第22話
カンバはミレニア家直属の騎士団の中でも特に剣技においては右に出るものはほとんどいないとされていた。その為、騎士団の中で治癒魔術が使える上に剣術も優れていることからかなり重宝されていた。
こんな話がある。
これはまだフィスがミレニア家の騎士になる前のことだ。一人の新人騎士が僅か二ヶ月でミレニア家直属騎士団部隊の中で最上部隊と言われる第一部隊に所属した。第一部隊はミレニア家直属の騎士の中でもエリートしか入ることができない、総勢約200名ほどの騎士の頂点とも呼べる部隊なのだ。それと同じかそれ以上とされているのがキアラやワイズの護衛騎士に任命されることなのだが、それはまた別の話。
普通第一部隊に入るような騎士は数年かけ少しずつ自身の実力を上げ、第一部隊部隊長であるメリスに認められて初めて入隊することができるのが今までの常識だった。だが、その常識を早々ぶち壊したのがこのカンバだったのだ。
あと数年もすれば第一部隊次期部隊長とも噂されていた、そんな彼が、
「くそっ!攻めきれない……!」
「ヴァレリア流剣術か……ワイズ様もそれだったからな、戦い方はよく知ってる」
「お前のは我流か……!チッ!」
押されていた。カンバの使う強化術は治癒魔術と併用し、ほぼ無尽蔵の体力をフルに活用して戦うことができる。その為、彼の思考領域の殆どをその魔術の維持に使っていた。
対しフィスは強化術のみを使っており、元々常人以上の体力を持っていたためにまだ疲労が体を襲うことなく戦い続けることができていた。
ここまで最初にベリルからカンバを離すために使った以外に魔術は使わず、純粋な剣術でこうなっている。更にフィスは魔術の維持をしていない分余裕が生まれている。
「っ!」
切傷を受けたカンバは即座に治癒魔術で回復する。
「魔力、結構無くなったんじゃないか?」
「……チッ」
治癒魔術で体力を回復する分はそれほど魔力を消費しない。が、傷を回復するとなると結構な魔力を消費する。
カンバの持つ唯一と言っていい弱点がある。それは魔力量だ。彼の魔力量は魔術師であるのならば平均的とも呼べる量だ。しかし、こと治癒術師となると話が変わってくる。
治癒術師に求められる魔力量は最低でも平均値の二倍。それくらいあってようやく下級治癒術師と呼んでもいいとされている。が、先ほども言ったようにカンバは求められている魔力量の二分の一しかなかった。魔術師の世界では魔力量も、魔力量増加訓練に適正を持っていることも、一種の才能としてみなされるが特に治癒術師の世界ではそれが顕著に見られる。そのため魔力の少ない治癒術師はゴミ扱いされるため、珍しい治癒魔術を持っていたとしても魔力が足りないせいでそれを腐らせるケースが多い。凡夫は必要ないのだ。
故にカンバは正確には治癒術師とは呼べない。治癒魔術が使えるただの剣士だ。だが、彼は少ない魔力でも魔術を使えるようにとある工夫をした。それは術式の循環だ。
術式の循環とは、文字通り使い終わった術式を再度使うためにリサイクルするというものだが、カンバは体力回復の治癒魔術を魔力管に展開することで、何もせずとも勝手に魔力がずっとその術式に流れるようにしたのだ。
普通だったらそんなことする意味がない。
もしその術式が炎魔術の術式だとしたら。一瞬で魔力管が炎魔術によって焼き切れ体を焼き尽くすだろう。
もしフィスの使っている魔術の術式だとしたら。座標指定が追いつかずに脳がパンクし無差別に辺りを斬り刻み続けるだろう。
その点カンバの治癒魔術はそれと相性が良かった。いや、良すぎたのだ。
それを思いついたのが幼少期。彼がまだ“神童”と呼ばれていた頃だ。
その日以降ずっと彼はこれをし続けた。魔力が突然切れるなどあったが、その度に彼は限度を学んで行った。そして無限とも呼べる体力で彼はひたすら剣を磨き続けた。
その結果得られた称号が騎士団随一の元実力者であり、
────現、反政府軍軍隊長。
「隊長!このまま押し切ります!」
「行け!」
穴から這い上がってきたカンバの仲間の一人が彼にそう言った。そこでフィスはカンバの反政府軍での地位を知る。
「へぇ、隊長なのかお前」
「そうだ。俺たちは反政府軍として、今の体制をぶち壊すために行動を起こした。まずはこのパーティで王族を殺すつもりだったんだが……」
「残念だったな」
王族は王国一の実力者が集う近衛騎士によって守られており、すでにこの場にはいなかった。彼はさっきまで王族がいた場所に目を向け、すぐにフィスに戻した。
「だが、当主数人でも殺せれば御の字だったからな……結果で見れば成功だ」
「それはお前が生きて帰れたらの話だろう?」
「その仮定は意味が無い。何故ならお前では俺を止めることなどできないからだ」
「へぇ……傷一つでヒィヒィ言ってる奴が何を言ってやがる」
「それを今、お前の体に刻み込んでやる」
そう言って彼が取り出したのは赤くて小さな錠剤のようなものだった。それを一つ口に放り込むと、次の瞬間、
────────ゾワリとした空気がホール内を駆け巡った。
「っ!?」
「ハハハハハハ!!!見ろ!これが本来の俺の力だッッッ!!!」
魔力管に入り切れなかった分のおよそ人間が持てる以上の魔力がカンバの体から溢れ出し、疑似的な波動となって体外に放たれる。普通魔力は魔力管に流れている分で全てで、外に漏れだすことなんてあり得ない。だが、今彼が口にした“魔力増強錠剤”と呼ばれるそれにより、このような事が実現できていた。
しかし、フィスはこの魔力に気色悪さを覚えていた。
(何だこれ……人間の魔力じゃない……?)
膨大な魔力により、逃げ遅れていた貴族や仲間であるはずの反政府軍の奴らの何人かが気絶していた。そんなことなど何も気にせず、カンバは自身の体に魔術をかけた。魔力が三倍以上になった今、カンバが展開できる魔術の種類が増えており、その中でも特異なものを使った。
「────────魔身反転」
その魔術が発動した時、突如カンバの体が黒紫色の靄に包まれる。しかしそれはすぐに晴れ、さっきと変わらない彼の姿があった。
しかし纏う空気はさっきまでのカンバでは無かった。
「治癒魔術に攻撃系統の魔術はないからな。代わりに、俺自身の体の限界を三段階上げた。これがどういうことか分かるか?」
「……」
「分かんねぇか?それならお前の身体で、無理矢理分からせてやるよッッッ!!!」
まるで人が変わったかのように叫んだカンバは次の瞬間フィスの視界から消えた。フィスは背筋に悪寒が駆け巡り、
「っ!」
「避けたか!だが遅い!」
「ぐっ!?」
間一髪、しゃがむことでカンバが振りぬいた剣を避けることができた。が、それでも直後に放たれた蹴りを避けることはできずに吹き飛ばされてしまった。明らかに人間が出せるようなものではない。
更に飛んだ先に向かってカンバは人外の速度で追撃をしてきた。すぐに飛び上がったフィスは何とか迫りくる攻撃を剣で防ぐ。
そしてしばらく鍔迫り合いをすると少しずつフィスが押され始める。
フィスは一旦その場から離れて体勢を立て直そうとするも、すぐにカンバがついて来て、
「おらああっ!」
「ッッッ!!!」
────フィスの左腕を斬り飛ばした。
それに多少動揺するも、フィスは即座に冷静になりさらに後ろに下がる。
「身体能力の……っ、枷を外したか」
「そうだ。この魔術は治癒魔術師が使える唯一の攻撃魔術と言われていてな、これは保有している魔力をそのまま身体強化に使うもので、魔力はほとんど無くなるがその分人外レベルの動きができるようになる」
「……へぇ……ドーピングで得た力を自慢するのか……そりゃあ大した実力なこったぁなぁ……!」
「ドーピング?知らんなそんな言葉。この力はお前を殺し、キアラ様を殺し、そして何より、この国を変えるために必要なものだ。故に、これは俺の持っていた力だ」
「気づいてんのか?言ってることがめちゃくちゃだぞ」
そう言ってフィスは今の体の状態を確認する。
(腕は斬られている以外に……骨がいくつか逝ったか。だが強化術改である程度の損傷を抑えることができている……だが、これ以上はきついかもな)
「ゴボァッ……!ふぅ……」
詰まった血を吐き出しながら何とか立ち上がって、再度剣を構えたその時だった。
「フィス」
「……っ、お嬢様……?」
ふと横から聞き慣れたようで違和感のある声が聞こえ、向くとそこにはベリルのそばにいたはずのキアラがいつの間にか吹き飛ばされたフィスのそばにいた。これには流石のカンバも驚いたようで、さっきキアラがいた場所を二度見していた。
そしてキアラはフィスの視界から顔が見えないくらいに俯いたまま、言った。
「……カンバは、私を、ミレニア家を裏切ったの?」
「……はい」
「……そう……フィス」
「何でしょう」
そして彼女は、今までだったら出すことのなかった暗い声で、言い放った。
「……命令よ……────私がここで奴らを皆殺しするから手伝って」
その命令に目を見開かせたフィスは一言。静かに目を閉じ、
「────御意」
「「「「「「っ!?」」」」」」」
────ここに真の主従関係が二人の間で芽生えた。
彼が返事をした瞬間、フィスはキアラの斜め後ろへとスッと下がる。と同時にキアラの体から、カンバが放った以上の魔力が放出した。
キアラの魔力でホール全体が揺れる。それはカンバでさえもできなかったこと。
つまり彼女は今、カンバと同じように別のところから新しく魔力を生み出している。それも、人外とも呼べる量を今ここで。
────キアラは、紛れもない天才だ。それもただの天才ではない。
────鬼才。
────そうだ、鬼才だ。本当に私の子なのかと思ってしまうほど、彼女の才能は群を抜いている。
昔、ベリルがケインにだけ伝えた言葉でケインだけが知っている、ミレニア家当主の、自分の子に対する本音だった。
それを今、ベリルの亡骸を丁重に運びつつキアラの魔力を肌で感じて思い出していた。
(ベリル様の言っていたことは本当だった……まさか、これほどの魔力を持っていらっしゃったとは……)
確かに彼女は魔術が好きだ。だが、その好奇心に見合わないと思ってしまうほど彼女から魔力を感じなかった。
────違かった。
魔力を感じなかったのではない。隠していたのだ。魔力が少ないんじゃない。多すぎるから少なく見せていたのだ。
(キアラ様……)
だからこそ、ケインは心配になった。彼女がこれほどの魔力を扱えるのだろうか、と。しかし彼は即座にその考えを否定した。
(大丈夫だろう。キアラ様がミスを犯すわけがない。それに────)
そして彼は、一人のキアラのそばにいるであろう少年の顔を思い出していた。彼女がすでに、絶大な信頼を寄せている、彼の顔を。
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