記憶
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目の周りがふわふわと暖かいもので覆われた。
その暖かさは、目から首、腕、足と、僕の体をつたっていった。
暖かさが僕を包み込む。
突然、酸っぱいものを食べたときのように、目の奥がきゅっとした。
くすぐったいような、痛いような、どこか懐かしいような、変な感覚だった。
その感覚に耐えられず、僕は目を開いた。
息を呑んだ。
色があった。
世界に色があったのだ。
真っ青なキャンバスに、赤い絵の具をポトリと垂らしたような空。
風につられて、サラサラと音を出す、緑色の草。
どこからか差しこんだ光がその葉を黄金に照らしている。
なかでも、目を惹きつけたのは、目の前にある大きな木。
光がその木を中心に放たれているかのように、キラキラと輝いていた。
僕が両手いっぱい広げても足りないぐらい、太くて、強い、一本の木。
その木の下に君がいた。
木の力強い幹に手を添えて、目を瞑っていた。
妖精_____このあいだ、母に読んでもらった童話の中に出てくる、森の妖精のようだった。
その妖精と同じように、クリーム色のサラサラとした髪をもつ彼女は、この色ある世界を守る守護神なのだと、僕は感じた。
「きれい」
ここ世界の全てに僕はこう感じた。
いや、綺麗なものだけを集めた世界なのかもしれない。
彼女は僕の声に気づくと、しゃがみ込み、そこらしこにペタペタと手を当てはじめた。
何かを探しているようだった。
いや、感触を手がかりに、木の下に落ちている花紙のようなものを集めているようだった。
両手いっぱいにそれが集まると、僕の方へ向かってきた。
目を瞑ったまま、一歩一歩ゆっくりと歩いてきた。
「じゃーん、桜のケーキだよ。」
彼女は突然僕の目の前で止まり、こう言った。
いきなり話しかけられたから、僕は驚いた。
「…美味しそう。」
ケーキというものも食べたことはないし、これが桜ということも今初めて知ったが、ただ“ケーキ”というのが食べ物であるということを認識していたので、こう呟いてしまったのだ。
「でしょ!美味しくなーれってたくさんお願いしたもん」
そうやって声を弾ませながら、彼女は頬をめいいっぱい緩ませた。
鈴の音のような鳴るような明るい声だった。
これが、僕がこの先、十二年と悩みつつける疑問のきっかけだった。
僕は聞いてみた。
ただ純粋に、聞いてみた。
「桜ってどんな味がするの」
しばらく沈黙が続いた。
今まで、どこか知らない人の顔をまっすぐみるのは気が引けて逸らしていた目線を、彼女に向けてみた。
彼女は喉に出かかった言葉をなんとか抑えているような、そんな顔をしていた。
彼女は僕と視線を交わせた。
そしてまた、頬を上げた、今度は優しく緩やかに。
光が強くなった。
彼女を、木を中心に光が一層強くなった。
彼女が何か口を動かしているが、声が上手く聞き取れない。
意識が、眠りに落ちるように消え去ってゆく。
最後に見たのは彼女の口元。
「 。」
なんと言っているのだろうか。
光が強くなる。
ここで僕の意識は途切れた。
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