第3話 二人
「……へぇ、そんなことがあったんだ」
ここは村へ繋がる山道。歩きながら私に今まで何があったのかをネイアに話した。クライストパーティーやブライアンとの出会いに、あの洞窟での出来事。そして、異端審問官の拷問に、ハウシェンの召喚。そして士官たちの召喚まで。
「勇者が召喚した者たちが、前に死んだ冒険者たちの姿をしている……おかしいな。何でだろう」
『後にハウシェンに聞けば分かるかもな……それはともかく、念のために聞くけど、ゾンビのことは知らないのか?』
あの洞窟で会ったゾンビたちは何だったんだろう。エリーヌは黒魔法の気配がするって言ったけど。
「……ここら辺には皆の工房があっちこっちに隠されている。そこにあったゾンビが脱出したのかも。でも、セベウから南か……ごめん、ちょっと分からない」
『まあ、良いよ』
今はどうでもいいことだ。そう思っていると、遠くから村の姿が見える。
『ふぅ……着いたか』
「勇者、疲れてない?」
『まあ、大丈夫』
山道を辿って行くと、村にやっと辿り着いた。にしても、入り口からここまで来るのってかなり大変だな。そう思いながら村に入ると、数百の村人が私たちを迎えた。
「ゆ、勇者が来た……」
「さっき聞いたけど、勝ったって本当……?」
「ちょっと待って、腕が……!」
こいつらは私をじろじろ見ながらこうやって騒めいている。うるさいな。
「勇者よ、皆待っていたぞ。それで、どうなったのだ?話してくれ。先に帰って来た者たちからは聞いたけど、どうも信じがたくて、お主の口から直接言ってほしいのだ」
私の前にヨイドが現れる。彼はどうやら不安がっているのか、ソワソワしている。先にここに戻った魔女たちが勝利を知らせたようだけど、信じられないのだろうか。なら直接話してあげるか。
『ああ、その通りだ。敵を殲滅し、首である辺境伯を降参させた。それだけ』
「おお……!」
「本当に、勝ったんだ。すごい……」
町は静かにどよめく。彼らから静かな喜びと、心が高揚感に満たされていくようだ。
「おめでとう、勇者よ!何か勝利のお祝いでも……」
ヨイドは私たちを労いたいようだ。勝利したらそれなりのお祝いをする。それもありだな。だが、
『いや、勝利に喜ぶにはまだ早い。今は別にやることが多い』
そう。味方がどれぐらい被害を負ったかの確認から捕虜の処分に至るまで。そして、今後のことも考えないとだ。
「お、分かった。ならわしらは何をすれば良いんだ?教えてくれ」
ヨイドが村人を代表して私に指示を求めるようだ。なら何か指示をしないと。
『特に指示を出さない限り、いつものように生活しても構わん。だけど会館はちょっと使わせてもらう』
今は指示を出すにも別にさせることはない。一旦、会館で今後のことを考えないとだ。ハウシェンも後で呼ぶとして、ヨイドやベルキー、ゼフも呼ぶとするか。
「わ、分かった」
そうやって村は元の通り動き出す。そんな中、私とネイアが会館に入る。ここはさっき作戦を考える時にも使った場所だ。会議に適しているから今後も使わないと。中に入って椅子に座る。
(……はっ、捕虜に関してですが、彼らは今皆殺しにした方が良いかと)
さっきハウシェンが言ったのが脳裏によぎる。虐殺、か。
『ネイア、聞きたいことがある』
「うん?」
『さっき、捕虜を捕まえたでしょう』
「辺境伯とか、その部下のこと?」
『ああ、その人たち、どうすれば良いのかなって』
「どうするって……」
こんな風に言ってもこの子には伝わらないようだ。ならストレートに行くか。
『降参した者たち、皆殺しにした方が良いかもだけど、どう思う?』
「……え?」
ネイアの目が点になっている。驚いたのか。そりゃ驚いてもおかしくない。
「それ、どういう意味?もっと詳しく教えてよ」
『いや、敵を降参させたのは良いけど、それをどうすれば良いのか分からなくてさ。どうすれば良いと思う?』
「捕虜は……うーん……」
ネイアはじっと考え込む。頭をひねているようだ。
「ごめん、僕、捕虜は捕まえたことないから、何とも言えない……」
ネイアは落ち込んだ表情でそう話す。まあ、そうだろうな。捕虜って私も初めてだし、こういうのは色んな意見を聞いてから考えないとだ。
「でも、」
ハウシェンに現状を聞こうとする際、突然ネイアが口を開ける。
『でも?』
「み、皆殺しは、いけないと思う。その人たちは僕たちの敵になることを諦めたんだから、それなりに待遇しないと。いきなり殺すとか、ダメよ。うん」
それがあいつの意見か。捕虜にはそれなりに待遇するべき、それもそうだな。
『分かった。一旦、人でも呼ぶか』
論議をするためにはハウシェンや、ベルキー、ヨイドも呼んだ方が良いだろう。辺境伯から取り調べをしたかったけど、少し後に回すか。
(……ハウシェン、現状は?)
右手の指を頭に当て、ハウシェンを呼び出す。
(はっ。現在捕虜の武装の解除が完了し、戦場の後片付けも終わりました。回収した装備は村の方に運ぶ予定です。今のところ、新たな敵勢力の襲撃の様子はありません)
(もうそこまで終わったのか。死体はどうした?)
(はっ。手が足りないため、人や馬の死体は一旦戦場の隅に集めておきました。今としてはそこに置くしかないと判断します)
人間兵や召喚兵を合わせてもそれぐらいの死体を運ぶのは難しいのか。そして装備の運搬まであるし、捕虜の監視までしなくてはいけない。死体をわざわざ運ぶ余裕はないだろう。
(分かった。死体はそこに放っておけ。そしてベルキーの部隊や捕虜を含めて全て村に戻るように)
(了解しました)
『もう全員ここに来るみたいだ。そうするにはもう少し時間が必要だろう。ちょっと休もうか』
今までまとっていた鎧を外そうとするが、その時気付いた。片腕がないせいか、思うように脱ぐことができない。左腕がないと、こんなに不便なのか。
「ぼ、僕が手伝ってあげるよ。勇者」
ネイアが私に近寄って鎧を外してくれる。まず胴鎧からして、ガントレット、チェインメイルを外してくれる。次に靴まで脱ぐが、中に溜まっていた血が零れていく。溜まっていた血をしみ込んでいた裸足がその姿を現す。
『うわっ、血が……』
「うっ……!大丈夫」
そうやって何とか防具を全部外すことができた。
『ふぅ……こうやっていると、すっきりするな』
そう。今更のことかもしれないが、防具って本当に重くて不便なものだ。着るのも大変だし、着た後も動くのは極めて息苦しい。こうやって防具を外すと、体が本当に快適だなと肌で感じる。
「……ちょっと待って、洗えるもの持って来るから」
『うん?』
ネイアはそう言い、部屋を出てどこかからたらいとタオルを持って来た。
『え?洗ってくれるの?』
「うん。だって勇者、今血塗れだから。自分の姿見てみてよ」
言われた通りに自分の姿を見る。顔は見えないが、確かに体中が汗と血にしみ込んでいる。敵兵を殺した時の返り血なのか?いや、それもあるけど、これはブライアンとやり合った際のものだろう。彼から攻撃を受けた際のものと、私が彼の頭を壊した時に着いた返り血。その両方に違いない。
『そう言えば今更のことだけど、私ってちょっと臭くないか?』
そう。体は血塗れで、その上に緊張と恐怖による汗もかなりかいだ。臭わないはずがない。
「うん。こういうこと言うとあれだけど、ぶっちゃけ臭いよ、勇者。正確に言うと血生臭い。だから僕が洗ってあげる。じっとして」
『……うん、ありがとう』
どうせ腕も一本ない状態だし、一人ではまともに洗えないだろう。静かにネイアに体を委ねる。
「よい、しょっと……」
水を含んだタオルで体の汚れが取られていく。固まった血も水に溶けて流され、体が清潔になっていく中、静寂が訪れる。
「ね、勇者」
『うん?』
突然ネイアが口を開ける。
「ハウシェン何の話をしていたの?」
『え?』
思わず少し驚いてしまう。……質問の意図が分からないな。
「いや、僕気付いているよ。さっきの戦場と言うか、今もそう。ここに来てもハウシェンと何か話したんじゃないの?」
『……うん。そうよ。どうやって知った?』
「僕、感良いから、何となく分かる。自分が召喚した兵士とは会っていなくても話せるとか。そんなもの?っていうか、何の話してた?」
私の予想よりネイアは感が良い方みたいだ。別に隠す気ではなかったが、私がハウシェンと連絡を取り合っていたのを察したのか。
『特に、連絡を取り合って指示を出したんだ。死体や捕虜をどうするかみたいな』
「へえ……」
『今まで言う機会がなかったから言えなかったけど、前に糸の話をしたでしょう。繋がっていると意識で意思疎通ができるんだ。今まで何回か使ってた』
「そうなんだ。じゃ、それ使うたびに教えてよ、何の話してたのか……ちょっと気になるから、僕」
『まあ、分かった』
別に不安がられることではないと思うが、まあ、そんなに言うなら仕方ないか。そう考えていると、ネイアは私の脇、というか、もういない左腕のあった切断面を拭いてくれる。傷は完全に収まって、痛みは感じられない。
「……これ、痛くない?」
『ああ、大丈夫。なぜかは知らんけど』
タオルに触れた時、痛みが走るのではないかと怯えていたか、そんなことはなかった。ネイアはその傷を丁寧に拭きながら、言い始める。
「こめん、勇者。僕のせいで……」
ネイアの手が震えるのが感じられる。
『うん?』
「僕が、もう少し頑張れたら、こんなことにならなかったかも知れなかったじゃん……」
少し震える声。どうやら私の傷のことを心に溜めていたようだ。戦闘で私が障害を負ったのへ罪責感を持っているのか?
『別に、お前も十分に頑張ったと思うよ。全員、できる限りを尽くした。これが最善の結果よ』
あの短い時間のうちに動員できる全てを集め、使い切ったつもりだ。もうあれ以上のことができただろうか。自分には分からない。そしてこの子も自分の能力を酷使しながら私のために頑張ってくれた。一人だけ罪意識を抱える筋合いはない。
「でも、ごめん。僕たちのために戦わせて、あんな傷まで負わせて……勇者、本来ならこんなことしなくても良かったのに、僕が、自分の都合のために呼び出してしまって、こうなったんだから……そう考えると、何だかたまらなくて……」
ああ、そう言うことか。あの戦闘だけでなく、私を呼び出してしまったことまで踏まえての罪意識なのか。確かに、ネイアから見ればそうかもしれないな。自分の都合のために、いきなり何の関係もない人を呼び出して、死に際に至るまで戦わせてしまったのだから、そこに済まなさを感じているのか。
「それに、片腕までなくなって……さんざん苦労させただけでなく、障害まで負わせてしまったよ……こんなの、僕のせい。だから、」
『だから?』
「だから、僕がもっと尽くさないと……」
私の目を見ながらそう言い出すネイアの目には、少し涙が溜まっているように見える。
『……ふむ』
この子が今私をどう思っているか、何となく分かった。自分らを助けてくれたことへのありがたさと、自分のせいで傷だらけにさせてしまったという罪責感が重なっているのか。さっき言ったことが思い浮かぶ。これから自分は勇者の左腕って、そう言う意味だったのか。
『なあ、聞きたいことがある。私って、ありがたいと思っている?』
一旦自分に取って大事な質問を投げてみる。
「うん?あ、うん。そうだよ。勇者には、ありがたいと思っている」
まあ、そうだろうな。なら良かった。
『そう、なら別にいい。お前が特に罪悪感を抱く必要はないよ』
「うん?」
自分はこの状況についてどう思っているのだろう。それを考えながら、言葉を紡ぐ。
『私って、別に前の生に未練がある訳でもないから、ここに来ても大した問題なかったんだ』
そう、前の人生も、卓郎をぶっ刺した以来めちゃくちゃだったし、かなりだるい人生だった。だから前の世界に戻りたいとか、あまり思っていない。
『まあ、でも戦うのはかなり大変だったな、うん』
いやあ、この世界って、慈悲がないって言うか、思ったよりもシビアでかなり苦労した。特にブライアンと戦う時は……あれはもう二度とごめんだ。
『でも、その中で感じたことがあるんだ。誰かのために戦うのって、悪いだけではないって』
それは、今まで敢えて言わず、ただ微かに感じ取っていた気持ち。そう、前の生を含め、今までは自分のためにしか戦わなかったけど、初めて自分でない他人のために戦うことができた。まるで以前の自分みたいに、周りから苦しめられる彼女らを助けてあげる。それはやりがいを感じて、胸が膨らむことだった。
『だから、私に罪意識を持たなくて良い。自分で好きでやってる側面もなくはないんだし。そして、ずっとごめんって言われ続けるのも、気が重くなるから嫌だし。ありがたい時は、ありがとうって言ってくれれば、それで十分だ』
「あ、うん、ごめ……じゃなくて、ありがとう、勇者」
そうやって、ネイアは私に感謝の言葉を口ずさむ。これって、悪くないな。
『それより、顔、拭いてくれない?』
体を拭いてくれるのは良いけど、ネイアはまだ私の顔を拭いてくれなかった。実のところ、顔は戦いのせいで自分が流した汗と血、倒した者たちの帰り血でかなり汚れている。いや、人によっては物騒だなと思うぐらい血塗れの怪物みたいなものになっているだろう。
「あ、うん!今から拭いてあげるね。じっとして」
そうして、ネイアが水を含んだタオルで私の顔を優しく拭き、顔の血が消えていく。これ、快適で良いな。ネイアの、サファイアのように透き通った紫の瞳が私を見つめている。それを見つめるに夢中だったため、その口から小さな独り言が漏れたのを私は気付けなかった。
「……勇者は、僕の半分……」
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