第33話

 次の日。既にクラス中に昨日の模擬戦の話が広がっており、フィスの周りには人だかりが出来上がっていた。主に男子の、だが。


「どうしてそんなに強いんだ!?俺に剣を教えてくれよ!」


「今度俺と模擬戦をしてくれ!」


「いいや、俺がするんだよ!」


「んだと!?」


「……どうしてこうなった」


 フィスのか細い呟きは喧騒の中に消える。それほどまでにフィスの周りが騒がしかった。しかしその直後に先生が教室に入ってきたことによって一気にフィスの周りに出来ていた人混みが霧散した。


「人気者だな」


「……ほんとだよ」


 と、人がいなくなったからか前に座っていたアイゼが面白そうに笑いながら声をかけた。実際彼はこの状況に関して楽しんでいる節があった。


「まさか俺の後ろに座ってるやつが一日にして人気者になるなんてな。従者なのに」


「そうだな……だが」


 フィスは前で説明を始めた先生をよそに、キアラが座っている斜め前の席に目を向ける。彼女は真剣に先生の話を聞いていた。


「さっき彼女の周りにもいっぱい人が集まってたけどな」


「それはそうだろ。なんてったって反政府軍撲滅部隊を真っ先に立ち上げたのがミレニア家だったんだからな。当主様が殺されたってのもあったからなんだろうが、その功績は凄いものになってる。平民である俺ですら知ってるぐらいなんだから、貴族間だったらもっとだろ」


「それもそうか」


「何より、その部隊の中で。みんなそれを知りたいんだろ」


「……」


(隠されてるからな。俺が部隊長だなんて。しかしまさか最強って言われてるのか、俺)


 まさか自分がそう言われているとは思わず内心びっくりするがそれを表に出さなかった。


 ミレニア家が正式に反政府軍撲滅部隊を設立したのを発表したのはフィスが部隊長に任命されたあの日から約一か月後。公表した理由はこれ以上秘密裏にアジトを殲滅できないと踏んだからで、そのためこの部隊は元々秘匿されていたのだ。


 そんな部隊だが今の今までその部隊構成はおろか、誰がいるのかすら知られていない。組織された時から存在が秘匿されていたから当たり前なのだが、最初他の貴族家はそれを明かそうとした。


 だが何も分からなかった。それはミレニア家が本気で情報を隠したからで、それを知っているのは今では王家とミレニア家くらいしかいない。


 王家が知っているのは国側でも対策本部を立ち上げた際連携を取る必要がある上に、新たに部隊を編成した際は決まりとして届け出を提出する必要があるからだ。


 しかし、その場合その情報は公にしなければならず、今回のような秘匿された部隊を編成するのは本来許されてはいない。


 だが当主であったベリルが殺されたのと、辺境伯の当主の穴が一時でも開いた事、そして秘匿された部隊を編成するに足りえる理由があったことから特例で許可された。


 王族が容認している一貴族家が本来持てるはずのない秘匿部隊。それが反政府軍撲滅部隊なのである。


 ちなみに、この部隊にはミレニア家に所属していない者も所属しており、彼らは騎士ではなく有志で参加してもらっているためより知られるわけにはいかないのだ。


「にしても、部隊長って誰なんだろうなぁ……」


「……そうだな」


 曖昧に取り敢えず返事したフィスは、アイゼに前を向くように言って自然と話を逸らした。これ以上続いてしまうと襤褸ぼろが出そうで怖かったからだ。


 それからフィスたちは次の授業のための準備を始める。今日最初の授業は“魔術Ⅰ”だ。


「フィス!」


「どうされましたか、お嬢様────あぁそう言う事ですか……全く」


 と、準備を終えたフィスにキアラが話しかける。それに答えた彼だったがすぐに何故声をかけてきたのか理由を察する。


 彼は自分の整理された鞄を漁り、もう一冊の教科書を取り出した。


「次は忘れないでくださいね」


「ありがと!」


 その一連の流れを見ていたアイゼと、偶々近くにいたカリーナは流れるかのように行われたそれに驚いた。


「フィ、フィス……今ので分かったのか?」


「ん?あぁ、そうだけど」


「凄いわ、お前」


「お、おう?」


「……本当にすごいわよ」


 カリーナもアイゼと同じような反応を示し、カリーナはどこか引いている節があった。


「凄すぎて逆に怖いわ」


「そこまでですか」


「えぇ……」


 そう言われてフィスはどこか困惑気味だ。しかしアイゼとカリーナの反応を見てそれが普通だと気づいた。


「ま、まぁいいんじゃないか?ですよね、カリーナ様」


「……えぇ。信頼の証とも言えるし」


「……そうですね」


 フィスはどこか心に傷ができた。

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