第4話

 あまりにも一瞬の出来事だった。血の雨が降り注ぐ惨劇に誰もが言葉を失っていた。そしてその中心いるフィスの体には血が多く付着しており、上から降り注ぐ太陽の光がそれを鮮明にしていた。


「こ、これは……何が起こった?」


「わ、分からない……いきなり犯罪者共の首が落ちて……え?」


「お、おい!あそこに残った犯罪者が二人いるぞ!」


「という事はあの二人がこれを成したと言うのか!?」


「オ、オェェェェェェェェエエエエ……!」


「ごほっ、ごほっ!」


「ァァァァアアアア!?」


 非現実すぎて、普通だったら狂う者が一斉に出てもおかしくなかったのだが、規模が大きすぎて一周回って逆に冷静になった者が多かった。


 しかしやはり吐く者も一定数いた。いくら兵士で、このような耐性を持っているとはいえいきなり大勢の首が刎ねられたのだ。


(……よし、かなり混乱しているな。流石フィスだ。これなら────あ)


 そしていざロウェンがフィスを引き連れて逃げようとしたその時、何かに気づいて動きを止めてしまった。


「さて……後は」


「あー……フィス?」


「────あの兵士と女を殺せば終わる」


「……やっべ使


 ロウェンは後悔するも既に遅かった。フィスは体を強化させたまま闘技場の壁を蹴り、そのまま壁を走る。


「がっ!?」


「何っ!?」


 そしてその途中で近くにいた、最初前で叫んでいた兵士の頭を踏んで飛んだ後一気に観客席に乗りこんだ。


「まずいですっ!お嬢様下がってっ!」


「っ!?」


「死に晒せ」



 ガキンッッッ!



 いつの間に盗んでいた兵士の剣で令嬢を斬ろうとするも、闘技場に設置されていた観客席を守る魔道具によってそれは防がれた。


「チッ」


 そしてフィスがその魔道具を無理矢理壊そうとしたその時だった。




「────お前が死に晒せ。雷のような魔力ライトニングマジック────雷球サンダーボール




「……っ」


 横からフィスにバリバリと音を出しながら黄色の弾丸が音速で飛び出してきた。咄嗟にその弾丸を魔術で斬ったフィスは仕方なく障壁を破るのを止めて闘技場に降り立った。


「……誰?」


「お前如き犯罪者に名乗るような低俗な名ではない。それに、名乗る必要ないだろう?今からお前は死ぬのだから」


「へぇ……」


 そう言っては右手に雷を発生させ、全身に流し始める。対しフィスはロウェンの姿を探し……消えたことを確認して、すぐに冷静さを取り戻してさっきまでの自分の行いを少しだけ後悔した。


(はしゃぎ過ぎた……恨むぞ、ロウェン)


 対峙した直後に雰囲気が変わった彼を見た少女は怪訝な表情を見せる。さっきまで見せていたが一瞬で顔から失せたからだ。


(……ん?目つきが、変わった……?いや、関係ないね。ここで始末する。そしてすぐに戦場に出て犯罪者など必要ないことを陛下に伝えるんだ……!)


 すると、さっきまで驚いたまま固まっていた令嬢────キアラが復活した。しかし闘技場にいるその少女を見て再度驚いた。


「あ、あれはミーア様……!」


「……まさか、かの雷帝エレキノヴァ様ですか、お嬢様!?」


「えぇ……」


(何でここにミーア様がいるのよ……!……!)


 彼女は歯噛みした。ここに来たのは何もただ遊びに来ただけではない。彼女はがいると情報を得たためにここに来たのだ。


 もしこのまま彼らが戦い始めれば……負けるのはきっとフィスの方だろう。と、令嬢は思っている。それでは駄目なのだ。


「止めるわよ!」


「────もう遅いです」


「え?」


 しかし彼女が二人を止めようとする前にその彼女を止める者がいた。


「ちょっとはしゃぎ過ぎですよ、キアラ様」


「……ケイン」


「全く……どこに行ったのかと思えば……お前ら、護衛ならここに来させるな」


「……申し訳ございません、ケイン様」

 

「……今回は例外として見逃しますが、次はありませんからね」


「はっ!」


「彼をそんなに責めないで上げて。私の我が儘でここまで来させてくれたのは彼なんだから」


 彼の名はケイン・ルーカス。この令嬢の執事である。彼は今まで検問所の視察の合間に突然消えた彼女を探して、街中を探していたのだ。そしてようやく見つけた彼女がこんな混沌を引き起こしているのだから、内心怒鳴りたい気持ちでいっぱいだった。


 そんなケインを執事に置いているこの一連の混沌を引き起こした令嬢の名はキアラ・ミレニア。ミレニア辺境伯家の次女でミレニア家はこの街を収めている貴族で、今回の罪人兵士を使うことに反対していた貴族家の一つ。


 そして、今日本来だったらこんなところにいるはずのない人物である。それを知っていたがためにここにいた兵士らは皆冷や汗をかいていた。


「そんなこと当たり前です……自覚しているのでしたらもう二度とこんなことしないでください」


「……善処するわ!」


「……はぁ」


 そしてケインは反省の色が見えない彼女に対し溜息を吐くと、闘技場の方を向く。そこにはすでに戦闘を始めた二人の姿があった。その光景を見て、少しだけ眉を動かす。


「……それで、これは?」


「あ!もしかしてあなたがミーア様を呼んだの!?」


「いえ……え、もしかして彼女はあのミーア様ですか……!?」


「そうよ!」


「そうよって……もしかして、あそこに転がってる死体は……」


「あれらはミーア様がやったわけではないわ!」


「……は?」


 いまいち状況が読めていないケインを他所に、キアラは徐々に冷静さを取り戻し始めていた。それはすぐにフィスがミーアの手で殺されると思っていたのに未だに生き残り続けているからだった。


 そしてミーアはすぐに殺せると思っていたのに中々殺せない彼に対し少しだけ目を丸くする。


「中々しぶといね」


「……チッ。んだよそんなに意外かよ」


「いやいや、称賛したんだよ?私は」


 しかしフィスはそんな彼女の言葉をただの嫌味だと受け取った。


(強いな……今まで出会ってきた誰よりも。正直雷の球を斬るのは問題ない。が、いかんせん量が多すぎる)


 魔術で迫る雷の球を次々と魔術と手にしていた剣で切り裂いていくフィスは、内心焦っていた。このままこの状況が続けば負けるのは自分だと分かっているからだ。もう少しでかけていた強化術も切れてしまう。それよりも前に彼女を何とかしないといけない。


 対してミーアも称賛の言葉を送るほど余裕はあるものの、少しだけ焦っていた。


(物量でこんなに攻めても死ぬ気配が無い……こんなの、普通じゃありえない……!まるで……!だったら────もっと物量を増やす!)


雷球サンダーボール


断魔だんま。追加で剣に魔術付与」


 およそ人が出せる限界以上の、ミーアの魔術が闘技場内で展開される。普通、人間は種族にもよるが平均で一種類の魔術を15~20個展開するのが限界だと言われている。


 だがミーアはその倍以上の68個の雷球サンダーボールをフィスの周囲に展開していた。


 四方八方に即死級の魔術が展開しているこの状況で、フィスもそれらに対抗するかのようにあらゆる方向に目を向け一気に自身の魔術を展開し、発動する前にその魔術式を切り裂いていった。


 フィスは彼女のように一度に無数とも呼べるほどの魔術を展開することはできない。だからこそ、彼は意識を一度に大量展開することから少数展開を無数に繰り返す方針に切り替えた。


 目についた雷球サンダーボールの魔術式に座標を合わせてそこに自身の魔術を展開する。それを繰り返す。


 そして既に発動してしまった魔術に避けたり剣で斬ってなんとかする。今のフィスにできるのはそれだけだった。


「なっ!?」


 だが少数だったさっきまでならまだしもこれ程の数の雷を避けたり斬るなぞ、普通はできない。その普通ではない光景がミーアの目の前で繰り広げられており、信じられなかったがこのまま次の行動に出た。


 まだ発動していない雷球サンダーボールの角度を調節し、彼の行動をある一点に誘導させる。


 フィスは突然攻撃の仕方が変わったことをすぐに察し、誘導されていることも分かった。が、それに抗うすべを持っていなかった。


(まずいな……完全に誘導されている。このまま進めば恐らく……チッ、だったら……!)


断魔だんま


「やはり来るか……!だが遅い!」


 フィスからの攻撃を避けたミーアは最後の雷球サンダーボールが出たのを確認してから既に展開していた魔術を発動させた。


雷で起こす爆音サンダーバーン!」


「っ!?」



 ドォォォォンッッッ!!!



 突如闘技場内で響いた、まるでここに雷が落ちたかのような爆音と強烈な地面の揺れと光に、ミーア以外は驚きのあまり動きを止めた。そしてフィスはその攻撃をもろに受けてしまった。


(耳がやられた……!平衡感覚も消えて気持ち悪い……吐きそうだ……!クソが、このままだとまずいな。だったら!)


断魔だんまッッッ!」


「っ!?そう来たか……!だがさっきから同じ魔術を使っているな!」


 さっきのミーアがやったように、今度はフィスが周囲に断魔だんまの魔術式をいくつも展開し始めた。


(だが私がやったよりも数が少ない……この程度なら)


 ミーアはもう一度、フィスが展開した魔術以上の数展開し、フィスの魔術を消していった。


 しかし、彼女はさっきの猛攻を防いだ際の彼の魔術の特性を見落としていた。


(……ん?何か違和感が────っ!?)


 その違和感に気づいた彼女は慌てて雷球サンダーボールではない別の魔術を展開し、を対処せざるを得なくなってしまった。


(まさか────ラグをなくして魔術を展開するなんて……!?)


 その普通だったらあり得ない事実が、彼女の腕を少しだけ鈍らせたのだった。



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 この後19:00に第5話を投稿します。

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