エピローグ 聖戦
「……さて、そろそろ始まるどころか」
ホロネイオン大聖堂の中、数万人を収容できるそこに、司祭ロベスは人々と共に席に座っている。その場には司祭から始め、神学者、各教区の司教や大司教、枢機卿まで、あらゆる地位の聖職者が集っている。そしてそれだけでなく、今回は数多い群衆も参加していて、もはや大騒ぎだ。そこは彼らの静かに騒めく音で満ちている。
「おい。ロベス、来ていたか」
声が聞こえた方を見ると、いつも自分を支えてくれるセスペデス司教がいた。
「セスペデス様。はい。おっしゃった通りに」
「お前、公会議を参観するのは初めてだろう?司教になればこういうものにも参加することになる。今の内に見ておけ」
セスペデス司教、彼は僕の後見人で、修道士の時から聖職者としての道を導いてくれた人だ。その理由は僕が聡明かつ勤勉だったかららしい。そこがお気に入りのようだ。
「公会議……」
ここはロミニオ、西の辺境地帯からおおよそ一千キロメートル以上離れた、西大陸の中心地。ここは過去に存在した、全世界を支配していた大帝国の元首都であり、今は教皇聖下の率いる、この西方正教の聖都として威容を誇る、そんな都市だ。今日ここで行われるのは、第9回ロミニオ公会議。元々予定にないものだったが、魔女に関しての重大なことがあるということで、教皇聖下が直接主催した、いわゆる非常会議だ。
「魔女に関しての重大なことって、何でしょう……」
「そりゃ、わしも分からないわ。聖下が枢機卿たちと緊急会議をしたらしいけど。何のためか……まあ、噂では、辺境地帯で何かあったらしいけど。それもどうせ噂。信じるに足りん」
「はぁ……」
まさか司教でさえ分からないとは。大聖堂の中はそんな人々の好奇心による騒めきで埋め尽くされていく。そんな時だった。
「教皇聖下!ご入来――!!」
どこかからそんな声が聞こえ、大聖堂が静まり返る。盛大な演奏と共に、第207代教皇、アウリヌス2世がその姿を現す。主祭壇に登る姿が見える。40代の、教皇としては比較的に若い彼は、何の後ろ盾もなしに修道士から教皇の座にまで登った、異例中の異例、そのものだ。彼が着ている、絹で綴られた純白の祭服は、光を浴びて輝いていて、彼の権威を示している。
「……唯一神である我が主が世界を造られし以来、神の教えを元に我ら人類は、花のような文明を栄えてきた。そう、他の怪物とは比べられない程の」
「「……」」
彼の低い声が聖堂内に響き渡り、聖堂の数万人の人が彼の話を傾聴する。
「だが悪魔はそれを妬み、創世の時から世界を滅ぼそうと気を狙って来た。そしてその最たるものが、今より一千年前、悪魔から黒魔法を授かった大魔女、ベルナディエが引き起こした、呪いの戦いと、大厄災だ」
聖堂が騒めき出す。
「大厄災でこの世界は滅亡の危機に陥ってしまったが、初代教皇、エレス様によりそれは祓われ、大魔女は死に、悪魔はこの世から追放されることによって、人類は救われた」
「「……」」
「そうやって厄災が祓われたが、あの者たちの末裔である、魔女たちは今も世界にその身を潜み、黒魔法を継承している。そう。奴らは今も世界を滅ぼす気を狙っているのだ。彼らの先祖、ベルナディエと、悪魔の意志に従って。だからこそ、我々は魔女を見つけ出し、審判しなくてはならない」
「「……」」
群衆たちの表情がこわばって行く。今も存在している魔女たちと、それによる厄災の可能性。それを耳にして改めて恐怖を覚えている者もいるようだ。
「その魔女に関して、皆の者に知らしめるべきことがある。西の辺境地帯、ヘルパウナ辺境伯国の要塞都市セベウで、我が異端審問官である司祭ピエールが、魔女の手に殺された」
「……な、何だと……!?」
「おお、神よ……」
「他でもない異端審問官が、魔女に……」
それを耳にし、大聖堂の中が混沌に落ちていく。僕さえも、それを耳にして驚きを禁じ得ない。魔女を狩る異端審問官が、逆に魔女に狩られるなんて。この公会議が開かれたのは、それのためか。
「司祭ピエールの死を目にした、そこの君主、パルグレイ・フシティアン辺境伯は、調査を始め、彼の領地の西、辺境地帯の山脈の中に、魔女の巣が潜んでいるのを知り、討伐に向かった」
「おおおぉ……!」
「フシティアン辺境伯って、先月の宴会で聞いたことがある。確か、武力においてはかなり優れた者らしいが」
「そんな方なら、きっと魔女どもを一掃するに違いない……!」
「やはり神様は、我らを見守ってくださるに違いないな」
辺境伯の話で人々が希望に満たされていく。確か辺境伯ぐらいの地位の者なら、魔女など、造作でもないだろう。
「だが、討伐に向かったものの、彼は魔女との戦闘で敗れてしまい、敗北してしまった」
「「……!?」」
その場が衝撃に包まれていく。貴族の軍が、負けたと?そんな訳が……
「生き残った敗残兵によると、魔女たちには軍勢があり、辺境伯はその軍勢との戦いで負けたようだ。魔女が軍勢を保有する。これは今までなかった、唯ではすまない由々しき事態」
今まで魔女って、ただ弾圧を避けて逃げていくだけの者たちだった。そんな彼らが戦いに挑み、れっきとした貴族の軍勢を正面から打ち破ったということか。
「このままだと、魔女の軍勢が人類の領域を侵攻し、世界を呪い尽くすだろう。最悪の場合、あの大厄災を再び引き起こすかもしれない。まさに今、人類は再び滅亡の危機に直面したと言っても過言ではないだろう」
「そんな……!」
「また、滅亡の危機に……」
「魔女の軍勢を止めるには、何をすれば……!」
大聖堂にいる者たちの絶望と悩みが深まっていく。生存の危機か。魔女の軍勢を打ち破るためには、何をすれば良いのか……
「故に、全ての者たちに告げる。人類を滅ぼそうとする魔女の軍勢。それに対抗するためには、我々は武器を手に取り、呪いの末裔たちと戦わなくてはならない。そう、一千年前の、呪いの戦いが再び始まったのだ」
「呪いの、戦い……」
その言葉で胸がゾッとする。本を読んでしか知りようのなかった古代の戦いが、また始まったのか。
「教皇の名で告げる。我が西方正教は、魔女の脅威を打ち滅ぼすための、聖戦を始める!神の名の下に、全ての者に命じる。戦える者は武器を手に取り、魔女の軍勢と戦え!例えそれで死んだとしても、その者の魂は全ての罪が許されよ。西に進み、神の、我々の敵を滅ぼすのだ!全ては我が主のために!」
「まさか、聖戦が始まるとは……」
「聖、戦……?戦争が始まったのか……」
「「うおお!!!!」」
大聖堂が聖戦という言葉で高揚されていく。
「この西大陸の全ての国に勅令を出す。軍を所有する者は皆この聖なる戦いに加わるように!これより、第3次十字軍を編成し、魔女らに神の威光を示すのだ!」
「「うおお!!!神のために!!!聖戦の始まりだ!!!全ては我が主のために!!!」」
聖戦、その言葉に全ての者が熱狂する。大聖堂は戦意と興奮に満ちていくようだ。魔女の軍勢と呪いの戦いに、聖戦、それに十字軍か。想像もしていなかったが、今、とんでもないことが起きているようだ。
「無事に終われば良いのだが、これからどうなることか……」
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