイムが鳴り始めた。




 さて……どうくる?


 僕の警戒に、彼女火光さんは腰を落とす。


 僕らの向き合っている位置は、接近戦をするには遠い。

 かといって遠距離戦をするには近すぎるはずだけど――


「っ⁉」

 

 精霊が、彼女へと集まっていく。


「来るか⁉」


 刹那――

 僕の視界が爆炎に包まれた。





 火光しんかの視線の先には、対戦相手の男の子の


 やったことは簡単だ。

 爆風に乗っての急加速。

 それによって彼の、後ろに回った。


 彼は今、煙と急加速によって私を見失っているはずだ。


 後は頭を一撃で、この実戦試験は終わり。


 ために、火と風の精霊を混ぜ合わせる。


 起こすのは小規模。

 けれど加速は十分。


 空を駆ける。


 突くのは右の拳。



 止めを確信した一撃だ。


 それに対して彼は動きを見せる。


 


 何の変哲もないその仕草でしかし――


「っ⁉」


 私の拳を躱した⁉





「ふう――」


 危なかった。


 のに、それでも躱せるか紙一重。

 僕の右耳を彼女の拳が掠める。


「お返しだよ!」


 彼女が勢いのままに、僕の前方へと抜ける。


 この瞬間こそ

 下ろしていた僕の右拳を、真上へと


 このタイミングなら、彼女の胴に突き刺さるはずだ!


「何⁉」


 僕の突きは、彼女のによって


「どうしてその速さで動いて、反応できるのさ⁉」


「訓練のおかげ」


 恐るべき研鑽。

 常に敵の反撃を考慮していなければ、この動きはできないはずだ。


 少女は僕の前方でくるりと空中で体勢を整え、見事に着地を決める。


「どうして……?」


 自身の右手を不思議そうに見つめている。


 僕に拳を躱された理由を考えているのかもしれない。



「じゃあ、これは?」

「くっ⁉」

 

 考える仕草を止めた彼女は、火と風の精霊を集める。


「次か⁉」

 

 僕の声とほぼ同時に。

 彼女はから突っ込んで来る。


 速い! 

 でも――


「舐めてもらっちゃ困るね!」


 先程よりも直線的な動き。

 視覚で、合わせられる!


 狙いは彼女の顔面。

 リーチはこちらの方が長い。

 カウンターで打ち抜いてやる!


「くらえ!」


 僕の拳が彼女の顔面へと突き刺さるかと思われた瞬間――



「なっ⁉」


 再度の爆風。

 しかしそれは加速の為ではなく――

 彼女の速度をため。


 火光さんはを爆発させたのだ。


 爆風に押されて、彼女はする。


「しまったあぁぁぁぁ!」


 顔面に照準を合わせていた僕の拳は空振りに終わり――

 彼女の攻撃へと流れが変化する。


 止まった空中で彼女は身を捻る。

 見事な空中姿勢。

 その蓄えられた力から繰り出されるのは――


「回し蹴り⁉」


 ボッボッボと小さく刻まれるのは、爆発の音だろうか。

 その加速を利用した回し蹴りを前に、僕は地面へと身を投げ出す。


 避けられるか……⁉


 躊躇わず動いたのが功を奏した。

 彼女の脚の軌道の下を何とかくぐりきる。


 その代償として――


「クリーニング代が!」


 なりふり構わず地面を転がり、砂に塗れる制服。


 学生服に砂がかかると大変なんだよ⁉

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