第29話

「……役不足?」


「平民である貴様が、辺境伯家であるキアラ様に釣り合うわけがない。その分子爵だが貴族である私の方が彼女の相応しいのだ」


「そうですか……断ります」


「っ!」


 そして少年はつけていた手袋を外し、フィスに投げつける────宣戦布告だ。まさか入学初日にそんなことをする者がいるとは思わなかった生徒らに衝撃が走る。



「戦え」



「……良いでしょう。では、後ほど闘技場で」


 落ちた手袋を拾ったフィスはその足で教室を出る。そして外で待っていたキアラに声をかける。


「すみませんお嬢様……」


「良いのよ別に。あいつ、さっき私にも声かけてきたから。まじでムカつく」


「お嬢様。口が悪いですよ」


「別に良いじゃない。パーティじゃあるまいし」


「ですね。で、どうしますか?」


「行くに決まってるじゃない。フィス」


「はっ」


 そしてキアラはいつものように不敵な笑みを浮かべ、いつものように彼に命令を下す。



「命令よ────ボッコボコにして」



「────御意」



 キアラはフィスの勝利を確信している。近くでその実力を見てきたからこその信頼だ。そしてフィスも、彼を脅威とは見做していなかった。


(俺が越えるべきはあの時のカンバだ。それまで負けるわけにはいかない……!)


 無意識に力強く手にしていた手袋を握る。それはあの時の悔しさを体現しているようだった。


 そしてキアラの後ろを歩くようにして闘技場に到着したフィスはそこでキアラと別れ、彼女は闘技場の観客席へ、フィスは闘技場の真ん中に立った。


 遅れるようにさっき宣戦布告をした少年が闘技場に上がる。

 観客席にはどこから漏れたのか、既に多くの生徒で賑わっていた。


「ふん、よく逃げずに来たな」


「逃げる?」


「お前は、前ミレニア家当主であったベリル様を見殺しにしたんだ。もしかしたら今回も、なんて思ってたんだよ」


「……」


「当主をみすみす見殺しにした雑魚がよくも騎士になれた────」




「────そうか。もういい」




「なん────っ!」

 

 フィスが少年の言葉を遮るかのようにそう言うと、一瞬言葉が詰まった。しかし再度言おうとしたその時、彼にとって言い知れない強烈な圧が全身に襲い掛かった。


(っ、なんだ!?)


 しかし少年はその圧を振り払うかのように木剣を構える。それを見たフィスは────何もしなかった。


「構えろ貴様ァ!」


 それに激昂した少年は即座に斬りかかろうとした────その時だった。



「それではこれより、1年Aクラスのローゼ対、同じくAクラスのフィスの模擬戦を始めます。両者位置について」



「「っ!?」」


 いつの間にかどこから来たのか、二人の間に一人の生徒が立っていた。少年────ローゼは反射でその場から飛び退いた。


 フィスは突然現れた少年に驚くも、注意深く観察する。そして気づく。


(一瞬気配が揺らいだ……どういう事だ?……まさか)


「あはっ」


「っ」


 疑惑の視線に気づいたのか、その少年はニコリとフィスに微笑む。言外に“言うな”と言うことなのだろう、と察したフィスはそのままローゼに目を向ける。そんな彼は未だ真ん中にいる少年を睨んでいた。


 そして彼はとあることに気づいた。


(その制服は……っ!────まさか風紀委員会!?)


 見れば、その少年が着ているのはローゼやフィスなど他の生徒が着ている紺色の制服とは違って真っ白な制服だった。その制服を着ることができるのは風紀委員会に所属している生徒のみだ。また、生徒会所属の生徒の制服は黒色である。

 もう少し詳細な違いもあるのだが、それはここでは省略する。


「この模擬戦は風紀委員会が受け持つことになったからね、僕が審判を務めることになったんだ。あ、僕の名前はネオ。風紀委員会の一人だ」


 その最後の一言にこの闘技場に集まった生徒全員に衝撃が走った。そんなことなど気にすることなくネオはニヤリと笑いながら、


「それじゃあ二人とも準備は良いね?」


 軽く自己紹介を終えたネオは右手を上にあげ、


「はじめっ!」


 ────勢いよく下に下げる。瞬間、ローゼが飛び出した。

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