第7話
本来だったら戦場になりえない森の奥深くで大量の鮮血が舞っていた。それを成している者の正体はつい最近まで裏社会の組織のしがないボディーガードだった者だった。
「まさかここまでとは……私たちは凄まじい助っ人を手に入れたようだ」
その惨劇に隊長は思わずそう呟いてしまう。今のこの、これ以上の被害を出さずに野盗集団を壊滅にまで追い込んだという状況は彼女にとって想定外だった。
(多少戦況が変わればいいとだけ思っていたが……まさか彼だけでほとんど壊滅させるにまで持ち込めるとは)
「た、隊長」
「なんだ」
「彼の処断については……一応、彼は犯罪者ですので」
「そうだな……だが、少しだけ考えを改める必要がありそうだな」
「……と言いますと?」
「彼は我々のこの家紋を見たうえで助太刀に入った。つまりこのまま捕まって処刑される覚悟を持って我々を助けてくれたという事。助けるのが無意味だと分かり切っているこの状況で、そんなことを気にせずに命を投げ出し手を差し出してくれた……こんなことができる人が果たしてこの世にどれほどいるのだろうな?」
「……それは」
「私は、少なくとも彼に敬意を表するべきだと考えている。例えいかなる理由で犯罪者に堕ちていたとしても」
「……私は反対です」
「だろうな。だがそれでいい。副隊長であるお前はそうあるべきだ」
「……隊長」
「これからすることは私の独断だ。故に、君たちには一切関係ない」
そう言って返り血が固まってカピカピになったピンクブロンドの髪を少しだけ纏めた彼女は、騎士が警戒している先にいるフィスへと足を進める。
「た、隊長」
「君たちは少し黙っていてくれ」
「……はっ」
近づいてくる彼女に対し警戒を緩めないフィスの目の前で止まった彼女は、手にしていた剣を鞘に納める。そして姿勢を正した。
「?」
「今回、我々の助太刀をしてくれて感謝する」
「「「「「っ!?」」」」」
そう言って彼女はフィスに深くお辞儀をした。その光景に周囲にいたフィスを含めた全員が目を見開いた。
そして顔を上げた彼女はそのまま言葉を紡ぐ。
「君がこうして助けに入らなければ今頃もっと被害が生まれていただろう。ミレニア家直属騎士団第一部隊部隊長、メリス・ラヴァルが改めて礼を言う。本当にありがとう」
そう言って彼女は再度頭を下げた。一端の騎士団の部隊長、それもこの国の貴族が犯罪者如きに頭を下げた。この状況は普通では起こるものではなかった。他の貴族が見ていたら間違いなく弱みとして付け入る隙を与えることになる行為だが、彼女は躊躇わなかった。
そんな彼女に対し、
「……別にいいですよ。正直見てられなくなって横入りしたってだけなんで。それにしても」
そう淡白に答えた彼は周囲に転がった数多くの死体に目を向ける。
「多すぎません?野盗」
「……そうだな。実を言うと、こいつらは野盗なんかじゃない」
そう言ってメリスは死体の一つに近づいてごそごそと物色し始めた。突然何をし始めたのか困惑していると目的のものを見つけたのかそれを取り出し、彼に見せた。
「これは……隣国の?」
「そうだ。こちらの正体は野盗なんかじゃない。隣国の兵士だ」
「……」
それからフィスも殉職した騎士の所持品を取り、死体を燃やす手伝いをした。その間犯罪者でも助けてもらった感謝を述べる騎士もちらほらといたりした。
「ありがとな……あの時助けてもらってなかったら、今頃俺は死んでいたよ」
「……そうか」
フィスの近くで死体を燃やしている火を眺めているのはカンバと言う少年だった。彼は今年になってからこの第一部隊に所属になったばかりで、これが初任務だったのだ。
「この恩は忘れない。例えお前は犯罪者だとしても、今だけは関係ない。ていうか、正直これで犯罪者から脱却できるんじゃないか?」
「……どういう事だ?」
「俺たちを助けたってことで特例でなんとかなるってことは────」
「んなことねぇだろ馬鹿が」
と、横から明らかに敵意を孕んだ声が聞こえてきた。そこには副隊長と呼ばれていた男性が立っていた。
「副団長……自分たちは彼に命がけで助けてもらったんですよ?それに対して何か報いたいって思うのは当たり前じゃないですか」
「ふん、助けてもらったことは事実だが、こいつは犯罪者だ。それも既に判決が下された、な。情状酌量の余地などありはしない」
「ですがそれはあの一瞬で消えましたけど……」
「……っ、あ、あれは……それもこいつがしたんだろう?罪が重なることならまだしも消えることは無い……っ」
そう言って彼はこの場を離れ、自分の馬のところまで行ってしまった。それを見てカンバは微妙な表情になる。
「……すまないな」
「いいよ別に。あんま気にしてないし」
(それにどうせ、戻っても戦争に駆り出されるだけだし)
フィスの中では既に戦争に出ることは決定事項になりかけていた。彼ら騎士団を助けると決めた時から彼は覚悟を決めていたのだ。
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