第36話 援軍

「確か、ここで合っているはず……もっと早く!」



 俺は馬を駆り、速度を上げる。走り続けていくら経ったのだろう。馬が疲れたのを感じる。だが、もうすぐ目的地に着く。まだ閣下の軍が目に見える訳ではないが、何となく感じられる。戦いの気配、と言うべきだろうか。そう言ったのが今から向かう先にあると、己の本能が告げている。



「何か良くないものを感じる……閣下、今から向かいます」



 そうやってブライアンが戦場に向かう最中、その数キロメートル後ろで、セルヴィオン、フロル、メディニアが彼の後を追っている。



「メディニア!方向はこっちで合っているのか?」



「ええ!パパの向かう先で間違いありません!そこにきっと皆がいるはず!」



 セルヴィオンとフロルが自分たちの馬を走らせ、セルヴィオンの後ろにメディニアが付いている。



「あそこにいる人って、本当に君のお父さん?ごめん、あまりにも遠くて、僕には点にしか見えない……!」



「パパで合ってます!さっき城を出るのを見たんですから。それに、何となく分かります。家族の感、って言いますか、あれはパパだと私の本能が告げているんですから!」



「……分かった」



「……」



 メディニアは点になっているブライアンと、自分の剣を交互に見つめる。



「もし、パパに何かあったら、私が……!」




「食らえぇ!!!」



『……っ!?』



 辺境伯の斬撃。それに恐怖を覚え、首をすくめてしまう。本能的に盾を構えそれを止めようとする。



『くっ!』


 剣撃を真正面から受け、今まで頼りにしていた盾が壊れてしまった。木材と金属の破片が飛散する。それどころか、その余波で私も中心を失い、後ろに倒れてしまう。



『くそ!立たなくちゃ……!』



「させるか!」



 起き上がろうとするが、その無防備な隙間を辺境伯は逃さない。彼は私に剣を突き刺そうとする。



『武器で止めるしか……って、メイスまで……!』



 倒れた際にメイスまで手から放してしまったのに気付く。代わりに腰の剣を抜こうとしても、到底間に合わない。彼の剣が私に振り下ろされようとする。



『くそ……』



 どうやら、ここで死ぬかもしれないな。ガントレットを付けた左手を上げようとする。その時だった。



「司令――――!!!!」



「うん?……って、くそがあっ!」



 私の後ろなのか、どこかからハウシェンが飛んで来る。いや、跳躍して来たのだが、その勢いが余りにも激しすぎて、まるで飛んで来たように見えたのだ。身長約2メートルの巨躯の突進をその身に受け、辺境伯はその衝撃で後ろに何メートルか飛ばされる。



「司令!ご無事でしょうか!?」



 ハウシェンは姿勢を取り直して自分のロングソードを構え、倒された辺境伯を注視しながら背後の私にそう尋ねる。



『あ、ああ、無事だ。ハウシェン、辺境伯を制圧しろ。降参しないなら、殺せ』



「……仰せの通りに」



『そして、ネイア!何があった!?』



 ネイアのことを思い出す。彼女の悲鳴、それはなぜ?悲鳴がした方に振り向いてみる。



「く、そぉ……」



 後方、ネイアと仲間たちのいるところで、1人の敵が皆を蹂躙していた。ネイアの仲間と、逃げ出した人間の兵士の何人かが血まみれになっている。ネイアは怖くて腰が抜けたのか、座り込んでしまった。彼女にその敵が近付く。ネイアの前に、ある人間の兵士が死んでいる。ネイアを守ろうとして戦ったが、敗れたのか?



「魔女目、お前から殺してやる……」



『ネイア!逃げろ!』



「た、助け、て……」



 恐怖に震えているネイアに私の言葉は届かない。敵兵はネイアのすぐ前にまで来て、剣を振り下ろそうとする。



『って、待って……!』



 私が走って行こうとしても、距離のせいで到底間に合わない。くそ、何でこんなことに……!



「この野郎が!!ネイから手を離せぇ!!!」



「……あぁ?だれだっ、」



 ネイアの後ろから誰かが猛烈に走って来て、その敵兵に斬撃を飛ばす。横から来る、空気まで切るような素早くて重い一撃。それを受け、その敵兵は体の一部が潰される。左腕が壊れ、鎧の胴体、その左の脇腹の部分にひびが入る。そのひびから赤い血が漏れる。倒れた彼が死んだかは分からないが、戦闘不能になったのは確かだ。



「うぅ、あ、ぁ……」



 ネイアは目を閉じて、両手で自分を守ろうとしている。まだ恐怖から抜け出せてないようだ。



「お前、大丈夫か」



 敵を倒した、その漆黒の鎧を着た背に高い戦士は、ネイアにそう尋ねる。あの声、聞き覚えがあるようだが、兜のせいで顔が見えない。あの漆黒のフルプレートアーマーも、どこかで見た気がするが……



「……その声、は?」



 戦士が、仕方ないな、と言うように兜を外す。



「お前、俺の声も忘れたのか?ここは危ないから、後ろに下がれ」



 兜を外したその戦士は、ゼフだった。あの鎧、店で見たあれか。まさか自分のものだったとは。しかし彼は信念のために戦えないと言ったんだけど、何でここに?



「ゼフ……!あ、ありがとう」



『ゼフ。戦わないと誓ったのではないのか?何でここに?』



 ゼフが私を見る。その目、何かを決めたようだ。



「……最初はそのつもりだったけど、どうしてもじっとしていられなくてな。仕方なくここに来た。何せ、皆が戦うんだ、生き残るために。なら、俺も自分にできることをしなくてはな。自分の信念も大事だが、今回だけだぞ」



 彼は信念より皆への思いを重んじてここに来たようだ。背の高い、フルプレートアーマーを着た元戦士、彼が戦力として加わるなら心強い。



『ゼフ。ここでは私が司令官だ。私の命令に従うように』



「まあ、分かった。俺は指揮とかあまり知らないからな。お前に従う。何をすればいいんだ?」



『……隊列の中央、乱戦になっているでしょう?そこに行って敵を打ち倒すのだ』



 最大限分かりやすく彼に命令を出す。



「分かった。ふぅ……久しぶりだな、この戦いの熱気。体が熱くなる……不気味だな、たまらなく」



 独り言を呟きながら、彼は兜を被り、戦場に赴く。



「ぜ、ゼフさんが来た!」



「おお……まさかゼフさんが、戦うのを目にする日が来るとは……」



「お、俺たちも行こう!ゼフさんの力になるんだ!皆で戦おう!」



「うおおお!!!」



 後ろがうるさい。そこを見ると、逃げ出した人間の兵士たちが群がっていた。彼らはゼフに影響を受け、戦場に向かっている。あいつら、ようやく戻って来るのか。にしても、今気付いた。魔法にも時間制限があるのか、黒い泥が段々固まり、元の地に戻っているのが感じられる。



「くそ、くそ、くそ……!」



「ふっ!」



 戦況は拮抗している。あの召喚術士を殺すべきだったのに、そうはできず、今とんでもない奴の相手を強いられてしまった。この銀のように輝く白金の鎧を着た、銀髪の女騎士、かなり強い。この我との剣術の対決で後れを取らないとは。いや、器量はほぼ同等、力はあっちが優位か。今は問題ないが、次第に押されていくのが感じられる。



「貴様、司令の命令だから言っておく。降参しろ。じゃないと死すのみだ」



「何だと……!?」



 こいつも降参を口にしやがって。あいつは、我の手に殺される羽目になって、命乞いをした魔法使い。そんな奴に、この我が命乞いをしろと?舐めるな。



「するものか!お前を殺して、あいつも殺す!」



 力を入れて、もっと猛烈に剣を斬り付ける。あの女騎士はそれを優れた器量で受け止める。



「させん!」



 攻撃がかわされた後の隙間、女騎士はそれを逃さず自分の剣で我を突き刺す。だが、頭より先に体が動いてそれを避ける。



「くそ、決着がつかない……」



 その時だった。向こうから何か音が聞こえる。



「「うおおお!!!」」



 敵陣の後方から、漆黒の鎧を着た騎士と、数十人の敵兵たちがこちらに走って来ている。



「くそ!敵の増援なのか!」



 今の状況で敵の増援が来たら、味方が危ない。



「て、敵の増援だ!」



「くそ、もうだめか……!」



 騎兵隊の士気が下がっていく。これを何とかするためには、我らの歩兵隊が来ないと。



「くそ!歩兵隊!早くこっちに来い!!!そこで何をやっている!!!」



 苛立ち、喉が壊れる程に叫び出す。歩兵隊が来れば勝てる。1キロメートルの距離、頼むからこの声が届いてくれ。



『全部隊、一斉に攻撃!敵を殲滅しろ!』



「「了解!!」」



 あの魔法使いが自分の軍を励ます。くそ。この時に、誰かが助けに来てくれれば……そう絶望しているその時、遠くから聞きなれた声が聞こえる。



「閣下ぁ――――!!!」



 閣下?この声は……?その方を振り向いて見る。



「ぶ、ブライアン!?何で君が!?」



「全歩兵隊、前へ!」



 そこを見ると、ブライアンがこちらに来ている。それだけでない。後ろにいた歩兵隊が、やっと動き始めた。彼らは叫びながらこちらに走って来ている。



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