4年目の温度はぬるま湯 後編
半年ぶりのゼミの飲み会。
私の生活は全く変わっていないが、同棲を始めて数か月のゼミ仲間が彼女と別れたと知った。
「やっぱりまだ結婚とかいい」
「彼女のノロケあんなに言ってたのに、何が原因なんだよ? 理想の彼女だろ?」
他のゼミ仲間が指摘した。
彼女を振ったという彼が数か月前の幸せそうな様子から一転して冷たい様子で言い放った。
「いや、同棲して思ったんだが、俺、やりたいことと結婚と両立できる気がしないわ」
友人一同、「はぁ?」と声を上げた。
「理想だったけど、そんな器用じゃないって知ったわ。とにかくやりたいことだけに集中したい」
それが彼の本音なのかはわからなかったが、彼は別れを決意し、切り出したらしい。もちろん結婚前提の付き合いを元に同棲を始めた、結婚を強く望んでいたであろう彼女に未練がましく別れたくないと泣きつかれているという話をしていた。その様子をみてゼミ仲間に私は幻滅した。女性にとっての結婚を軽く扱っているようにしか見えない。その場でも周りのゼミ仲間から罵られていた。
皆の話を聞きながら、私は前回の飲み会と変わらず何も言わなかったが、前回、ゼミ仲間に感じた感銘が逆転し、その程度の好きとは何だったんだろうと思った。あんなに熱く彼女が好きと語っていたではないか!?と負の感情をお酒で流し、飲み続けた。
ただちゃんと相手のことも考えて別れを選んだ所は私なんてより、案外にちゃんとしているのかもしれない。前にも後ろにも一切進まない私たちなんかより、ずっと。
いつも通りに酔っ払ってお店を出た。十分に休んで自分の住む家に戻った。
家に到着すると部屋には灯りが付いている。
彼が家に来ていた。
私が家に着くなり、彼は私に告げた一言。
「お前さ、不用心じゃね?」
「何が?」
「部屋の鍵、開けてるの」
「べーつーに、オートロックだからいいじゃん」
「あんなの、誰かと一緒に入ってきたら終わりじゃん」
「女だらけのマンションでさ、そんなことあったら即通報だよ」
「まぁ、ここはな。そうかもしれないけど」
お互いの合鍵を持っているから彼がいることはなんら不思議ではないが急にどうしたんだろう?
私は聞いた。
「それにしても何よ、急に。何か用事?」
「あぁ、それはごめん。ちょっと確認したくて」
そういって彼は手元のファイルからがさがさと資料を取り出す。
この家の契約書だ。
「俺の家もあと1年で更新だから、お前の家もそろそろかなと思ってさ」
「……まぁ、更新するんなら、いっそいろんな手続きも済ませたほうが早いんじゃねーかって」
「?」
「いや、そろそろ一緒に暮らすっていうかさ、籍だけ入れようかって」
え? 何、言ってんだよ、この男は。
いきなりの展開についていけない私は茫然と彼をみた。
「また契約するか、他の部屋に変えるか考えたんだよ。それぞれ暮らすよりお金もそのほうが溜まりそうじゃん。俺、物の管理もできないし……次の引っ越ししたらもうなんもみつからない気がする。お前だって次の契約でこんな女子寮みたいな部屋じゃないかもしれないし、危ないだろ」
彼の言葉が酔っ払った私の頭に直撃した。
えーと、えーと、つまり……。
私は恐る恐る彼に聞く。
「あのさ……まさかと思うけど、今の話ってプロポーズ……なの?」
彼は顔を下にした。
「だとして、何が悪い?」
もう私と彼の関係は発展しないと思ってた。だから結婚なんて思ってもみなかったから、頭の中は真っ白になった。嬉しいような、期待してなかったから驚いているような、起きていることが信じられなかった。
そんな私をそのままにして、彼は私の返事を聞かずに話を続ける。
「とりあえず、2人で住める家探しながら、手続きを進めよう。どこら辺がいいかな……」
その言葉を聞いて、私は今日、飲んだ時に彼女と別れたといったゼミ仲間の話を思い出した。
現実だと思えないような中、どこか冷静な目で見ている自分が彼と普段話している時と同じように、いたって普通に口から言葉が出た。
「埼玉県の大宮あたりに、ファミリータイプの家で家賃低い物件あるらしいよ……」
「そうか……じゃあ、そこらへんから見るか」
そこでやっと私は我に返った。彼も私と同じく、いつもと何ら変わらずに答えた。
嫌じゃなかった。いや、それだけではなく、暖かい感情が身体を巡っていた。
私と同じく彼にも別れることも、結婚するにあたっても、決定的な何かがないと思ってた。だからこの関係はこのまま何も進まないと思っていた。そんなことはなかった。彼はちゃんと考えていた。
「うん」
私は頷いた。そして結婚情報誌にもネットにもどこにも書いていない、ドラマチックじゃない私たちの日常にふさわしい一歩だと思った。
4年目の温度はぬるま湯、ここから出るタイミングを教えてください。 MERO @heroheromero
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