第14話

「今日はまず勉学の時間が昼まであり、昼ご飯を挟んだ後午後三時ほどまで剣術の時間があります。それ以降は自由時間となっております。これがお嬢様の今日のスケジュールです」


「ありがとう、ケイン」


 フィスがキアラの剣術指南役兼護衛になってから一週間ほどが経った。最初は犯罪者ということで誰からも警戒されていたが、誠実な彼の姿に少しずつ交友が広がっていった。


 だがしかし一定数彼を忌避している者も当然いた。しかしそれらに対しフィスは特に思うことは無く、


(特に興味ねぇし)


 と、ドライな感情を向けていた。それよりも今の彼の関心は誠意制作中の自身の新しい剣の方に向いていた。


(どんな剣になるんだろうなぁ……)


 別に剣に関して特にこだわりはないが、だからと言って全く切れなかったりしたら話にならない。しかしそこは信頼を寄せているので問題視していなかった。

 彼が気になっているのはその使い心地と性能。取り敢えずつい最近まで使っていた兵士の剣よりいいやつがいいな、とは思っている。


「フィス? 話聞いてる?」


「……あ」


「“あ”じゃないわよ、“あ”じゃ。全く……」


「フィス、もっと気を引き締めろ」


「……すんません」


 ケインからも注意を受けて流石に自分が悪いとの自覚があったのか、フィスは二人に対し素直に謝罪した。

 この一週間でフィスはケインに対し苦手意識が芽生え始めていた。その理由は至極単純で、


(マジでこの人厳しいからな……今日もこの後あるんだろうなぁ、指導が)


 彼は時間があるうちにフィスの矯正をしている。フィスが“指導”と呼んでいるそれでは毎度の如く彼はフィスを叱っており、それがその苦手意識に繋がっているのだ。


 彼がケインから学んでいることはテーブルマナーから作法に至るまで様々で、貴族の前に出ても恥ずかしくないようにするためのものだった。しかし彼にとってそのどれもが未知のものであるが故に、かなり苦戦していた。


「まぁいい。今日はより厳しくするとしよう」


「……うぇ」


「これもお前の為だ。我慢しろ」


「……うっす」


 そう言われるとフィスは何も言えなくなる。今日はきついんだろうなと、彼は色々諦めた。


「それではキアラ様、早速始めましょう」


「えぇ」


「フィス、カンバ。お前たちはこの部屋の入り口で待機していろ。基本的に誰もこの部屋に入れるな」


「「はっ」」


 そしてバタンとドアが閉められ、カンバとフィスは二人きりになった。この間は基本的に暇な時間となるため、自然と雑談し始めるのだ。


「カンバ」


「なんだ?」


「鎧重くないのか?」


「そう言うお前は軽装すぎないか?」


「まぁな。だって動きずらいじゃん?鎧って」


「確かに。お前ずっと走って飛んでたもんな。一応鎧で走るのは苦じゃないけど、飛ぶのはなぁ……流石にキツイ。そもそも俺は騎士の中でも治癒魔術師だからな。飛ぶ必要ないし」


「それもそうか」


 治癒魔術師とは、治癒魔術を専門に使う魔術師のことを指している。そもそも治癒魔術の難易度が相当なものであるが故に別名で呼ばれ重宝されるのだ。その難しさは全魔術の中でも上位で、これ以上難しい魔術は指で数えるほどしかないとされているほどだ。


 この魔術を使うにはまず人体の構造を把握したうえでどこを治すのかを明確にイメージして初めて魔術を使うことができる。万が一そのイメージに齟齬が起きると不完全な状態で回復されてしまい、酷い事例だと釘が肉と一体化するなんてこともあったりするのだ。

 更にこの魔術は才能も多分に影響する為、万人がそれを使いたいと思っても適性がないと当たり前だが使うことはできない。


 ちなみに、フィスにはその適正はないためその事を知った彼はカンバを素直に尊敬していた。


「俺も治癒魔術使えたらなぁ」


「使えても大変なだけだぞ。まず繊細な魔力操作の技術が必要になる上に基本的に俺たち治癒魔術師は他人に治癒魔術を使うからもしミスをしたとき、そのミスを取り返すためにその時以上の魔力が必要になるから、十分な魔力量も大事になる」


「……確か魔力量を増やす訓練ってのもあったよな?」


「そうだな。そして俺はそれをやってみた。あれはとてもきつかった……それこそお前が受けているケイン様の指導よりも。でもそんなことしても魔力量が増えたって感覚なかったんだよなぁ」


「うわぁ……俺やっぱやだわ。治癒魔術師。一端の兵士として敵を斬るだけでいいや」


「いや、お前キアラ様の護衛だから一端の兵士じゃねぇぞ。しかも護衛っつってもかなり特殊な立ち位置だからある意味召使っつっても差し支えないし」


「……だからケイン様俺に厳しくしてんのかな」


「そうだと思うぜ?あの力の入れようはそうとしか思えない。いつかお前も貴族の世界に足を踏み入れることになるんだろうな」


「……立場変わってほしいな」


「諦めろ。それが許されるほど、お前の立場は確立したもんじゃない」


「……だよな」


 と、こんな風に他愛もない会話をしていると、


「────ん?」


 奥からメイドがこちらに走って向かってきていた。それに気づいたフィスとカンバはそのメイドが部屋に入ろうとしてきたのでその間に割って入った。


「何用ですか?」


「緊急で、キアラ様にお手紙が……」


「差出人は?それによっては後にさせてもらいたい。今キアラ様は勉学に励んでいる最中です。なのでなるべく集中させたいのですが……」


「差出人は────です」


「「っ!?」」


 その差出人が想像以上の立場の者で、二人は驚きのあまり言葉を失ったのだった。

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