第36話

「あ、フィス~!」


「アイゼ」


「あっ……すみません」


 観客席に戻ったフィス達を迎えたのはアイゼだった。が、そばに貴族であるシェルがいたことですぐに彼に謝罪の言葉を述べる。


「いいよ別に。ここでは立場なんてないからね。ため口でもいいよ」


「い、いやそんな……」


 この反応が普通である。いきなりため口で話し始めるフィスがおかしいのだ。


「まぁ学園の外だとそうはいかないけど、ここではため口で話してほしいな。だめかい?」


「うっ……だったら────そうするよ。宜しくシェル様。俺はアイゼって言うんだ」


「その“様”もやめて欲しいんだけど……」


「それは流石に……」


「それもそうだね。宜しくアイゼ。まぁ名前は知ってたけど」


「そうなのか?」


「だって自己紹介があっただろう?」


「え!?シェル様、あれで全員の名前覚えたんか!?」


「え?うん。あれくらいだったら普通に覚えられるけど」


「……すげぇわ。貴族様すげぇわ」


「ふ、普通だよね?フィス」


「いや、俺も無理」


「え……!?」


 すぐに仲良くなった三人はそのまま並んで座りつつ今行われている模擬戦を観戦していた。今やっている組み合わせは、


「キアラ様とカリーナ様か」


「二人は魔術主体での戦闘だから、木剣持っててもあんま意味ないよね」


「それはどうかな、シェル」


「フィ、フィス……!様をつけろって!」


「いいよ。あんまり堅苦しいのやだし。それでも無理だったらしょうがないけど」


「ほら」


「ほらじゃなくて……!ああもう……─────俺は様をつけさせてもらうわ。じゃないと気が持たない」


「フィス、これが平民の普通だからね?」


「お前が言うな」


 そうやって軽い言い合いをしている間にも三人は模擬戦から一度も目を離さなかった。


「さっきの話に戻るんだけど、どうしてフィスは木剣を持ってても意味あるって思ったのかな」


「単純だよ。キアラ様は剣術も習得している。それもかなりの技量でな」


「っ!?それは本当かい!?」


「あぁ。指南していた俺が言うのもなんだが、結構な腕前にまで成長したぞ」


「へぇ─────って、君が剣術を教えたのかい!?さっきから驚きっぱなしだよ」


「凄いな、フィス」


「そうか?まぁ俺の仕事だからな、それが」


「護衛兼従者兼剣術指南役ってところかい?いくつ兼任するんだろうね」


「……そんなこと言うなよ。もうこれ以上増やしたくない」


 彼らは知る由もないが、彼はそれにプラスして撲滅部隊の部隊長も担っている。これで四つ。出世街道を新幹線で駆け抜けているようなものだ。この世界に新幹線などないが。


 しかもこれらに加え、新たにミレニア家が作ろうとしている裏組織にも所属する可能性が出てき始めている。この裏組織は主にミレニア領の治安を統制する組織で、統制対称は狼剣組も含まれているためあまりフィスは乗り気ではない。


(ボスは強いからな……)


 彼の中で最も強い人物は誰か、と聞いたら間違いなく狼剣組のボスと言うだろう。絶対に聞かれたとしてもそんなこと言わないが。


 しかしお咎めなしと言われた時、間違いなく冠位魔術士ステラーズであったミーアよりも強いと彼は断言するだろう。


 そうしていると、今まで均衡していた勢力が変わり始める。


「お」


「強気に出たね」


「……威力やべぇ」


 三者三様の反応を示す。今まで魔術の打ち合いをしていた二人だったが、これでは埒が明かないと見たのか、カリーナは数重視で放っていた魔術を威力重視に切り替えた。


「白炎海!」


 カリーナは自身の有色魔力を闘技場全体に広げ、今後放つ魔術の威力を高めるためにフィールドを展開。


 辺り一面が文字通り火の海と化し、闘技場全体の温度が上昇する。


白炎帝フレイムノヴァ!」


 そして彼女の固有魔術白炎帝の纏う魔力フレイムノヴァマジックの中で一番威力の高い魔術を放つ。


 白く光る、強烈な熱を放った火の玉。少しでも近づけば一瞬で体が灰と化すそれに、キアラは迷いなく走って近づくと、


「斬ッッッ!!!」


「っ!?」


 その白炎の玉を彼女は一太刀で粉砕した。もちろん高熱な玉を斬って木剣が無事なわけがないのだが、


「強化術!」


「っ!き、強化術!」


 彼女はそのまま肉弾戦へと持ち込む。まさか自分の魔術が魔術を使わずに粉砕されるとは思ってもみなかったカリーナは慌てて強化術を使い対抗する。


反射する魔力ミラーマジック!」


「っ!」


 拳を交えながらキアラは自身の固有魔術を唱え、鏡をカリーナの目の前に出現させる。


「はあっ!」


「えっ!?」


 それを自分の拳で破壊し、カリーナの頬に自分の拳を突き刺した。まさか自分で生み出した鏡を自分で壊すとは思っておらず、みすみすその攻撃を許してしまったカリーナは吹っ飛ばされるも空中でなんとか態勢を立て直す。


反射する魔力ミラーマジック!」


 そして再度魔術を展開したキアラは、


模倣コピー─────雷球サンダーボール解放リリース!」


 鏡から怯んでいるカリーナを雷球サンダーボールを猛追させる。一度にいくつもの魔術を展開できない限り際限なくずっと放ち続けることができる。さながらマシンガンのようだ。しかし普通の魔術師が反射する魔力ミラーマジックを使ってもこんな風にはならない。


 彼女の才覚によってもたらされた新しい反射する魔力ミラーマジックだ。


「くっ!」


 走って避け続けようものなら、普通の人間には不可能な話だ。現にカリーナは既に避けることはせずに自身の魔術で壁を作り凌いでいる。


「これで、終わりよ!」


「っ!?」


 ついにカリーナの作った壁が突破され、その身に魔術を諸に受けて─────しまう前に目の前にカリーナを守るための強固な魔術である、防御シールドが展開される。これはこの闘技場に備わっている安全装置で、こうして生徒に危ない魔術が迫った時に自動で発動するものだ。


「それまで!」


「っし!勝った!」


「くっ……また負けたわ」


 今のところのキアラとカリーナの模擬戦の戦績はキアラが二勝しており、この模擬戦でその差がまた開いた。

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