第10話
「それでは、えっと……今日から指南役兼護衛としてお嬢の剣を教えることになりましたフィスです。よろしくお願いいたします」
「よろしく!」
あれから数日後。彼は今キアラの剣の指南役兼護衛として訓練場で彼女の目の前に立っていた。
『─────実力は申し分ない。故に、監視付きでキアラの護衛を任せる。もし一度でも謀反を起こしたその瞬間、貴様を処刑する。いいな?』
数日前ミレニア家当主ベリルにそのようなことを言われ、了承するしかなかった彼はしばらくの間、キアラの剣の指南役としてミレニア家にキアラが王都にある学園に通い始めるまでの期限付きで護衛以外の仕事を追加でもらったのだ。そして、その期間中彼女の身に何も起きなければ正式に雇うと言うものだった。
その間の住まいはミレニア家のメイドや執事が使っている寮に住まわせてもらうことになっている。
因みに、彼のほかに今回彼女の護衛にはつい先日少しだけ仲良くなったばかりのカンバも任命されていた。
そう考えると何と好待遇なのだろう。普通だったらあり得ないほどの好待遇である。犯罪者にする待遇ならなおさらだ。しかし彼の顔はあまり浮いている感じではなかった。
「どうしたの?」
「いえ……何でもないっす。あ」
「いいわよ口調なんて。このときだけは敬語はいらないわ、師匠」
「師匠……俺はお嬢とそう年齢が離れていないはずだが」
フィスの年齢は15歳。対してキアラは13歳で、傍から見れば兄妹とも見てとられるほどの年齢差だ。
そんな年齢差であるにも関わらず師弟関係が生まれているこの状況に、フィスは違和感を覚えていた。明らかにおかしいだろ、と。
「でも教えてもらう以上、あなたは私の師匠だわ。だから師匠よ!」
「そうかい……もういいや」
フィスはこれ以上は無理そうだと早々に諦めて、木剣を彼女に手渡す。すると彼女は持ち上げる前に地面に剣先を落としてしまった。
「重いわ、師匠」
「……それはそうか」
彼は彼女が非力だと言う可能性を失念していた。すぐに彼女から木剣を回収すると、まずはその非力を少しでも無くすためのトレーニングをすることにした。
「腕立て伏せ。知ってるか?」
「腕立て伏せ?」
「こういうもんだ」
そう言ってフィスは説明するよりもした方が早いと思い、すぐに腕立て伏せを何度か実践して見せた。
「あぁそれね!よくワイズ兄様がよくしてるやつだわ!」
「分かったならいい。それをまずは、10回やってみろ」
そうフィスが言うと言われた彼女は露骨に嫌な顔をした。
「……えー」
「えーじゃない。これをしないと、次のステップに行けない」
「次って?」
「強化術」
「強化術!……って?」
「魔力で体を強くすることだ。簡単に言えば、これをすれば今まで持てなかった重いものが持てたり、早く走れたりするようになる」
「それを今ここで教えなさいよ!」
「その為に耐えれるだけの体をまず作ろうとしてるんだろ」
「成程!そう言ったことは先に教えなさいよね!」
するとさっきの態度がまるで嘘のようにササっと腕立て伏せを始めた。が────
「うっ……」
「三回目だぞ」
「ふんぬっ……!」
「頑張れー」
「もっと……っ、感情を……っ、込めて……っ、応援……っ、しなさい……っ、よ……っ!」
「だったらそう思えるだけの頑張りと結果を見せてくれ」
「言うじゃ……っ、ないっ……!────あっ」
しかしその直後に腕に限界が来たのか、バタリと地面に倒れてしまった。彼女の顔には物凄い汗が流れていた。これだけで相当の体力を持っていかれたようで、息が荒くなっていた。
「はぁ……はぁ……っ、辛い、わっ……」
「……」
フィスは正直、もう少し体力があると思っていた。しかし思った以上体力が無く、何故それほど無いのか考えたとき、一つ思い当たるものがあった。
(やっぱり。魔力は少ないがそれでも訓練した痕跡がある)
そしてそれを確認すれば案の定、その予想が当たっていたことに気づく。
「お嬢、さてはずっと魔術しか鍛えてこなかったな?」
「……そうよ。でも仕方ないじゃない。それが家の方針だったんだから」
「ま、それは間違ってないんだろうな。俺でも分かる」
この世界で魔術は一つの指針になっていて、平民では使えるだけでかなりのアドバンテージとなる。しかし魔術は貴族や決まった学校でないとしっかりと学ぶことができないため、基本的に平民はまず子供を魔術を学べる環境に送れるかどうかでその子の将来が決まってくる。
無事学べたらその子の将来は安泰だろう。どこへ行っても重宝される。
故に魔術はこの世界ではかなり重要視されているのだ。
「だが少しくらい運動したらどうだったんだ?」
「うっ……だって語学とか色々学ばないといけないものがあったし……」
「でも少しは運動する時間は確保できただろうに……まぁいい。その分をこの短期間で取り戻すぞ」
「えー……はーい」
少しだけ休憩した彼女はすぐにまた腕立て伏せを再開した。なんだかんだ文句を吐いてもしっかりやるのだ。
そうやって何度も倒れては少し休んでを繰り返していくと、
「五回……目っ!」
「お」
「ろぉ……────ぁ」
「っと」
すると遂に溜まっていた疲労が来たのか、急に力を失ったかのように地面に倒れる。しかしその倒れ方は少し危なかったのでフィスは咄嗟に彼女を抱きかかえ、地面に激突するのを防いだ。
「……ぁれ」
「これまでだな。今日はゆっくり休め」
「……はぁい」
そして彼の手を借りながら少しだけ名残惜しそうに立ち上がった彼女はゆっくりと訓練場から出ていった。それを見送ったフィスは手に持っていた木剣で突然の────横からきた攻撃を防いだ。
「……どうしたんです?突然」
「これを防ぐか」
「俺は聞いてるんですけど」
「ふん。そんなもの、殺すために決まってるだろう」
そう言って彼────ワイズは彼を物凄い目で睨みながらグッと少しだけ手に持った木剣を押し込んできたのだった。
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