第32話
「クソがッッッ!」
模擬戦を終えて、保健室に運ばれたローゼは一人大声でそう吐き捨てた。
今彼の中で怒涛の勢いで負の感情が渦巻いている。それはもちろんフィスに負けたからで、当然彼に勝てると思っていたその傲慢からきているものだった。
(何故あんな平民に負けなければいけない……!こんなはずでは)
彼の家─────ポベル子爵家は所謂成り上がりの貴族だった。彼の二代目前、つまり祖父の代に金で貴族爵を買った。
元々豪商で、王都のみならず国中に店舗を構えるほど巨大な店で、当時エルファニア王国の中で一番稼いでいた商人だったのだ。
そんな彼だが、これ以上稼ぐと同業者に更に命を狙われると思い余っていた子爵の座を買った。普通こんなことはできないのだが、今まで培ってきた信頼と実績がそれを可能とした。
貴族の仕事は領の運営もしくは官僚として国を支えることがほとんどだ。しかしポベル子爵家では今まで同様商人として金を稼ぎ続けた。これがあったからこそ貴族爵を買ったともいえる。
しかし祖父が倒れ、次期子爵家当主になったローゼの父親はまさに愚者そのものだった。
平民差別は当たり前で、自分が特別だと信じて疑わず、たいして努力をしようとしない。元々祖父が商人だった頃からその兆候があり、それを危惧していたのだがまさにその通りになってしまった。
彼に従わない従者やメイドは即解雇され、新たな従者やメイドが入っては出て行ってを繰り返す。更に彼は女癖も悪いと言うもう何も言えないほどにまで愚かだった。
その息子であるローゼ。
彼は父親程酷くはないが、それでも差別意識はかなり大きいもので、今回はそれが原因で自分の首を絞めたのだ。
「……やはり、この国は間違っている」
やんごとなき人が聞いたら間違いなく処刑するであろう言葉を口にするローゼ。その表情はどこか暗いものがあった。
「変えなければ……あんな平民が大きな顔でこの学園を歩くなんて間違っている……!」
実際フィスがそんなことしている訳ないのだが、ローゼの彼に対する恨みがそう捏造した。
「それに、キアラ様もキアラ様だ。どうしてあんな平民をそばに置いているんだ。俺の方が絶対にいいだろうに」
彼とキアラに直接的な面識はない。だが、昔に行われたパーティにて一度だけ顔を合わせたことがある。
本当に顔を合わせただけで話したことなどないのだが。
しかしローゼはその一回でキアラに所謂“恋心”を抱いてしまったのだ。
彼女の傍にいられるように頑張ろう。頑張っていこう。
その一心でこの学校に入学する努力を続けた。そしていざ、彼女に話しかけようとしたその時。
見てしまった。
嬉しそうで、楽しそうな彼女の笑顔が別の男─────フィスに向いている瞬間を。夢にまで見ていた、キアラとの逢瀬は一人の平民の手によって呆気なく崩れ去ったのだ。
だからこそ彼は、キアラの目を覚まさせようとした。
しかし結果はこの通り。
「クソクソクソッ……クソッ!」
何度そう叫んでも結果は変わらない。何度眠っていたベッドを叩こうと何も起こらない。だが彼の中に在る衝動が止めることを許さなかった。
「……殺してやる」
そこで彼は一つ、思いついてしまった。つい最近子爵家と取引を始めたとある者が渡してきた、摩訶不思議な物。
『─────これはね、一時的に魔力を増加させることができるものなんですけどね?普通市場に出回らないんですよ、これ。ですが今回取引を締結してくれればこの錠剤を6錠だけですけど、タダで上げようかなと思いましてねぇ』
『─────6錠?少ないじゃないか』
『─────これの製法はちょっと特殊で、月に10錠しか作れないのですよ。ですからあんまり余裕が無いんです。そう考えると6錠はかなり破格かと思いますが』
『─────……分かった』
この商人と自分の父親の会話を思い出したローゼはポケットからそれを取り出す。父親はこれに特に興味が無いようで全部ローゼに渡したのだ。
(そうだ、これがあればきっと……いや、だがこれで実際に魔力が増えるか分からない以上誰かで試すしかない……)
そして彼は頭の中で計画を企てるのだった。
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