第21話

 ベリルが息を引き取ったその頃。

 フィスとカンバは激しい攻防を繰り広げていた。


(この速度について来れるなんて、こいつ実力を隠してたのか……!)


 これにカンバは内心驚く。今の剣速は例え強化術を使っても並の剣士では到底振るうことのできない程の速度で、ここにいる騎士でもこれに対応出来る者は少ない。

 だがフィスはこれにしっかりとついて来れていた。


(まさか、ワイズ様との訓練がここで生きるとはな……)


 そうしみじみと実感を噛み締めながらフィスはあの日のことを思い出していた。








 ────時間はワイズとの模擬戦後にまで遡る。


「……おい」


「……なんでしょうか」


 ワイズと戦った数日後。暇な時間ができたフィスの元に突然ワイズが何の連絡もなしにやってきた。二人はあの日以降意識的に関わらないようにしていたため、フィスは軽く驚く。


(遠ざけていた……はずなんだけどなぁ)


 フィスは愚痴を心の中で吐いた。まさかワイズが声をかけてくるなんて思っても見なかったからだ。フィスはワイズのことを“プライドの高い奴”と思っていたため、自分を負かした相手に声をかけるなんて思っても見なかったからだ。


 そんなワイズだが、内心毒付いていた。


(まさか、この男に声をかけざるおえないなんてな……クソが)


 ワイズの手は力強く握られていた。それは悔しさからか、それとも屈辱からか。プライドの高い彼にとって、自分よりも身分が下でよりにもよって犯罪者である彼に手助けしてもらうなど許せるわけがなかった。


 しかし同時に彼は聡かった。フィスの手助け無しで、今燻ったままの現状を覆すことはできないと。このままでは、自分の父よりも強くはなれないと。


(そうだ、俺は父上の後継者として、圧倒的な強さが必要だ……学園で主席を取るためにも……!)


 強さとプライド、どっちを取るか。彼の中で答えは決まっていた。


 俯いていた顔をガバッと勢いよく上げ、言った。



「────────俺と、定期的に模擬戦をやってほしい」



「……模擬戦、ですか」


「俺は弱い。だからこそ、お前という壁を超えて、いずれ父上の全盛期だって超えるんだ……それに、お前だってあれで納得はしていないだろう?」


「……」


 確かにフィスはあの模擬戦が完璧な勝利とは言いたくなかった。戦いの中でのあの気づきがあったから、そしてワイズが彼を侮っていたからこそ勝てた試合だ。

 それをワイズに指摘され、断ろうとして開いていた口を思わず閉じた。


「……」


「……悪くない話のはずだ」


(一体何を考えてこんなことを持ちかけたのか……まぁ、いい方向に変わったのだけは事実か)


 そうして少しだけフィスは考える。彼と模擬戦をすることによるメリットとデメリットを。

 しかし答えはすんなりと彼の中で出た。


「分かりました。時間がある日に定期的に模擬戦をしましょう」


「……あ、ありがとう……」


「……っ、いえ……」


 まさか素直にお礼を言ってくるとは思っても見なかったのか、フィスは少しだけ返事が遅れた。二人の間に気まずい時間が流れる。


「……ではな。模擬戦をするときにまた声をかける」


「はい」


 そして後ろを向いて歩こうとしたワイズはその場に立ち止まった。


「……俺はお前よりも弱いかもしれない。だがな、俺は超えるぞ。見ておけ」


「……はい」


 去り際に挑戦状とも呼べる言葉を受け取ったフィスは、去っていく彼の背を見ながら獰猛な笑みを浮かべた。


(やってみろ……貴族の坊ちゃんがあれからどれほど成長できるのか見てやるさ)






 そして始まった数日に一度模擬戦が、フィスの秘めていた才能を開花させた。それまで剣を何度も使っていたがこのように真剣に向き合ったことが無かったために、ずっと平凡なままだったのだ。


 それと同時にワイズの実力もメキメキと上がっていった。やはり自身の実力を手っ取り早く上げるために必要だったのはライバルだったのだと彼は気づいた。


「貴様……それは我流か」


「そう言うワイズ様はヴァレリア流剣術ですか」


「模擬戦中はかしこまる必要などないと言っているだろう。そうだ。俺のこれはヴァレリア流剣術だ」


「なるほど」


 何度か切り結んだあと、二人は同時に離れた。


「この剣術は父上が最も得意とするものだ。これは応用がとてもしやすく魔術との相性もいい。何より、俺の魔術の中にあの時見せた、剣に魔術を纏うものがある。それをすることでまた剣筋が変わるからな。まだこれは小手先なものだが、多少は惑わすことができる」


「そう言う事だったのか」


(どうりで戦いづらいと思っていた。剣筋が変わる瞬間がちらほらあったからな……あれは魔術を使った時を想定してのことだったのか)


 フィスは一人納得すると、そこで生まれた疑問を直接ぶつけた。この時点で彼の中に遠慮は無くなっていた。


「それ、習得するのにかなり時間かからないか?」


「……そうだな。だが諦めることは無い。俺はこれに希望を見出した。父上を超えれると言う希望がな……」


 剣筋を変える。それは大袈裟に言えば剣術そのものを変えると同義である。剣術一つ一つの技を放つ速度から角度まで、何もかもが変わってくる。それはもう別の剣術と言っても過言ではない。

 それを、ワイズは取得しようとしている。そのひたむきな姿勢にフィスはひっそりと感心する。


「そうか。なら、より激しく戦っても問題ないな」


「ほう?今まで本気ではなかったと?それは俺を舐め過ぎではないか?」


「舐めてはいない。リミッターを外すと言っているんだ」


「リミッター?」


「火事場の馬鹿力ってやつだ。ワイズ、お前もできた方がいいぞ……今からそれを教えてやる────────構えろ」


「っ!」


 さっきまでの雰囲気がガラリと変わったフィスに慌てて剣を構えたワイズは次の瞬間強烈な衝撃に襲われる。

 だが、


「これ……しきッッッ!!!」


「っ!よく耐えた!」


 その火事場の馬鹿力が、ワイズのリミッターを外すきっかけを生んだ。いつも以上の圧力を押し返したワイズはそのまま猛追に出る。



 それから二人の模擬戦はさらに激しさを増した。訓練場は毎度ボコボコになり、その度に二人は節々が痛む体を無理矢理動かしてそれを直していたりしたのは嫌な思い出だが。それでも確実に、




 ────────ワイズとの経験が、今ここに生きていた。




 今までもある程度剣を使うことができたが、主に魔術を使っていたため剣主体で戦うことなど滅多になかった。

 しかし今、自分が持つ魔術を使わずにカンバと渡り合っていた。


 それは間違いなく、彼の成長だった。

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