第1話 戦場の上で
『はぁ……』
「ゆ、勇者。大丈夫……?」
戦闘は終わり、決着は着いた。泥の海に変わった大地は元に戻り、辺境伯などの数十の敵の生き残りは降参。遠くにいた敵の歩兵は逃げ出し、少数が降参した。そして、援軍に来たブライアンをこの手に掛け、メディニアが来て、あの剣士と盗賊が来て、逃してやって、もはや彼らの姿は見えない……
『ふぅ……ああ、大丈夫だ』
血塗れになった私は、何とか意識を失えずに地面に挫いている。まだ起き上がる気力がない。こうして座っているのが限度だ。そんな私を、ネイアと数人の彼女の仲間が来て、回復魔法をかけてくれたようだ。薄暗い緑色の光が体を包み込み、何とか致命傷は直したのか。だけど魔法に限度があるのか、切り落とされた左腕は元に戻らず、傷口だけが収まっていく。
「ごめん、勇者。左腕、何とかしてみようとしたけど、ダメみたい……」
ネイアを見ると、雑巾のようになっている私の左腕を大切に持っている。その顔を見るに、それを元に戻すことができなくて、自分を責めるような表情をしている。
『……』
その腕を見る。血と泥、そして傷のまみれで、到底使えそうにない。魔法には詳しくないが、あれを生かすことは無理だろう。
『まあ、大丈夫だ。腕一本ぐらいなくても、生きていける。それより、起き上がらなくては……』
何とか力を振り絞り、立ち上がって現状を確かめる。戦闘が終わり、ベルキーの兵士たちはほぼ全員がくたばっている。戦闘で疲れて脱力したのか。そしてベルキーは、ゼフや他の何人かと降参した敵の武装を解除させている。そうだ、ハウシェンを探して見る。ハウシェンは各部隊に指示をして、戦場の後片付けをしているようだ。彼女の指示の元、何人かが死体を運び、戦場の隅に集めている。そして何人かは死体や捕虜、地面から武具を回収している。
『一旦、動かなくては。現状を確かめないと』
そう思い、ハウシェンの所に向かおうとする。体の調子は、大分良くなった。
「え、勇者、どこに向かう気?」
『ハウシェンの所に。付いて来て』
「う、うん」
脚に力を入れて、ハウシェンの方に向かう。その時、あることに気付く。
『ネイア、お前の仲間、もう解散して良いぞ。お前が指示しといて』
戦闘も終わったのでもう魔女たちがここにいる意味はない。そして、見た限りだと、彼女らもかなり疲弊している。そろそろ自由にしてあげないとだ。
「うん、皆!もう、返っていいって!」
「そ、そう……」
「ふぅ……疲れた。実はさっきから帰りたかったんだけど、何があるか分からないから心配で行けなかったんだよね。じゃもう帰るわ。お疲れ~」
「か、帰ったら洗わないと……実は、さっき怖すぎてちょっと漏らしてしまったんだ……」
そう言いながら、黒いローブをまとった彼女らは村に向かっていく。
『ネイア、お前も行って良いぞ』
さっきは気付かなかったが、ネイアの顔色もかなり悪い。魔法を使いすぎて疲れたのか、彼女の顔はまるで二日ぐらいは徹夜した人のものに見えて、今でもすぐに倒れそうだ。せめて休ませてあげないと。
「……いや、僕は大丈夫から、勇者の隣にいないと」
だがネイアは私の側にい続けたいようだ。
『え?何でだよ。お前、顔色悪いから休んで方がいい』
「ダメ。だって、勇者、腕がないから。僕が手伝ってあげないと」
『あ?』
ネイアはちらちらと私の体を見ている。私に左腕がないのを気に掛けているようだ。心配、してくれるのだろうか。
「これから、僕が代わりになるんだから。勇者の、左腕に」
『……』
左腕、か。それを聞いてさっきネイアに告げたのが思い浮かぶ。私は、ネイアの半分。そしてネイアは私の左腕か。謎めいた共依存だな。まあ、良いだろう。
『左腕、ね。ありがとう。じゃ付いて来い。疲れた時には言ってくれ』
「うん!」
ネイアはそうやって元気な返事をする。しかし、無理矢理元気なふりをしているのが目に見えるな。そう思いながら一旦、ハウシェンの方に向かう。
『ハウシェン、現状報告を』
私はこの軍の指揮官。この場に何が起きているのか確かめなくては。そう考えながらハウシェンに報告を促す。
「はっ。戦闘終了後、今は戦場の後片付けをしている最中です。部隊の半分は捕虜の武装の解除を、半分は死体を集めています」
『死体を集める?』
「はっ。死体を戦場に放置してしまうと、後に疫病の原因になるのではないかと判断しました。人、馬関係なく、全ての死体は埋蔵するか、燃やす方が良いかと」
確かに死体を放置すると後に問題になるかもだ。だけど、全部燃やすのか。そうするのも悪くはないけど、今はそれより良い方法があるのではないかと何となく思う。その具体的な方法は分からないけど、燃やすと灰になって消えるのみだ。
『別に燃やす必要はないだろう。一旦集めて置くだけにするように。捕虜の現状は?』
戦闘は終わったけど、ここには味方だけがいる訳ではない。辺境伯筆頭の、降参した敵兵たち。彼らをどうすれば良いのだろうか。っていうか、その数も私はまだ知らない。
「はっ。捕虜の数は総計119名です。現在彼らの武装を解除して、身柄を拘束しているところです。戦闘による味方と敵側の被害は、まだ調査が終わっていません。後に報告します」
『そう、分かった。って、スケルトンは?』
最後の最後に使ったスケルトンの軍勢。威力はそれほど大したものではなかったが、意図した役割を果たしてくれたものだ。今どうなったのだろう。
「勇者、あれ」
ネイアが私の袖を引っ張り、遠くの方を指差す。
『うん?』
そこを見ると、さっき敵の歩兵たちが逃げ出したところに、無数の骨が散らばっている。
『あれは、骨?』
「うん。さっき起動させたのは良いけど、魔力が足りなくて途中で切ることにしたんだ。それで今はただの骨になっているの」
魔力が足りなくて動きが止まったのか。魔力も無限ではないし、スケルトンもその存在の維持に魔力を使うとは。別に魔力を流してくれなくても動けば便利なはずなのに。
『まあ、いい。でもまた利用できるのならまだ良い。村まで運ばないとだ』
「う、うん。私が皆に言っておくね」
『ああ、ありがとう』
後片付けが終わった後、村に戻る際にベルキーたちや私の兵士たちに運ばせると良いだろう。そう考える時だった。
「……」
ハウシェンは周りを見渡し、ネイアをじっと見つめる。何かを考えているようだけど、表情が硬すぎるので何を考えているまでは分からない。ネイアはそれに少し怯える様子だ。
「……ここなら、話しても特に問題ないか」
「う、な、なに……?」
『?ハウシェン?何かあるのか?』
(……はっ、司令。提案があります)
『うん?提案?』
「……うん?なに、勇者?」
ハウシェンは口ではなく内側を通して話し掛けてきたので、思わず口で返事をしてしまった。ネイアには私が急に独り言を喋ったように見えただろう。でも、何でいきなり?ネイアには聞かせない理由でもあるのか?
『あ、いや、何でもないよ』
(……ハウシェン、いきなり何だ?)
(はっ、捕虜に関してですが、彼らは今皆殺しにした方が良いかと)
『……え?』
ハウシェンのそれを聞いて、一瞬胸がゾッとする。何でいきなり?
「ゆ、勇者、どうしたの?」
私の気配で何か察したのか、ネイアがそう尋ねる。
『ああ、いや、何でもない。気にしないで』
一旦ネイアには適当に言い濁し、ハウシェンにその意図を問う。
(ハウシェン、それはどういう?)
(はっ、現状を踏まえて考えたのですが、我が軍、ひいてはあの村の者たちには、この捕虜たちを管理できる能力がないと判断します。だったら彼らはここで全員殺した方が得ではないかと)
(捕虜の、管理?)
その問題は今まで考えていなかった問題だ。そう言えば捕虜の数は、120人ぐらいだっけ。彼らを降参させたのは良かったけど、これからどうするべきだろうか。
(捕虜を管理するにはそれなりの費用が掛かります。捕虜収容所の建築にまではいかなくても、彼らを閉じ込めるそれなりの施設が必要です。そして彼らが暴動を起こさないか監視、いざという時には鎮圧できる兵力を常時配置しなくてはいけません)
(……確かに、その必要があるかもだ)
(そして毎日彼らに食料を補給しなくてはいけません。しかし、司令の味方たちがそのような能力を有していると私は思えません。最悪の場合、いつか彼らが暴動を起こし、味方に被害を負わせる可能性も低くありません。そして、そうやって捕虜たちを管理して得られる利益はないかと)
『……』
捕虜たちが暴動を起こす可能性か。確かにその可能性はゼロではない。捕虜を管理する能力を、私たちや、村の人たちが持っているのだろうか。捕虜たちの方を見る。
「はぁ……もう終わりだ……」
「……これから、どうなるのだろう……」
彼らは完全に戦意を失い、呆然と身柄が拘束されていくのみだった。辺境伯は、何も言っていない。ネイアの方を見る。
「……?どうしたの?勇者。今もしかして、悪いこと考えている?」
『……うん、そうかもな』
しかし、降参した彼らを殺すのは、少しためらってしまう。それは村の器量にも関係があるものだし、ここで即座に決められるものではない気がする。捕虜たちに聞かれないところで、多方面で考えないとだ。
(……それは今判断するには早すぎる。後に結論を出すから、それまでは彼らを拘束して監視するようにしろ)
(はっ)
にしても、捕虜を通して得られる利益か。それについてふと思い浮かぶ。彼らからは、情報を手に入れられるのではないだろうか。ふと辺境伯を見る。
「……」
彼は以前、私にこの世界についての情報を教えてくれた者だ。そんな彼からは、もっと情報を得られるのではないか?
『ふぅ……ハウシェン、私は村に向かう。そこで今後のことを考えないとだ。後片付け、君に任せる』
これ以上ここにいても特に意味はないだろう。それに体も疲れている。そろそろ村に戻った方が良いかもだ。
「はっ、全ては私にお任せを」
『ああ、必要なら、人間の兵士の方にも指示を出すようにしろ。そして、辺境伯だけは後で監視役と共に私に送るように。そして、』
「はっ」
『捕虜が反乱や暴動を起こしたら、適切に対処するように』
「仰せの通りに」
辺境伯からは情報を収集しないとだ。後でやるか。今は、まず帰ろう。
『行こう、ネイア』
「う、うん」
ネイアと山の入り口に向かう。その途中、死体の列が、私の目を奪う。
『……』
そこには戦場で収去した百を超える死体が並んでいるが、そのうち、あるものを見てしまう。
『ブライアンの、死体か』
それは頭の一部が壊れた、騎士ブライアンの遺体だった。
『……』
それを見て、さっきのことが思い浮かぶ。ブライアンを殺して、メディニアが泣き叫んで、私を殺すために飛び掛かり……
『メディニア、今どうなんだろう……って、いや、もう過ぎ去ったことだ。今は、今後のことを考えないと』
メディニアのことは忘れよう。もう考えても仕方のないことだ。そう思い私は山の入り口に足を運ぶが、あるものに気付く。
『これって、城……?』
よく見ると、入り口の右の方に、廃城みたいなものがある。周りに草木が盛んに生い茂っていたせいで、今までその存在に気付かなかった。詳しくみると、山脈と平地の境界に沿って城壁が聳え立っていて、城壁の中の城を楕円形に囲っている。
『……』
城壁には望楼まで設置されているようだが、城壁自体の状況がかなり酷い。長い間、管理されずに放置されたのか、城壁の一部は完全に崩れている。そうでない部分もあちこちにレンガが抜けていて、いつ崩れてもおかしくないように見える。全体的に草木が茂っていて、城は元の姿を完全に失いつつある。
『城が崩れかけている……』
「これは、捨てられた要塞なんだ。大昔には使われていたそうだけど、なぜか以前から捨てられたものなの。最低でも数十年は使われた痕跡がないものよ」
私が城を見ているとネイアが側でそう語り出す。
『前に調べたのか?』
「うん。結構前にね。使えるんじゃないかと気になって調べてみた。でも見れば分かるけど、もうボロボロすぎて、すぐに使えるものでないよ。今の状態じゃ、戦闘とか耐えられる状態ではない。むしろ今こうして立っているのが奇跡であるぐらい」
『そうなのか』
でもせっかくこうやってあるものなら、補修すれば使えるのではないだろうか。今はともかく、いつか頼らなくてはいけない時が来るかもしれない。ハウシェンや誰かに調べさせるか。
『分かった。一旦村に行こう』
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