第23話
「お父様を殺したお前たちを、私は許さない。お父様……いえ、父上に託された使命を、今ここで果たすわ。────
彼女から放出された魔力が少しずつ象られていく。そして出来上がったのは一枚の鏡だった。本来ならば放出された魔力など操作できるわけがないのだが、今の彼女に不可能と言う三文字は存在していなかった。
そして魔術によって編み出した鏡に触れながら静かに唱える。
「
瞬間斜め後ろにいるフィスの左腕が生えた。それにフィスは特に驚きを見せることなくそのまま目を閉じたままじっとしていた。
主人の命令を待っている番犬のように。
「探知術」
そして彼女は探知術によりこの場にいる反政府軍の全員の座標を特定し、
「
彼女の今では最も信頼を寄せる部下の魔術を、彼以上の威力で解き放った。
────瞬間、ホール内に幾千もの煌きが輝き渡り、敵の首が一斉に宙に浮いた。
その光景はあの日、彼女が闘技場で目にした光景とまるで似ていて。あの日と同じように、鮮血の雨が、今度はホール内に降り注いだ。
────それを見るキアラの目には、何も映ってはいなかった。
あるのは、絶望だけ。敬愛していた自分の父親が目の前で死んだ。その悲しさが今の彼女の心を満たしていた。
────故に彼女は容赦しない。
彼女の攻撃が、更に猛威を振るった。残った敵を殺すために。
「ぐっ……!」
咄嗟に首を強化してそれを防いだカンバだったが、それでも“魔身転生”を使っていたせいで既に魔力が殆ど無かった。その為軽度の魔力欠乏症に陥っており視界がぼやけ始めていた。
(っ……まずい、このままだと魔力切れで死んでしまう……!一旦ここは────っ!?)
その時、カンバの第六感とも呼べるものが猛烈な警報を鳴らした。それに従い彼はすぐにその場を離れる。
直後、さっきまで彼がいた場所に大きな亀裂が走った。キアラの放った魔術だ。
「くそ……」
このままでは死んでしまう。死にたくない。その思いだけで今カンバは動いていた。しかしそれも、
「フィス」
「はっ」
殺戮兵器と化した貴族令嬢の手によって断たれるのだが。
彼女は静かに命令を出した。彼にとって残酷な命令を。
「殺して」
「────御意」
だが彼にとって、それは残酷でも何でも無かった。組織にいた時だって裏切り者の粛清に何度も立ち会っていたし、実際仲間をこの手で葬ったことだってある。
「フィ、フィス……」
「俺は、お前を信頼していたんだがな。その何事にも真摯に向き合うお前を。今のお前はただ力に溺れた子供にしか見えないぞ。醜い、子供だがな」
「う、うるさい……!────っ!?」
そう言いながらカンバは活路を見出そうと辺りを見回す。そして見てしまった。
さっきまで自分の命を守らんと必死だったがために周りが見えていなかったのだろう────無惨に殺された多くの仲間の死体を。
そして悍ましい瞳で自分を見つめてくるキアラの顔を。
「ッッッ!!!」
それで遂に心が折れてしまった。この先逃げたとしても、きっとキアラとフィスは追ってくるだろう。まだ断定できないはずなのにそう思ってしまうほどの圧が二人から放たれていた。
カンバは必死に命乞いをしようとフィスの顔を視界に入れる。それと対照的にフィスの目にはカンバの姿など映っておらず。
「
「まっ────」
再度防ぐ間もなく、カンバの首は無慈悲にもフィスの
「……」
「……お嬢様」
「……フィス」
「……はい」
カンバが死んだのを確認したフィスはゆっくりと彼女────キアラの元に行く。そんな彼女は全てが終わったと悟ったのか、キアラは魔術を解除しその場にパタンと座り込んだ。
「父上は、死んだのよね……」
「……」
「もう……いないのよね」
「……っ!」
そして彼女は前に立っていたフィスに抱きつく。突然抱きつかれたフィスは最初驚くも、そのままゆっくりと地面に彼女を下ろす。
「もう……父上には……会えないのよね……っ!」
「……」
まるで自分に言い聞かせるかのように、彼女はフィスの腕の中で叫ぶ。その言葉に対し、フィスは何も言わなかった。
────彼女の体が静かに震え、涙を流しているのがわかったからだ。
「何でっ……何で父上は殺されなきゃいけなかったの……っ!何でっ……!」
「……」
フィスには、そのような感情が分からなかった。彼にももちろんだが父親はいた。いたが、彼の中ではそれだけだった。
肉親以外、何も感じなかった。
彼の境遇がそうさせたのもあるだろうし、彼の親が普通とは違かったからでもあるのだろう。故に、父親が死んだ時、彼は何も感じなかった。
(家族が死んだ時っていうのは……普通はこんな風に悲しむんだな)
そう思っても彼はそれを表に出さない。それは今の彼女の吐き出している感情を否定することになるから。
確かに彼の感情は欠落しているのかもしれない。だが、それでも彼女に寄り添うことはできていた。
それから数分経ち、ようやく気持ちを落ち着かせたキアラはゆっくりと顔を上げる。その顔は恥ずかしさからか少しだけ頬が赤く染まっていた。
未だ完璧に立ち直ったとは言えないが、それでも最初の時と比べるとマシになっていた。
「ありがとう……」
「いえ、何も言えずに申し訳ございません……何か気の利いたことでも言えば良かったのですが……」
「いいのよ。お陰で落ち着くことができたわ」
既に貴族らはこのホールからいなくなっており、騎士が現場の調査を、メイドや召使などが清掃を行っていた。酷い有様だった。
地面は巨大な大穴が空いたせいで一番修復に難航していた。だが既に反政府軍の残党はその穴から撤退し、その先にいた騎士によって殺されているため邪魔されずに順調に修復できていた。
またいろんなところに誰かのか分からない血が飛び散っており、それの掃除も大変そうだった。
「ミレニア家所属護衛騎士、フィス!すぐにこっちに来い!」
と、奥からフィスを呼ぶ声が聞こえる。しかしそばにキアラがいたため行くか躊躇っていたが、
「行きなさい」
当人であるキアラがそう言った。しかしそれでもフィスはここを離れるのを躊躇った。何故か分からないが、彼の中でここを離れてはいけないと告げていたのだ。
「私は大丈夫よ」
「ですが────」
するとフィスの視界にグッと握って少しだけ震えている彼女の拳が見えた。
「……いえ」
それを見て彼は即座に躊躇いを捨てた。彼女はもう大丈夫だと、自分に言い聞かせて。
「では、行って参ります。お嬢様はケイン様の元に」
「……えぇ。それと、後で話があるから」
「……分かりました」
そう言ってフィスはこの場から急いで去り呼んだ騎士の元へと向かっていった。そして残った彼女は────
「……ふぅ。これ以上くよくよしていられないわね。お父様……違う、父上に顔向けできないもの……やっぱり慣れないわ」
そう一人呟き目元を拭くと、すぐにケインの元へと向かっていった。
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