第5話

(ラグ無しで魔術を即座に展開するなんて……!あれはなんだ……!?)


 その事実が彼女の腕を少しだけ鈍らせた。


 と言うのも、同じ魔術を連続で使うことはできないとされている。魔術を使う際、まず最初にどのような性質の魔力を使うのか唱える。唱えることでこの世界にいるとされる精霊に呼びかけ力を貰い、無色だった魔力に色をつける。こうして初めて人間は魔術を使える。


 魔力は魔力管と呼ばれる人には見えない管によって人間の体を循環している為、魔術を使う際に魔術を展開する手のひらにある、色が付いた魔力が先に消費される。


 一度魔術を使ってしまえば手のひらの魔力がほとんど消えてしまい、そこで魔力がまた手のひらに溜まるのを待たないといけないため、そこで数秒と言う僅かなラグが生じる。


 同時に体がその魔術に対する耐性がついてしまう為、二度目以降展開しようとしても一度目よりもスムーズにできないことが多い。その耐性は数分でリセットされる上に何度も魔術を使っていればいずれ消えるが、耐性を消すまでの回数は凄まじいものになる。それこそ何百回とか同じ魔術を展開して初めて消えるものなのだ。


 そこまで行くとその魔術はその人にとっての得意魔術────固有魔術へと変化する。


 だが、フィスはそのようなこと生じるはずのラグが起きていなかった。耐性が消えているのは、考えれば分かるし現実的である。彼はほとんどこの魔術しか使ってこなかったからで、他の魔術については多少使えはするけど熟練度が少なすぎるからだ。


 しかし、魔術を連続で使用した際に生じるはずのラグすら起きていないとなると話は変わってくる。彼がやっていることはつまり、人体の構造上を完全に無視している、人がおよそできないことなのだから。


断魔だんま


「っ!クソッ!」


 その彼女の止まった手をフィスは見逃さなかった。すぐさま断魔だんまを連続して展開し、彼女の距離を離した。


 フィスが放った魔術が次々と地面と激突し土煙を上げていく。それをミーアは目くらましだと即座に理解した。そしてそんなものを出す理由は一つしかない。


(っ!?まさかこいつ……ここで逃げるつもりだ……!)


雷聖グラディウス────……ちっ」


 意図を察した彼女が魔術を展開するよりも前に土煙が晴れると、さっきまでいたはずのフィスの姿が忽然と消えていた。それを確認したミーアは展開していた魔術をキャンセルし、舌打ちをした。


 彼女はここでフィスを殺すつもりだったのだ。


(あの実力の持ち主が野良でいるなんて、脅威以外の何者でもない……!クソッ、あんな奴が他国に渡ったりでもしたら……冠位魔術士ステラーズが少なくとも二人は必要……でも、一つの戦場に二人以上なんて、できない……!)


 エルファニア王国は隣国との戦争のほかにも、魔精人ステファニーと呼ばれる怪物の生息地と隣接している為、そちらにも戦力を回さないといけないと言うのがこの国の現状だった。


 魔精人ステファニーは一般兵では敵わない存在で、長年問題となっており、王国一の実力を持つ冠位魔術士ステラーズでないとその侵攻を抑えることができず、戦争に送れる分の余裕が無い。


 故にそれら以外の問題事を発生させるわけにはいかないのだ。


「ミーア様!」


 と、いつの間に下に降りていたキアラが魔力を無色に戻していたミーアの元へと駆け出していた。それに気づいた彼女は苦笑いを浮かべながら彼女を迎える。


「危ないよ、キアラ。っと、ここではキアラ様、だったかい?」


「いいわよ別に。ここにいる人は全員ミレニア家の関係者なんだから。いい?ここからは他言無用よ?」


「「「「「はっ」」」」」


「という事だから問題ないわ、ミーア様」


 未だ混乱しているほとんどの兵士が反射でそう返事をする。それを聞いたキアラは何故かご満悦だった。


「分かったよキアラ。それじゃあこのままで。改めて久しぶりだね、キアラ」


「うん!いつぶりだっけ?」


「えっと……前の王城でのパーティ以来だね」


「それって確か丁度3か月前……だったかしら?」


「よく覚えてるね。私は忘れてたよ」


「忙しいもんね、ミーア様」


 そうして他愛のない話をしたミーアとキアラは、その話に一区切りがついた時にキアラからミーアに問いかけた。


「それでどうしてここに?」


「あぁ、犯罪者を戦争に出すって言うからちょっとね」


「なるほど」


「確かに隣国には手を焼いてるし、あの馬鹿がやらかしたせいでこの領もヤバくなってるけど、それでも犯罪者を戦争に出すほど切羽詰まってないと思ってちょっと直談判したら、だったら自分で行けって言われてさっき戦場を見てきた」


「そうだったのね。んで、どうだったの?」


「それはそれは酷かったよ。あれを見てしまったら、確かに戦力増強はすぐにするべきだって思ったね。だからって犯罪者を使うってのはどうかと思ったんだけど」


「それほど酷かったのね」


 キアラが特に思っていなさそうにそう聞くと、ミーアは深く頷いた。その彼女の表情が如何に酷かったのか物語っていた。


「うん。今から私が加わってもいいけど、それでも持ち直すまで数か月はかかりそう。それくらい、厳しいね」


「……」


「それで犯罪者を兵士として肉壁にするくらいだったらいいかなって思いなおして様子を見に来たら……この有様だったのよ」


 そしてミーアが周囲に目を向ければ、そこには肉片と血糊と、そして数多の首と頭を無くした体が散らばっている惨劇があった。しかし、そのほとんどが先ほどの彼女とフィスの戦闘によってもっと酷くなっており、特に酷いものだと頭が踏み潰されて目が飛び出ているものがあるほどだ。


「まさか、こんな惨劇を一人で成してしまうなんてね」


「……」


「一人、ですか?」


 ここでようやくキアラの執事であるケインが口を挟んだ。彼はこれまでの話を聞いて起こった状況を理解したが、それでもこれを成したのは少なくても五人以上だと思っていたからだ。


 しかしミーアから告げられた人数は僅か一人だけ。


「そうよ。間違いない。これらの死体にある魔力の残滓、それがどれも同じだもの。どうやら彼────」


「フィスって言うらしいわ!」


「……何で名前を知ってるのかは後で聞くとして。そのフィス?には仲間がいたってさっき聞いたのよ」


「そうね!なんかさっきは二人で行動していたわね!その仲間はいつの間にかいなくなってるけど」


「その仲間、ってやつが指示したんじゃないかしら?視線を別のところに逸らせ、みたな感じで」


「それであんな派手なことをしたのね!」


「派手ってそんな一言で言えるようなものじゃないでしょこれは……私でも出来るかしら」


「ミーア様?」


「何でもないわ」


 ミーアは最後ボソリと呟いてそれについて考えたが、間違いなく“できない”と言う結果に至った。

 自分たちでぐちゃぐちゃにはしてしまったが、幸い無事だった死体のように綺麗にした状態でこの人数を殺すなんて。


(自分だったら黒焦げにしちゃうわね)


 この人数を殺すこと自体は問題無い時点で、彼女もどこかおかしかった。


「取り敢えず、そのフィスって言う犯罪者の行方は追っておいた方がいいわ。私も、一応だけど追ってみる。でも多分私は戦場にかかりっきりになっちゃうかもだからキツいけれど……そこはミレニア家でお願いしてもらえるかしら?」


「分かったわ!」


 こうして、思いがけずもフィスの捜索が始まろうとしていた。



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