第39話 絶叫




 それを目にした瞬間、体から気が抜けてしまった。何あれ?信じられない。嘘、あれはきっと嘘に違いない。それを受け入れられなくて、己も騙せない嘘を繰り返すのみだった。



「パパが、死んだ」



 その単純な事実が、私に突きつけられる。ああ、ああああ、あああああ!パパが、パパが、パパが!昔から、ずっと一緒だった、何があっても私を守ってくれた、唯一の家族である、パパが、死んだ。しかも、頭が、あんなに、惨めに……



「あ、ああ、ああ……」



 その場に挫いてしまう。もう暖かく愛されることもできない。一緒に時間を過ごすこともできない。約束、守れなかった。パパに何かあったら、勇気を出して守ってあげるって誓ったけど、何もできなかった。



「ご、めんなさい……パパ……」



 目から涙が溢れる。奈落に落ちていくような絶望感。世界に1人だけになって残されているようだ。パパ、パパがないと、私はもう……これからどうすればいいの……世界を生きていく自信がない……あああ……



「……許さない」



 ふと、そう思った。絶望に落ちて、挫いていると、心の奥底、その深淵の底からそんな憎しみが這い上がってきて、己を覆っていく。あの人はスメラギ。確か昨日までは仲間だった彼が、どうしてパパを?分からない。だから、



「分からないなら、もう考えない」



 今はそんなことを考える場合じゃない。大事なのは、あの野郎が、パパを殺したこと。ただそれだけ。事情とかあるかもしれないけど、そんなこと、私の知ることじゃない。目には目を、歯には歯を。パパの仇を、取らないと。



「私の、戦う理由……」



 確か、彼に言われた覚えがある。人は皆、いずれ自分なりの戦う理由を見つけることになると。私の戦う理由、もう見つかった。パパを殺めたその代償。命で払ってもらわないと。剣を握りしめる。



「うあああ!!!!!」



 叫び出し、起き上がる。あいつを、殺す。そして、私も死ぬ。ただそれだけだ。



「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!!!!!」




「あ、頭が……あの野郎も、腕が……」



 騎士の頭が壊れるのを目にし、流石に驚かざるを得ない。あんな死に方、あまりにも衝撃的だ。それを目にし、討伐軍が次々に降参する。あんなのを目にすれば、そりゃ戦意も失うだろう。だが、メディニアは違うようだ。



「殺す!殺して、私も死ぬ!!!」



 俺たちの前で挫いていたあの子は、血走った目で、涙を流しながらあの男に突進する。



「おい!危ない!」



 あの男がいるところは敵だらけ。討伐軍は戦闘能力を失った。今の状況では1人で襲い掛かっても、無駄死になるだけだ。あの子は、そんなのも頭に入らないぐらい、理性を失っているのか。



「フロル!あの子を連れて、ここから逃げるぞ!あいつを死なせる訳にはいかない!」



「ああ、分かったぞ……!」



 フロルと俺が、メディニアを捕まえるために走り出す。



「メディニア!止まれ!今は逃げるべきだ!」



「殺してやる!殺してやる!!」



「くそ!ダメだな、これは……!」



 どれだけ叫んでも耳に入らないようだ。なら強引に行くしかない。走って近付き、彼女の左腕を掴む。



「いいから来い!お前が暴れても何も変わらない!」



「メディニア、今はここを逃げないと……!」



「放せ!私はあいつを殺して、死ぬんだから!!!」



 俺たちの制止にも関わらず、彼女はあの男に飛び掛かろうとする。奴との距離は決して遠くない。奴は今、左腕をなくし、血塗れになって跪いている。今行けば確実に殺せる。メディニアはそう思っているのだろう。だが、



「司令。ご無事でしょうか」



『……い、や、生きて、いるのが、奇跡だ……』



「それは何よりです」



「ゆ、勇者……」



 奴の周りに、続々と敵軍が集まっていく。1人や2人で何とかできるものでない。



「おい!貴様……!良くも、良くもパパを……!殺してやる!」



 俺たちが止めるにも関わらず、メディニアは憎しみを吐き出すのみだ。そのせいで、その場にいる全員の注目が俺たちに集まる。



『……メ、ディニア、か」



「司令。下がってください。私がお守りします」



『適宜に、対処せよ……』



「うああああ!!!」



 メディニアが俺たちを振り払い、剣を構え走り出すが、彼女の前にあの巨大な女騎士が立ちはだかる。



「退けえ!!」



「させん!」



 メディニアが女騎士を斬り付けようとするが、その攻撃はあまりにも簡単に受け止められるのみだった。そして続く女騎士の反撃。刃と刃がぶつかり、メディニアの剣が飛ばされてしまう。今まで輝いていた彼女の剣は暗き泥に落ち、底の見えない血だまりの中に沈んでいく。



「くっ……!剣が……」



「各部隊、こいつらを包囲せよ」



 女騎士の命令で、数十人の兵士が俺たちを囲む。どうしよう。もう逃げることもできない。



「フロル、俺たち、どうすれば……」



「いくら僕でも、これは、きついかも……」



 俺とフロルが武器を構える。もしここで死ぬしかないなら、せめてあの野郎でも道連れに……




『……は、ぁ……』



 ……もう疲れた。左腕もなくし、体中がボロボロだ。私だけでない。敵、味方問わず、この場の全員が血と泥のまみれで、極限に疲れている。遠くからメディニアが、叫びながら走って来ている。私を許せないのだろう。目の前でお父さんが殺されたのだ。君のその気持ち、極めて妥当だ。そしてあの剣士と、盗賊か。何で彼らがここにいるのか、理解できない。



「させん!」



 ハウシェンがメディニアを止め、バシリアとラブレの部隊が彼女たちを包囲する。このまま攻撃すれば、奴らは全滅するに違いない。それに気付いたのか、あの剣士と盗賊が武器を構える。



『……ハウ、シェン。彼らを、逃してくれ』



 私はそう命令する。



「……?司令、それはどういう……」



「……何?」



 ハウシェンどころか、あの剣士たちも私の命令に驚いたようだ。



『言葉通りの意味だ。包囲を解除し、彼らを逃がしてくれ』



「しかし司令。この者は司令に危害を加えようと……」



 ハウシェンの言い分は分かる。だが、あれは仕方のないことだ。お父さんが殺されたらそうも思うだろう。メディニアは可哀想な奴だ。いくら倫理観の薄い私と言っても、あの子までは殺めたくない。最後の良心って奴だ。そして、全兵力も疲弊している。何となくそれが感じられる。それに私も倒れる寸前の状態だ。これ以上の戦闘は、避けたい。いや、できない。



『ブライアンは、私の敵だったけど、あの子は私の敵ではない』



「なに……!」



 メディニアがまた私に襲い掛かろうとするが、ハウシェンに塞がれる。私は、もうまともに話す気力さえない。



『誰が、私の敵かは、私が、決める……おい、剣士』



「……俺か」



『メディニアを連れて、ここから去れ』



「……何で、俺たちを逃してくるんだ?」



 あの剣士、去れと言ったら早く消えろよ。何を言っているんだ。つい苛立ってしまう。まあ、納得できないようだし、教えてあげるか。私の、理由を。



『それは、君たちが、私の敵でないから、だ』



「……って、貴様……」



 苛立つ。あの夜、彼から言われたことを思い出し、意地を張る。あいつはそれで怒りを覚えるようだ。そう。君が私の敵だと?いや、違う。それは君でなく、私が決めることだ。挫いたまま、充血している疲れ切った両目から血涙を零しながら、何とか口を開ける。



『一分あげよう。消えろ。じゃないと、皆殺しだ。そして二度と、私の目の前に、現れるな』



「……くそ、メディニア、行こう」



「で、でも、でも……」



 メディニアは悔しいのか悲しいのか、目から涙が溢れる。そんな彼女を剣士と盗賊が強引に連れて、遠ざかっていく。



『これで、戦いは、終わったか……』



「おめでとうございます。司令。勝ちました」



 ハウシェンの言う通り、討伐軍を打ち破り、勝利を収めることはできた。だが、セベウに逃げた敵兵たちが、これを知らしめるだろう。辺境伯が、魔女の軍勢に敗れた、と。まもなくそれは全世界に知り渡り、今とは比べられない程の軍勢が、攻めて来るはずだ。



『いや、戦いはまだ始まったばかりだ。全員、覚えておくように。世界の全てが、我らの敵だ』



 そうやって、私の異世界の話が始まった。



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