決心
8:50授業開始十分前。
勢いよく教室の扉が開いた。
ホームルームはとっくに終わり、一時間目の授業の準備をしているところだった。
例の、あの黒髪のギャルが教室に入り僕の右隣の席に座った。
そう、彼女は僕のお隣さんなのだ。
時間は厳守しないし、授業中は寝てばっか。そんな不真面目な彼女とは、なるべく関わりたくないのが本音だった。
ズズズッ
彼女が飲む、その桜色の新作。
クリームとピンクが溶け合って、綺麗なグラデーションになっている。
「ねぇ、どんな味がするの、それ」
心の声がつい口に出てしまった。
急に話しかけて、引かれるかと思ったが、案外隣の席のギャルは、あたかも友達同士の会話のように返してくれた。
「ん?あ、これ?このフラペチーノ?んー、んー、なんていうか、、」
そう言って彼女はしばらく頭をひねらし、こっちをみて、頬をふわっと緩く上げた。
僕の記憶の中にある、あの人と同じ顔をした。
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「じゃーん、桜のケーキだよ」
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「桜ってどんな味がするの」
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「ひみつ。」
彼女と重なった。
たった3文字。
ただその3文字をずっと探していた。
「そうかぁ、ひみつか、そうかぁ、」
俺が珍しく笑顔を見せたからだろうか。
「
関西弁混じりの目の前の彼女も少し驚いた顔をして言った。
「名前なんていうん、」
僕は勇気を出して聞いてみた。
「あたしの名前知らんかったんか!まだまだやなぁ。あたしの名前は、
秋に生まれたから紅葉!綺麗な名前やろ!」
2人目を見合って笑い合った。
これが彼女と話した二回目の会話となった。
放課後、あのことを思い出していた。
いつもの帰り道で、またいつもの女子高校生たちが例のフラペチーノを飲んでいた。
いつもだと鼻につき、何かともんくをいうが、今日はグッと口をつぐんだ。そして右足をいつもとは違う方に向き、彼女達が出てきたその店舗に入って言った。
「ご注文はお決まりですか。」
あ、えっと、商品の名前をよく覚えていなかった僕は、下の表を急いで探した。待たせていることに申し訳なさを感じつつも、なかなか見当たらず、焦っていた。
「…さ、さくらの、クリームが乗ってる、」
「あぁ、こちらの商品のことですね」
そう言って彼女は左上のポップアップされている商品を丁寧に指差した。
こんな近くにあるのに気づかなくて恥ずかしい。
「そ、それです。お願いします。」
僕は桜のフラペチーノを持って店舗を出て、大通りから影に入った帰路の人通りのないところで、一口飲んでみた。
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「ねぇ、桜ってどんな味がするの」
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「ねぇ、どんな味がするの、それ」
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「「ひみつ。」」
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「これがひみつの味か」
想像していたより、それは甘くて酸っぱくて、優しい味がした。
彼女達の笑顔のように。
10年前のひみつは、ふわっとあらわれて、人を惹きつけて風に乗って旅をした。
桜のような、甘い思い出となって、散っていった。
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