第2話②

「…なあ、いい加減機嫌直しちゃくれねぇかい八歳さん!」


 翻って、春の国は政を司る桃林宮とうりんぐうと呼ばれる宮の廊下を歩く八歳と青羽。


 留里と同様と言う程ではないが、春の国の生糸で織られた上等な女官衣を着た八歳が、辟易した表情でまとわりつく自分に一切目もくれず、宮長みやおさに任された仕事を淡々とこなしているものだから、青羽は盛大に溜息をつく。


「…ったく。いつまでもそんな態度だと、愛しののいる桜花宮へ推挙するって話、反故にするぜ?」


「どうぞご勝手に。宮長様、余所者の私を大層かって下さってるんです。貴方の情けなど無用の長物。私は自力であそこへ行き、どんな手段を使ってでも、留里様と島へ帰ります。」


「だーから、それは諦めろって言ってるだろ?春の国は勿論、夏の国あっちにだって、なりと留里様の婚姻は知れ渡ってんだ。あんた一人でどうこうできる状況じゃねぇんだよ。そりゃあ、黙ってたのは謝る。ただ、言えばアンタは絶対、留里様の入内を反対したろ?」


「当たり前です!留里様はまだ十五ですよ!?それを、いくら天上人とは言え会って間もない殿方と無理矢理婚姻だなんて!慣例か何か存じませんが、酷すぎます!!私は、留里様には互いに愛し合う幸せな結婚をして欲しかった!なのに…」


「ああ。それに関しちゃ心配無用だ。白露の話しじゃ留里様、最初は戸惑いこそあったみたいだが、最近はよく笑ってるとよ。就とも夫婦と言うにゃまだぎこちないが、茶飲み友達くらいにはなってるらしい。ま、今までこう言うことに一切無関心だった就が攫ってこいとまで俺たちに命じたくらいだからな。大切にはするだろうよ。」


「…笑ってる。…そう、ですか…」


 言って急に立ち止まり、顔を俯ける八歳を訝しみ覗いてみた瞬間、涙がポロポロと溢れていたので、青羽はギョッとする。


「お、おい!!な、ななっ、何も泣くこたねぇだろ!!」


「だって、留里様が、私の大切なあの方が、何だか遠くの…手の届かないところに行ってしまわれたようで…私…」


 そう言ってメソメソと泣き出したので、他の官吏達は一斉に青羽を白い目で見つめるものだから、遂に根負けしたかの様に、青羽は天を仰ぎ溜息をつく。


「分かった。分かったよ。一日だけ、一日だけ留里様の居る桜花宮に連れてってやるよ。ただ、念を押すぜ?もう留里様は就の妻で春の国の王妃だ。間違っても、海を渡ろうなんて考えるなよ?いいな?」


「………」


「八歳さん。」


「分かりました。」


 不服そうにだが頷く八歳を見て、青羽はガシガシと頭を掻く。


「ったく。俺らも大概就に甘いが、あんたはそれ以上だな。いつから留里様の元にいたんだい?」


「……忘れました。」


「えっ?」


 瞬く青羽に、八歳は凛とした表情で言葉を紡ぐ。


「留里様のお父上様に側役としてこの名を頂き召し上げられた時に、父母も元の名も、全て捨てました。私は、八歳は…留里様の為だけに存在している身なのです。」

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留里の海 市丸あや @nekoneko_2556

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