第30話
「始めっ!」
ネオが勢いよく手を下げると同時にローゼが駆け出しフィスに切り込んだ。それに対しフィスは、
「へぇ」
「っ!」
半歩後ろに下がりローゼの剣を危なげなく避け、ネオが感嘆の声を少しだけ上げた。そしてフィスの横をローゼが通過する直前、フィスが剣を振り上げる。この時点でローゼはフィスに体全部を差し出している状態だった。
「っ!がはっ!?」
フィスは剣を勢いよく振り下ろす。ローゼは避ける事などできずに諸にそれを喰らってしまった。
二度三度地面を転がるも、フィスの一撃は意外にもそれほど重くなかったようで、すぐに止まる。
だが地面を転がったことで折角の制服が汚れてしまった。
「来い」
「っ!言われなくとも……っ!強化術ッ!」
挑発されたローゼはもう一度愚直に突っ込む。それもさっき以上の速度で。だがそれでもフィスは再度危なげなくその場からほとんど動くことなく避けた。
「くそっ……!」
「……」
今度は何も攻撃されなかったことから、完全に舐められていると判断したローゼは更に激昂した。
「貴様ァ!何故今度は攻撃しないっ!」
そう叫びながら剣を振り続けるも、かすりすらしなかった。ローゼは強化術を使っていて、フィスは使っていないにも関わらず、だ。それに避ける際も一切その場から動くことなく全ての攻撃をいなしていた。
この時点で両者の差が歴然に。
そして強化術が切れたローゼは一旦下がる。一連の攻防を眺めていた観客席の生徒たちは一気に盛り上がった。
「はぁ……はぁ……くそ」
ローゼは悪態をつく。こんなに攻めて一度も攻撃が当たらなかったからだ。当たりそうになった攻撃もフィスの剣でうまくいなされ、結局防がれてしまった。
(舐めやがって……!)
苛立ちが募っていく。そんな彼をフィスは冷静に見ながら、ここで初めて彼に声をかけた。
「────お嬢様は、お前をボコボコにしろと御所望だった。俺なりに考えたんだ。お前がどうなれば、ボコボコになったと判断できるのか」
そう言ってフィスはここで初めて剣を構えた。その構えにローゼはどこか嫌な予感が芽生え始める。
「俺が勝手にボコボコになったと判断するのは簡単だ。ここでこのまま潰せばいいだけだからな。だが、それでお嬢様が納得するとは思えない。故に、俺はお前の心も砕くことにした。覚悟しろ。ミレニア家の騎士を愚弄した罪を、ここで清算させる」
「騎士だとっ!?」
そう言ってフィスは唱えることなく強化術を自身に施す。これは明確なイメージと経験が重なることで初めて成せる、無詠唱と呼ばれる高等テクニックだ。
ローゼは突然空気が変わったフィスに対し、怪訝な表情を見せる。
(なんだコイツ……空気が変わった……?)
「貴様が、貴様如きが、騎士を名乗れるのか?」
「当たり前だ。俺は、ミレニア家直属騎士団第一部隊所属の騎士だからな。その実力を今、貴様に叩き込んでやる」
直後、フィスの姿が掻き消える。
「っ!?」
「遅い」
そしてローゼの真後ろに移動したフィスは既に振り上げていた剣を振り下ろす。その一撃は先ほどのとは威力が段違いだった。
そんな攻撃を容易く許してしまったローゼは、後ろに振り向いて防ごうとした直後に肩にその一撃が乗せられ、足が地面に少しだけ埋まった。
「が……っ!?」
(なん……だ……っ!?この一撃はっ……!?)
先程とは段違いの強烈な振り下ろしの威力に一瞬意識が飛んだローゼ。そんな彼にフィスは更に、
「ッッッ!?」
「寝るな」
腹に蹴りを放ち、ローゼの体が遠くに飛んだ。
「ゴホッ……!」
「立てよ。お嬢様の従者になるんだろう?この程度でまさか、立てないだなんて言わないよなァ?」
「くっ……」
「お前は、ベリル様のご慧眼を愚弄した。ベリル様の覚悟を愚弄した。子爵程度のお前が、だ。俺が例え平民だろうと、貴様が御貴族様で実家が子爵家だろうが関係ない」
「ひっ!?」
そして怒りの形相で、フィスは既に心が折れ始めているローゼを睨みつけ、
「────ベリル様ひいてはミレニア家を愚弄することは許さん」
「っ!」
その言葉と同時に放たれた強烈なプレッシャーに、遂にローゼは耐えきれずに気絶してしまった。
「そこまで。勝者、フィス」
そしてネオのその一言によってこの模擬戦は終息を迎え、さっき以上の熱狂が闘技場を包み込んだのだった。
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