第26話

「……彼」


「……はい?」


 突如何か言い出した彼女に、彼女の執事である少年は思わず聞き返してしまった。あまりにも突然のタイミングだったからだ。


 そんな彼の困惑を他所に、彼女は続ける。


「あのパーティにいた彼……良かったわぁ」


「彼……あぁ」


 パーティにいた、という言葉で彼女が誰を思い浮かべているのか理解した少年は、確かにと心の中で彼女に同意した。


 あの場にいた異質な存在。そんな彼がまさかあの凶暴化したカンバに打ち勝つとは。キアラの助けが最後あったものの、そこまで追い込んだのは紛れもなく彼だ。


 カンバの実力は彼女も、そして執事の彼も知っていたがためにその驚きは大きかった。


「あなたはあのカンバに勝てるのかしら?」


「一対一だと……かなり厳しいですね。彼には何より、他の治癒魔術師にはできない体力の無限化がありましたから」


 カンバが行っていた、体力の無限化は実際カンバと同じように剣を扱う治癒魔術師がやろうとしてもほとんどの確率で失敗する。理由は何と言っても自分の体に魔術を掛けることに抵抗があるからだ。


 治癒魔術は人の体に魔術を掛ける以上どうしても自身を治癒すると考えると、思わず忌避感を抱く治癒魔術師が多い。


 故に彼は異質だったのだ。


「唯一無二の力があったにも関わらず、結局才能に抗うことはできなかった凡人。でも、凡人なりに天才を悉く潰してきた凶才。本当に惜しい人材だった」


「……」


「ま、そんな評価も全て反政府軍にいたというだけで崩壊するんだけど。それに今は彼────フィスって言ったかしら。そっちの方がいいわぁ」


 彼女は椅子から立ち上がって少年が手にしていた鞄を受け取る。今日から彼女────カリーナ・ドメインは一人の学生となるのだ。


「それとお嬢様」


「何かしら」


「調査結果が出ました」


「……それで?」


「まだ不確かではありませんが、ほぼ、間違いないかと」


「そう。やっぱり彼は確保しておきたいわよね」


「そうですね」


「だったら……過去の不和も利用しないとね。ちょっと良心が痛むけど」


「……」


 良心なんてないだろ、と彼は心の中でツッコミを入れた。が、彼女の性格を知っているからこそ、そんなことを口に出すことはなかった。機嫌の良い時はそのままにしておいた方がいいのだ。



 ────何かされると思うとたまったものではないから。



「絶対に、手に入れるわ」


 妖艶に笑う。まるで、どこかの悪役令嬢のように。何も知らない者が見ればその笑みに卒倒するだろう。だが知っているものが見れば、それはただ恐ろしいものにしか見えなかった。









「さ、行くわよフィス!」


「はい」


 同時刻。ここは王都にある国立ヴァレリア学園の正門前で、今日は待ちに待った入学式。


 この学園はたとえ護衛だとしても試験を受けないといけない。実際は違うのだが表向きでは学園内では地位も立場も関係ないためである。何故それを学園がかかげているかというと学園を創設したヴァレリア・エルファニアがとにかく優秀な人物を国の運営に関わらせたいと考えたからである。その為例え平民だろうと優秀であれば生徒会長にだってなれる。それがこの学園である。


 故に入試倍率がやばいことになっており、今年の倍率は驚異の23倍。23人のうち1人しか受からないという化け物級の競争率だ。


 それでもフィスとキアラは余裕で合格できた。キアラは亡き父親で、かつてこの学園を主席で卒業したベリルでさえ鬼才と言わしめた、紛れもない天才である。その為彼女は主席での入学を果たした。


 対してフィスは対人戦闘試験は問題なく、筆記試験に注力したため問題なかった。なまじ地頭が良かったからかそこまで苦労はしなかった。彼が苦労したのは、どちらかというと今後増えるであろう貴族のパーティでのマナーである。


 それに関して彼はあまり意識して来なかったがためにかなり苦労しているのだが、それはまた別の話。


 キアラの後ろをフィスが寄り添うようにして歩く。正門を潜ると、そこには多くの生徒がいた。彼らは入ってきたキアラとフィスに目を向け、主にキアラの可憐さに言葉を失った。


「あ、あれ……」


「か、可愛い……」


「……貴族かぁ」


「────だそうですよ?お嬢様」


「……あんま嬉しくないわね。有象無象にそんなこと言われても」


 キアラは意外にもあまり嬉しくないようで、むすっとしていた。そしてチラッと後ろにいるフィスを見た。


「……何でしょう?」


「……何でもないわ」


 何かありげな彼女はそれ以上何も言うことなく早歩きで校舎の中へと向かっていく。その時だった。


「あら、あの時の騎士さん」


「え?────あ」


「“あ”、ってなにかしら“あ”って……」


 ふと横からフィスに声をかける者がいた。あのパーティで偶然出会ったカリーナだ。

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