第8話

「……それは本当か?ケイン」


「はい。間違いありません」


 夜。闘技場で起こった一連の出来事をミレニア家の当主────ベリル・ミレニアはケインから聞いていた。そしてそれがあまりにも荒唐無稽なものだとしか思えず、思わず聞き返してしまっていた。


「……まさか、それほどの実力者がいたとはな……それも犯罪者に。これは由々しき事態だ」


「……処罰は如何様にも」


「よい。お前は良く働いてくれた。全く、キアラは……今回はしっかり言い聞かせないとな」


「それでその犯罪者の捜索は」


「街の外に出たのを確認したんだろう?これ以上奴を追うのは時間の無駄だ。すぐに引き返させろ」


「はっ」


「それと、近々隣国が動き出すとの報告があった。戦争が起きるだろう。その為の準備を始めるように」


「はっ」


 そしていくつかの確認をした後、ケインが執務室から出ようとした、その時だった。


「……ん?何かあったのか?」


 ガシャガシャと奥から鎧同士がぶつかるような音が執務室に聞こえてくる。その直後、いきなりこの部屋のドアがバンッ!と勢いよく開かれた。


「失礼します!」


「どうした」


「第一部隊所属の騎士が片腕を失った状態で帰還しましたっ!」


「何だと!?」


 その報告に思わずベリルは立ち上がった。


「隣国の中隊と遭遇!現在戦闘中とのこと!」


 更にその騎士から放たれていった情報を聞いているうちにベリルの顔はどんどん赤くなっていく。それが不甲斐ない自身の家の兵士に対する怒りから来ていることは火を見るよりも明らかだった。


「情報部は何をしている!何故気づかなかった!」


「申し訳ございません!すぐに現場に騎士を派遣し────」


 すると更に奥からまたガシャガシャと鎧を揺らす音が聞こえてきて、別の騎士が息を切らして執務室に入ってきた。


「失礼します!第一部隊がただいま帰還したとの報せを受けました!」


「っ……!」


 即座に知らされた情報が更に塗り替えられ、ベリルとケインは少し混乱した。

 手負いの騎士がこの領に到着した時間帯が丁度フィスがあの野盗を殲滅した時間帯と一致し、そしてその騎士が屋敷に到着した頃見張りが帰ってきた騎士団を発見し報告した時間と一致しているという経緯があるのだが……そんな偶然が重なったようなことなど、この二人が知る由もなく。


 どちらの報告を信じればいいのか二人が悩んでいると、


「第一部隊部隊長、メリル様が到着されました!」


「……入れたまえ」


 取り敢えず本人がいるのなら聞いてしまえばいい。そう考えた彼は彼女を執務室に入れることにした。


 数分後。


「失礼します」


 メリルが一礼し中に入った。既にそこにはどこから話を聞いたのか、キアラ・ミレニアがベリルの傍に立っており、その反対側にはミレニア家の長男であるワイズ・ミレニアもいた。


「メリル。報告を」


「はっ。我ら第一部隊は本来の目的である犯罪者フィスの捜索の為逃げたとされる森へと出向きましたが、その先で野盗に扮した敵兵と遭遇。騎士数名の犠牲と三名の重傷者が出ましたが無事に壊滅することに成功。その際犯罪者フィスが我らに助太刀をし、報告した以上の被害を出さずに事なき終えました。以上です」


「……なんだと?犯罪者の手を借りたのか?」


「先ほども申し上げた通り、偶然近くに逃げ込んでいた犯罪者フィスが自身の境遇を知ったうえで我々に助太刀してくれました」


「……」


 そのメリルの報告を聞いて彼は難しい顔をする。しかし横からワイズが突然口を開いた。


「そんなこと、関係ない。犯罪者は処罰するべきだ。そうですよね?父上」


「むぅ……」


 すると反対側から幼い少女の声がそれに反論した。


「そんな犯罪者だからって勝手に決めつけて処罰したら、せっかくの戦力も無駄になりますよ? 今なら恩で彼をこの家に縛れるはずです」


「むぅ……」


 左右からの言葉に悩みを深めるベリル。確かに両者の意見も分かる、分かるのだが、


(……一番の不安が奴が反抗して更なる被害がでるかどうか、なんだが……)


 そこで彼は一つの質問を彼女に投げかけた。その犯罪者をそばで実際に見た、メリルに。


「彼は、言う事を聞くのか?」


「聞きます」


 彼女は即座にその質問に答え、まさか即答するとは思っていなかったベリルは驚愕した。

 彼女はここに来るまでにフィスとかなり会話を重ねており多少の信頼関係を築き上げていた。故に彼の人となりについてある程度の理解を得ていた。

 確かに人を殺すことに抵抗が無いような人ではあるが、彼女にとってそれが人情無しだと決めつけるような材料にはならなかったからだ。


(会話をして分かった。彼は、ある意味番犬のようなものだ)


 少しだけ彼の過去について聞いてみれば、番犬と言い換えてもいいものだったのだ。だからこそ、仕えるべき主人を見つけさえすれば彼は勝手に裏切らないと、まるで自分と同じだと勝手に共感していた。


(キアラ様が確か彼に興味を抱いていたな……)


 そして彼女は自分の考えを素直に当主に伝えることにした。


「私が愚考するに」


「……なんだ」


「彼に今必要なのは主人です」


「主人?」


「はい。私はここに来るまでに何度も彼と会話を重ね、彼の人となりについてある程度の理解を得ました。その結果、彼は今主人を欲しています。それはまるで主人を失った番犬のように」


「……」


「彼が逮捕されたことで、今までいた古巣にはもういられないだろうと察しており、それはそれは悲しげな表情をしていました。そこから類推した結果です」


「……成程な」


 その言葉を聞いて、遂にベリルは苦渋の決断を下した。


「……訓練場に通せ」


「っ!?誠ですか父上!?」


「ありがとうございます!お父様!」


 対照的な反応を見せる自分の子供たちを見ながら、ベリルはこれからのことを考え始めるのだった。

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