第35話

 学園の生活に慣れた頃。


「参った……」


「ありがとうございました」


「そこまで!勝者、フィス!」


 木剣が首筋に添えられ、少年はあえなく投了する。それを確認した先生は声を張り、闘技場内に響き渡るようにそう言った。


 フィスは木剣を下げ、一度礼すると闘技場を降りて木剣を所定の場所に仕舞う。すると後ろから先ほど戦ったばかりの生徒がフィスに声をかけてきた。


「やぁ、君やっぱり強いね」


「ありがとうございます」


「別に敬語じゃなくてもいいよ。この学園では立場なんてほとんど関係ないんだから」


「そうか。だったらそうさせてもらうよ」


 二人はそのまま観客席へと一緒に向かって行く。この少年の名前はシェル・ドメイン。カリーナの双子の兄だ。兄、ではあるがそれは数日早く生まれただけなので、兄、妹の区別がほとんどないと言っていい。


 そんなシェルだが、今日の模擬戦で初めてフィスと戦い、その実力を肌で感じ取っていた。


(これほどの実力……騎士でもそうそういない。本当に学生なのか?)


 彼は頭の中でドメイン家で一番強い騎士の実力を思い出しながら────目の前の少年はその騎士と互角以上の戦いを繰り広げるだろうと簡単に予想できた。


「にしても改めてだけど強いね、フィスは。どうしてそれほどまでに強くなれたんだい?」


「俺は別に強くないぞ?確かに学生としてだったら強いだろうけど」


「いいや、きっと学生の枠を超えても、君は十分強者の部類に入ると、私は思うよ」


「そうか?あんまりそんな気がしないんだが」


「まぁ、辺境伯領だったら君より強い人ばかりだろうね。あそこは最前線の街なのだから。でも、ここ王都まで来てしまうとそうではないんだよ」


「へぇ」


(本当にそうなのか……?ボスは王都は化け物の巣窟とか言ってた気がするんだが)


 このボス、というのは狼剣組のボスである。彼女は何度か仕事で王都に来ているのだが、狼剣組のボスである以上当たり前のように指名手配されている。その際彼女を追ってきたのが冠位魔術士ステラーズの次に実力を持つとされている集団、宮廷魔術師なのだ。


 確かに王都と辺境伯領を比べれば強者が多いのは辺境伯領だろう。しかし王都には何より冠位魔術士ステラーズと、宮廷魔術師、そして近衛騎士団の三組がいるため王都全体の勢力も負けていない。


 全体的に強者がいる辺境伯領と、強者以上の化け物を揃えている王都。他の領にも色んな強者を揃えているのが、エルファニア王国なのだ。


 フィスはここで勘違いをしていた。彼にとっての強者の基準とシェルにとっての強者の基準はかなり差があるという事を。


 フィスにとっての強者とはそれこそ宮廷魔術師や近衛騎士クラスであり、一方のシェルにとってはそれよりかはいくらか劣る。精々ドメイン家が抱えている騎士の騎士団長レベルだ。


 確かにドメイン家の騎士団長は元近衛騎士だったこともあってか相当な実力を持っている。だが、現役と比較するとその差はかなりある。近衛騎士や宮廷魔術師を獅子とするなら、ドメイン家だけでなく他の家の騎士団長でも鼠レベルだと言える。そして冠位魔術士ステラーズと彼らを比較した場合、例え近衛騎士だろうと騎士団だろうと等しく蟻レベルだ。


 その齟齬に気づくのはもう少し後になるのだが……今の彼らはそんなことに気付けるわけがなかった。


「今後定期的に模擬戦してくれないかな?私はもっと強くなりたいんだ」


「それは、あれか?跡継ぎとしてか?」


「それもあるけど、何よりカリーナに負けたくないからね。一応、兄としての威厳を保つため、かな。既に魔術の腕は負けてるから、威厳なんてあってないようなもんだけど。それでも剣術は負けたくないんだ」


「成程な」


 それならと、フィスはその提案を了承した。昔と言ってもちょっと前にワイズに言われたなぁ、なんて思いながら。

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