第19話

 彼女がいなくなるまでその場に立っていたフィスはいなくなったことを確認してすぐに各家の護衛の集合場所へと向かう。


「お、ようやく来たかフィス。まだ来ていない他家の騎士もいるけど次はもっと早く来いよ」


「……行きたかったさ」


「……何かあったのか?」


 フィスのその言葉にカンバの目の色がさっきまでのからかいの色から真剣なものに変わった。

 それからポツポツと喋り始める。


「……車庫に馬車が入るのを確認した後に、なんか声を掛けられて」


「誰に?」


「カリーナ・ドメイン様」


「……っ!?」


 まさか貴族の名が出るとは思っても見なかったカンバは目を大きく見開かせた。しかも出てきたのがミレニア家以上の家格であるドメイン伯爵家。驚かない方が無理という話である。


「お前、なんか齟齬でもしたのか……?」


「なんかこの格好が兵士みたいじゃないって」


「……確かになぁ。やっぱ鎧着た方が良かったんじゃないか?」


「あの時だけはそう思った……けどやっぱ重いからいい」


 確かにここにいる騎士の中で鎧を纏っていないのはフィスだけだ。そのためかなり目立っている。


「これから王城の警護の割り振りを行う」


 と、最初から前に立っていた、一際派手な鎧を着た騎士が手に持っていた紙を見ながらそう言った。途端、ザワザワしていた部屋の中が一瞬で静まりその騎士に全員が顔を向けた。


 そして次々と各家の騎士の割り振りが発表され、


「ミレニア家、ホール前」


「「っ!」」


 ついに呼ばれ割り振られた場所はなんと貴族たちが多く出入りするホール前。一番警備が厳重になる場所である。他の家の騎士もそこに割り振られていることがその重要性を示している。

 理由は定かではないが、その一つにフィスたちが選ばれた。


「これから一時的に指揮権が私に移されるから何かあればすぐに私に連絡を入れろ。基本的にここが警備本部となるからその時はここに来い。では、各自持ち場につけ!」


 号令と共に騎士の全員がこの部屋から出て行き始めた。その流れに乗る形でフィスたちもこの部屋を出る。


「それじゃあ行くか」


「おう」


 そして王城の廊下を歩き、既にパーティが始まっているホールの入り口にある扉の前に立つ。直後、扉越しに聞こえてくる楽器の音色にフィスは少しだけ目を丸くした。


「なんだこの音」


「知らないのか?楽器だよ」


「楽器?」


「そ。綺麗な音色を奏でるものだよ。音楽は知ってるだろ?」


「歌ぐらいは」


「そう、それの一種だよ、これは。これがあることで、歌もより壮大に聞こえる」


「ふぅん……」


 静かに扉越しに聞こえてくる音楽に耳を傾け始めたフィス。しかしその間でも警戒は怠らない。


(成程な……悪くはない)


 ちゃんとした良さについてはまだ完全に理解してはいなかったが、それでもこれは良いものだと思えるほどの感性は持ち合わせていた。


 しばらく静かな時間が二人の間に流れ始める。


「……このまま無いままこれを聞いていたいなぁ」


 ぼそりとカンバがそう呟き、フィスはそれに同意するように少しだけ頷いた。

 その時だった。


「っ」


「……っ、これは」


 探知術を使っていた二人が同時に違和感を覚える。フィスとカンバは顔を見合わせるとフィスが一度頷いた。

 そしてカンバがその場に残り、フィスがその違和感の正体を探るべく駆け出した。


(この違和感、ここに来る前の野盗のあれと似ている……!やはりあれはただの野盗なんかじゃなかった……!)


 走っている途中、無色の魔力で強化術を使い自身の体を強化する。そして更に加速し曲がり角を壁を斜め蹴りすることで速度を落とさずに曲がると、目の前に料理が乗ったワゴンを押していたメイドが。


「きゃっ!?」


「すまん!」


 フィスは反射で壁を蹴る角度を少しだけ上げてそのメイドの上を飛んだ。地面に降りた際少しだけ速度が落ちてしまったが関係ない。


(強化術、改……!)


 ワイズとの戦闘で得た強化術の改良版をここで切った。これは効率が上がる代わりに魔力消費量が二倍に上がるものであまりここで使いたくなかったものだが、時間が惜しい。


(移動を始めている……移動している先に大勢の人がいるからきっとパーティをしているホールに向かっている……その前に奴の足を止める!)


 そして遂に敵がいると思われるところへと辿り着いたフィスは、視界に明らかに怪しい格好をしている男を発見する。


魔を断つ魔力サーバーマジック────────断魔だんま!」


「っ!やはり来たか!」


 魔術式から出た刃が奴の首を断たんと敵に迫るも、紙一重でそれを避けた。しかしそれは織り込み済みだった。


「おらっ!」


「……チッ」


 避けた先にフィスは先回りし、敵の防御を掻い潜って剣でその腕を斬った。敵は一旦フィスから離れようと魔術を放つが、彼は首を捻りそれを躱し、距離を離さず剣で攻撃し続けた。


 そうして立ち回りつつフィスは敵をホールから離しており、敵はそれに気づいて何とかしようとするも、フィスがホールへの行く先の前に常にいる為、なかなか現状を変えることができなかった。すると、この騒ぎが聞こえたのか近くにいた別の騎士もここにやってき始めた。


「侵入者!」


「奴を殺せ!」


「増援が来たか……!」


 騎士の殆どは強化術は使えても魔術を使えるものは少ない。だが元の身体能力が高いからこそこうして騎士に選ばれている。故に、


「くそっ……」


 男の体に傷が増えていた。片腕がすでにフィスによって斬られている為うまく魔術が使えないこともそれに影響していた。


「……仕方あるまい」


 すると、男はポケットから小さな玉を取り出し、


「ある程度注目させられただろう……ならばここは、逃げるのみ!」


「「「っ!」」」


 その玉を地面にたたきつけた。直後、そこから一気に煙が噴き出し始める。フィス達は逃げられないようにその煙に向かって攻撃するも、既に敵の姿は無かった。


「敵は一人ではない可能性が高い!探知術から逃れるために体内の魔力を薄めていることを考慮しつつ探し出すぞ!」


「「「はっ!」」」


 そして騎士の一人がそう言い、フィス達はすぐにこの場から散開する。


 フィスもカンバに事を伝えるために一旦ホール入り口へと戻った。だが、


「……っ、まさか」


 ホールへと続くドアが開いていており、カンバの姿は無かった。


 焦ったフィスは急いでホールの中に。そして視界にあったのは、


「ガハッ……!」


「お、お父様……ッッッ!!!」





 ────────カンバに刺されたベリルの、血を吐いた姿だった。

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