第1話⑤
「ん…」
暗い夜が明け、小屋の隙間から差し込む光で目覚めた留里は、助けたはずの若者がいないことに瞬き飛び起きる。
「やだ…まさか、島の中に…?」
衣服は海護のものだが、あの肌の白さだけは、日に焼けた一族の男達の中ではあからさまに目立つ。
なにより、長である自分が余所者を連れ込んだと知られたら…
ドキドキする胸を抑えようと、首に掛けていた御神体の瑠璃の玉を握ろうとしたら…
「えっ…」
あったのは、首飾りの組紐だけで、先端に結えられていた、海護の長が代々受け継いできた宝玉は、どこをどう探してもない。
「どうしよう…」
島に余所者を連れ込んだだけでも後ろめたいのに、大切な御神体まで無くしてしまった。
どうしたものかと考えあぐねいた末、ことの顛末を正直に八歳に伝えようと決心した時だった。
浜の方から、ザワザワと人の声が集まってきていて、留里は身を固くする。
「…恐れては駄目。長として、きちんと役目を果たさなくては…」
御神体を無くした今、自分には長である資格は無いが、せめて自分で蒔いた種は自分で処理しようと、意を決して小屋を出た瞬間だった。
「えっ…」
目の前に広がったのは、翼の生えた紅色の妖魔に沓を付けて乗り物の様に従えた、やはり紅色の鎧と長い髪を一つに結んだ女性と、鎖帷子を纏っているが、面差しが生薑に瓜二つの男性が、何やら八歳を筆頭に島民と揉めていた。
「八歳!!」
慌てて八歳の元に駆け寄ると、彼女は青ざめ自分を庇う様に抱きしめてきたので、留里は瞬く。
「何だよ。まだいたじゃねーか。歳の頃十四、五の小娘。」
「えっ?!」
生薑によく似た男の言葉に瞬き、八歳の腕の隙間から辺りを見やると、近くには自分と同じ歳の頃の海護の少女が並んでいた。
「ったく、聞いてねぇぞ。あのバカ
「あ!」
男の手には、無くしたはずの瑠璃の玉…御神体が輝いていて、思わず声を上げた留里の口を、八歳は慌てて塞ぐ。
「どう言う経緯でそれを手に入れたかは存じませんが、それは我々が命の様に大切にしている物。お返し願えませんか?」
睨め付けながらも冷静に交渉する八歳に、男は大きくため息をつく。
「そうはいかねーんだよ姉ちゃん。俺らはある方の命令で、この玉の持ち主を連れ帰れって言われてるんだ。素直に持ち主を差し出してくれりゃあ、ことを荒立てるつもりもねぇ。なあ、悪い取引じゃねーだろ?」
「どのような御方の命か存じませんが、要求には応じません。その玉を置いて立ち去りなさい。でなければ神罰が下りますよ?」
「神罰…ねぇ…」
頭を掻きながらぼやく男とは対照的に、紅色の女は涼しい表情で、八歳の腕の中の留里を見つめる。
「なあ
ぼやく男の言葉に、白露と呼ばれた赤い髪の女性は、スラリと鞘から刀を抜き、騒ぎを傍観していた老爺を無言で斬り殺す。
忽ち周囲からは悲鳴が立ち上がり、八歳は
「…さあどうだ。其方がその大事に抱えている娘を渡さぬから、大事な朋輩が一人死んだぞ?其方の言う神罰が真なら、狼藉を働いた私は雷にでも打たれるか?はたまた波が荒れ狂い海に引き摺り込まれるか?さあ、神罰とやらを起こして見せよ。できぬなら、次はそこな老婆が血に染まるだけ…」
言って、白露と言う女が腰を抜かした老婆に刃を振り上げた時だった。
「やめて!!!!」
「!?」
「留里様!!」
おやめ下さいと宥める八歳の腕から抜け出し、留里は震えながらも、白露の前に出る。
「無闇に島の人を殺すのは、この地を血で穢すのはやめてください。」
毅然とした態度で自分を見据える留里を満足げに見下ろしながら、白露は口を開く。
「そうはいかない。我らはあの玉の持ち主を見つけねばならない。そして、見つけるためには何をしても良いと、我らは我らの主人より命を受けている。主人の命は絶対だ。其方らが神を敬う様にな。」
「だからと言って、罪もない人の命を奪って良いはずありません。」
「ほう…なら、どうする?」
問いかける白露に、留里は身体を震わせながら意を決して口を開く。
「その玉の持ち主は、私…この海護の長、留里です。さあ、何処へなりと連れて行くがいい。大陸の蛮族共…」
「留里様!!なりません!!貴女はこの島の長である大事な御身!!行くなら私が」
「相すまぬ。それは聞き入れられぬ話だ。我らが主人が求めるのは、この玉の持ち主のみ故…」
言って、白露が留里を翼竜の妖魔に乗せようとした時だった。
「や、八歳様っ!!」
「!?」
島民達が一斉に声を上げたので白露は振り返ると、そこには抜き身の懐剣を喉元に突き立てた八歳の姿。
「八歳姉さん!!止めて!!」
声をあげる留里の肩を引きながら、白露は驚く事なく口を開く。
「どう言うつもりだ。女。折角この娘のお陰で救われた命、捨てる気か?」
その言葉に、八歳は刃を喉に突き立てたまま、白露の側に行く。
「どうしてもその御方を連れて行くと言うなら、私も連れて行きなさい。私にとって、留里様は命より大切な方。その方を失うなら、この命…無用の長物に等しき事…」
「……ほぅ。なら望み通り、その首跳ねてやろう…」
「いや!やめて!!!」
そうして留里が叫び、白露が目を閉じ覚悟を決めた八歳に刃を振り上げた瞬間だった。
「そこまでだ。白露。」
「青羽…」
「あ…」
不意に、それまで静観していた生薑の生き写し…青羽と呼ばれた男が白露の刃を持った腕を掴み、仲裁に入ったのは…
「なんだ。お前が何とかしろと言うからしているだけだと言うのに。」
「だからって、仮にも神域で刃傷沙汰はやめろ。ただの人だと侮り足元を掬われ、就元にまで害が及んだらどうする。それに…」
「それに?何だ。まさか本当に神罰などあると信じているのか?我らがいれば、就元様に何人も危害は」
「そう言って、この間逸れて危害を加えさせられたのは、何処の誰だ?」
「……っ!!」
痛いところを突かれたのか、苦虫を噛み殺す白露に、青羽は薄く笑う。
「慢心は油断を生む。荒立てなくて済むなら事をそう大きくするな。それに、世話人がいた方がこちらも何かと都合が良い。責任は俺が取るから、この刃、下ろしちゃくれねーか?」
「…………」
色々承服しかねない事もあるような表情をしながらも、白露が太刀を鞘に納めたので、青羽は溜め息をつき、その場にへたり込む八歳に手を差し伸べる。
「そう言うわけだ。悪いがそっちの嬢ちゃんと、一緒に来てもらうぜ。八歳さん?」
「………余計な真似をと言いたいところですが、恩にきます。青羽…殿。」
「八歳!!」
タッと、自分に縋り涙する留里を大事に抱き締める八歳。
「ごめんなさい!!私が…私が悪いの!!私が…」
「…良いんです。もう、何も仰らなくて。八歳の命は貴女のもの。どこまでも付いて行きます。留里様…」
「八歳…」
そうして互いに涙を流しながら、白露と青羽に連れられ、留里と八歳は慣れ親しんだ海護の島を離れ、大陸は春の国…首都『
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