第3話
連れられた先はこの街にある闘技場だった。そこには他の街からも来たのだろう犯罪者が大勢いた。
「……凄い人数だ────あ、あいつ捕まってたのか」
「なんだフィス、知ってる奴いたのか?」
「あぁ。昔狼剣組の構成員だった奴がいたんだよ。でもなんかすぐに別のとこに飛ばされてたんだが……その飛ばされたとこでやらかしたんだな」
「へぇ……そうなのか。強かったのか?」
「ほらあいつ、筋肉だけはあるだろ?でもバカだったし鈍間だったから、正直雑魚だったな」
「そうなのか……」
言ってロウィンは何か考え込み始め、黙ってしまった。
(どうせ、抜け出した先で仲間にすべきかどうか考えてんだろうなぁ……)
フィンはそんな彼の性格をある程度把握していたがために、いきなり黙ったとしても特に疑問には思わなかった。
「貴様ら!」
すると、突然後ろから大声が聞こえてきた。その声の主を探すべく後ろを向くと、そこには一人の兵士が台の上に立っていた。その手には声を大きく発することのできる魔道具が握られていた。
「これから貴様らは戦場に出てもらう!今すぐにだ!」
「「「「「っ!?」」」」」
その言葉に闘技場にいた犯罪者のほとんどが驚きのあまり目を大きく見開いた。彼らは全くではないがあまり今の国の状況について牢屋にいたせいで分かっていない。
だがここにいる大抵の犯罪者が戦争が始まった後に捕まった者ばかりで、つまり国は自分たちに遂に“死ね”と言ってきたと同義だと受け取った。
「ふざけるな!」
「俺たちに死ねと言うのかよ!」
「窃盗しかしてないんだぞ!重すぎじゃねぇのか!」
当然、そんなの許せるわけが無かった。憤りを覚えた彼らは口々に批判を口にする。単純に死にたくなかったからか、それとも勝手に決められたことが許せなかったのか。どちらにせよ、今叫んでいる彼らの中でこれは許せなかったのは同じだった。
「黙れ犯罪者共!これは既に決まったことなのだ!お前らがとやかく言う資格などない!だったら最初から捕まらなければよかったのだ!」
「っ!?」
「だからってやりすぎだぞ!」
「強権反対!」
「舐めた口言ってるとぶっ殺すぞ!」
とうとう犯罪者の内の一人の口から物騒な言葉が飛び出し始め、どんどん犯罪者らと兵士らとの間で言い合いはヒートアップしていく。
それをフィスとロウィン、そして俯瞰したまま黙っている他の犯罪者らは冷めた目で見ていた。
「どれほど騒いでも変わらないのにな」
「もうちょい熱が上がれば殴り合いとか始まるんかな」
「ははっ、そりゃあ楽しみだ」
ロウィンがそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべながら、自分たち以外にも冷静にしている人たちに目を向けた。
「ふぅん……駄目だな」
「駄目って?」
「ほら、あいつらだ」
そう言ってロウィンは冷静にしているのとは別の、数人の集団に目を向けた。そこにいた奴らは周りをきょろきょろして、まるで何かに怯えているかのように体を出来るだけ小さくしていた。
フィスも最初はまるでここに来るはずのない奴らがどうして、と思ったりはした。が、どうでもいいと意識の外に追いやっていたため、眼中に入っていなかった。
「ビビってやがる。なんで捕まったのか、分からないって思えるくらいにな」
「どうせあれだろ?強盗の片棒担がされたとか、そんなんだろ。若いし」
「……お前も十分若いだろ。てか、若すぎるだろ。前から思ってたがお前何歳だよ」
「え?15歳だけど?」
「……若ぇなぁ。お前何歳の時から狼剣組のボディーガードなんてやってんだよ」
「えっと……確か────」
その時だった。
「────静かになさいっっっ!!」
「「「「「っ!?」」」」」
突如魔術で大きく響いた、幼いながらもはっきりとした女性の声によって闘技場に静寂が訪れた。そして兵士含め皆がその声がした方を向いた。
闘技場の観客席。そこに身なりの良い金髪の女子が腕を組んで見下ろしていた。
「お、お嬢様、ここには来てはいけないと言われているでしょう!?」
「五月蠅いわね!別にいいじゃない!」
(あの服装、結構いいやつ着てるな。貴族か……にしても、かなり気が強そうだ)
フィスは見た目と“お嬢様”と呼ばれていたという二つでそう判断したが、あながち間違っていないと思っている。彼の中にある一種の固定概念みたいなものが、貴族のイメージを固めていた。
そしてフィスが彼女を観察していると、ふと彼女の目が彼の方を向いた。
「ん?」
「……いた」
しかしその視線は彼女がフィスには聞こえない声で何か呟くとすぐに別のところに向いてしまった。
(……目が合った?偶然か)
「んだよガキが!」
「こんなとこにガキがでしゃばってくんな!」
「っ、だから黙りなさいって言ってるでしょ!少しは私の言う事が理解できないのゴミ共が!」
「……あーあ」
火に油を注ぐとはまさにこのこと。これからまた更に言い合いの殴り合いが白熱していくと即座に察したフィスは呆れて思わず声が漏れた。
「これは……更に混沌と化すな、これ」
「……もうどうなっても知らねぇ」
ロウェンは匙を投げた。と言うか、もう関心を向けるのをやめたようで遂に地面に寝転がり始めて、寝ようとしていた。
「何か進展があれば教えてくれ……」
「え、俺も寝ようとしてたんだけど」
「お前は起きてろ。どうせすぐに動く」
「……」
予言じみたロウェンの言葉に、フィスは何か嫌な予感がした。こういう時によくロウェンはこう言った、まるで最初から知っているような口調で予言じみたことを話すのだ。
そして、それは大抵当たる。
遂に令嬢の護衛の一人までもが怒りに任せて言い争いに参戦し始めたその時、何の突拍子もなく再度彼女は自身の魔術で拡声させて、叫んだ。
「────決めたわっ!今この場で生き残ったやつを私────キアラ・ミレニアの護衛にするわっっっ!!!」
ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべながら彼女はそう宣誓する。
その一言は煩かった闘技場をこれまた一瞬で静かにさせ、次の瞬間、犯罪者の一人が近くにいた者の頭を、縛られたままの拳で殴りつけた。
「おおおおおおお!!!」
「死に晒せっ!」
「ヒャッハーッッッ!殺してやらァ!」
殴り殴られ、蹴り蹴られ。闘技場の地面に夥しい血がいくつも飛び散り辺りは地獄絵図と化した。
いきなり始まった本物の暴力の応酬に、何故か令嬢は満足そうな笑みを浮かべ、近くの護衛は少しだけ顔を青くしていた。
「お、お嬢様……このままでは戦力が」
「戦力……?知らないわそんなこと。そもそも戦争って言ったってただ睨み合いしているだけじゃない。あの馬鹿王太子がやらかしてちょっとだけ劣勢になってるだけで」
「……ちょっとどころではないです。もしかしたら、この街が落とされる可能性があるくらい、ヤバい状況です」
「へぇ……?だったら猶更こうするべきよ。中途半端な戦力なんて邪魔なだけだわ」
「……何か、考えがおありで?」
「一応あるけどほとんど無いと言っても過言ではないわ!」
「お嬢様!?」
そんなちょっとした茶番が上で行われている中でその下では血で血を洗う殴り合いが起こっている……何ともカオスな状況である。
(うっわぁ……ロウェンの言った通りだ。取り敢えず────)
そんな状況下でも、フィスは冷静だった。すぐに自分とロウェンの腕を縛っている縄をそれぞれ魔術で切っていつでも腕を動かせる状況にした。
いきなり縄が解かれて腕が自由になり一瞬驚いたロウェンは“サンキュー”と言ってゆっくりと立ち上がる。
「はぁ……」
「死ねっ!」
ザシュッ!
「がっ!?」
「……ロウェン」
「……流石に命が惜しいからな。少しはやってやるよ。おらっ」
「ぐへっ!?」
「めんどくさくなってきた……でもなぁ」
「さっさと終わらせればいいじゃねぇか。お前にはそれを成せるだけの力があるんだから。こいつにやったみたいに……よっ!」
「……」
体を失って転がった頭をロウェンは遠くに蹴飛ばした。その威力はおよそ生身の人間が出せるような威力ではなかった。彼も魔力で体を強化できる一人だったのだ。
その頭は物凄い勢いで闘技場の外は疎か、街の外にまで飛んで行ってしまった。きっと最終的に森の中で腐り果てるのだろう。
哀れである。
「はぁ……やるかぁ」
「俺には当てるなよ?」
「大丈夫。お前以外に設定するから。ざっと見たけどお前くらいしか知り合いいないし」
「……お前の知り合いって狼剣組のボスと俺と……あとは」
「第二幹部のカナさんと、俺用の剣を打ってくれたバルカスの二人?」
「あぁ……彼女とあのおっさんか────え、カナさんを思い出したらなんか悪寒がしたんだけど……てか、交友関係狭すぎじゃないか?それに同年代の知り合いが一人もいないなんて」
「裏で生きてきたんだ。それくらい当たり前だろ。同年代なんてみんな雑魚すぎてすぐ死んだし」
「……お前が異常なだけだ。んじゃ、ササっとこいつら全員殺ってくれ」
「……この後ロウェンが何かしようとしているかは大体わかるけど、くれぐれも、俺の邪魔だけはしないでくれ。俺はただボスの元に戻りたいだけなんだから。強化術」
言いながらフィスは準備を始める。最初に彼は自身の体に染まる直前の魔力を全身に流し始め、体を強化しそれを維持し続ける。
強化されたまま消えないことを確認した後自分の魔力量を確認する。流石に人数が人数なので、今回は何も省略せずに魔術を展開させることにした彼は目を瞑り、唱えた。
「森羅万象、この世の全てに宿るものを断たん。我は全ての裁断者なり。応えよ。天地万物、魔の根源よ────
フィスがそう唱えると彼の周りだけ少しだけ空気が変わり、右手に紫色の靄がかかり始めた。
「────
最後の呪文を唱えたフィスは一気に闘技場の中を目にも止まらぬ速さで縦横無尽に駆け出す。その姿は見えることなく、多少の砂埃を起こしただけだった。
直後、彼が通った箇所全てで一瞬何かが煌めいた。
「「「「え────」」」」
瞬間、その煌めきによってこの場にいた犯罪者らの首をゆっくりと断末魔の声を上げることなく地面に落とした。
あまりにも現実離れした現象にこれを成したフィスと最初から顛末を知っていたロウェン以外の全員が驚きのあまり固まってしまった。
そして、切断された首から大量の血が一斉に噴き出し、それがまるで雨のように闘技場を満たしたのだった。
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