第2話 入試の朝とつむじの話
「今日は暖かいなあ」
アパートから出る僕を、にこやかな太陽が出迎える。
冬と春の境目のこの時期にこれほど暖かいのはとても嬉しい。
そんな今日は、
その晴れの日に、この快晴具合。
間違いなく世界が僕の合格を先取りして祝ってくれているのだろう。
「おはよう、きょうえい!」
爽やかな朝の空に浮いている女の子が、僕の名を呼ぶ。
肩口くらいで切られた髪。
色は空色。光を浴びることで、少女の快活さを強調する様に輝いている。
顔立ちは整っていて美しいが、特徴的なのはその瞳。
瞳も髪と同様の輝きを放っている。
晴れた空と空色の少女。
まるで元から一枚絵だったかのように、美しい組み合わせだ。
「おはよう、つむじ!」
スーッと女の子は走っている僕の隣まで降りてくる。
胸元のリボンが風に揺れているのが可憐だ。
降り立つ彼女は僕よりも少し小さい。
彼女を手伝った風の精霊たちが、彼女を彩るかの様に、きらきらと白色に輝いていた。
精霊――それは約百年程前に人類が認識できるようになった存在。
人類同士の争いの歴史、その只中。
ある日、魔物と呼ばれる怪物が現れるようになった。
魔物たちは人類を目の敵にするように、人種・種族関係なく襲い掛かり、人類種は滅びる手前まで追い込まれた。
その時、人類種を助けてくれたのが精霊だ。
精霊を認識できる人類種が各地で現れ始め、現在では人類すべてが精霊を認識し共存している。
その結果、科学技術の力を重視していた世界に、「精霊」という新たな競争基準が生まれた。
世界各国は精霊の研究にも力を入れ始め、今では各国の勢力争いにも精霊技術が大きく関わっている。
ちなみに今日受験予定の央成学院も、精霊を扱った実戦試験を重視している。
個々人で適性のある精霊は異なる。
目の前の僕の幼馴染こと
「ところできょうえい、聞きたいんだけど」
「何? 入試の一問一答でもする?
受けて立つよ!」
「いや、そうじゃなくて」
「ちなみに走ってるのは、入試のためのウォーミングアップだよ!
実戦のために体を温めとかないとね!」
「うん、それでもなくて」
つむじの空色の眼が、弓の様に細められる。
口元にはニヤニヤという擬態語が合うような笑みが張り付いていた。
……嫌な予感。
この顔はろくでもない事を考えているか、僕をからかう時の顔だ!
警戒心を強めると、彼女から一言。
「どうして上は
上はブレザー、下はパジャマ。
だーれだ。
……僕だった。
「そういうことは早く言ってよおぉぉぉぉぉ!」
余裕をもって出発したはずなのに――僕たちは試験開始ギリギリに到着することになった。
「ど、どうにか間に合った」
「やれやれだよねえ」
息を切らせて、どうにか入試会場に辿り着く。
当初の予定通りなら、校内を優雅に見回って受験するつもりだったのに!
「それじゃ、私は自分の教室に行ってくるね!」
そういってつむじはとことこと去っていく。
風の精霊制御によって、彼女は体力の消費を抑えた様だ。
……ま、まあ、これくらいはいいハンデだ。
その上で合格してこそ、僕の王としての器を証明できる。
僕の実力を見せてやるさ!
「なるほどね。
きょうえいは筆記試験できなかったかー」
筆記試験を受けた教室に、真っ白な灰になった男が一人いた。
全力を尽くした男は、机に突っ伏している。
……勿論、僕の事だ。
「いや、できたよ!
そこそこ?
まあまあ、普通に……」
「どんどん下がってない?」
「そういうつむじはできたの?」
「私は勉強苦手じゃないからね」
さすがは地元で勉強も実戦も負け知らずの逸材。
彼女にとって入学試験程度は朝飯前らしい。
「ほら、いつまでも落ち込んでないで!
行くよ!」
「……うん」
強い力で引っ張られる。
冷え切った僕の手に、つむじの掌は温かかった。
待合室には既に受験生たちが集合していた。
僕とつむじが指定された席に着くと、丁度実技試験の案内が始まる。
実技は受験生同士の1対1。
素手、武器なんでもありのルールで、気絶やギブアップした方の負けだ。
制限時間は10分。
超過したら引き分け。
合否は勝敗ではなく、戦いの内容で決まるらしい。
実力差のある相手に当たってしまった場合でも、能力のある受験生を見逃さないための措置だろう。
まあ、勝つに決まってる僕には関係のない話だ。
ただ――
「実力差のある相手か……」
少し離れた席に着くつむじを見る。
可能であれば彼女とは当たりたくない。
説明を終えた試験監督が退室すると、受験生が数人ずつ番号を呼ばれて室内から出て行く。
最初こそ肩に力が入っていたけど、時間が経つごとに緊張感は薄れていく。
つむじも自身の席を離れて僕の近くにやってきているし、他の受験生たちも顔見知りの近くへと散らばっている。
「当たりたくない相手?」
つむじに尋ねてみると「うーん」と考えながら答えてくれる。
「やっぱり一番は
「ああ……
噂だけは聞いたことがある。
圧倒的な火の精霊の適性を持ち、精霊たちに選ばれし者しか持てない
室内を見回す。それらしく火の精霊に好かれている子は今のところ見えない。
きっと別会場にいるのだろう。
「まあ、人数も多いだろうし、私もきょうえいも当たる確率は低いよね!」
つむじの言葉は彼女についている風の精霊たちと戯れて、僕の耳に嫌に残った。
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