第37話 死に際

 やはり俺の感は合っている。遠くからの叫びと悲鳴、鉄のぶつかる音。そう、戦闘が起きている。目の前の低い丘を登ると、戦況が目に入った。



「何だ。これは……」



 目の前に広がっているその光景に、言葉が出ない。遠くの、向こうの大地が黒く染まっていて、その上で、騎兵隊と敵軍らしい者たちが戦いを繰り広げている。形勢から見るに騎兵隊は決して有利ではない。その後ろ、俺の目の前には、味方の歩兵隊が言い争っている。



「お前たち!今何をしている!」



「ぶ、ブライアン様!あなたが増援でしたか!」



「増援?何だそれは!何があったのか手短く話せ!」



「は、はっ!騎兵隊が突撃したのですが、地面が泥に変わり、突撃は失敗。今、騎兵隊は敵軍と交戦しています。私たちは、指揮官であるシェパード様が増援を呼んで来るので、自分の命令があるまでここに待機しろと言われたので、現在待機しています!」



「何!?シェパード、あの奴って……」



 セベウでシェパードから聞いたのと、今の兵士の報告は食い違っている。彼は増援を要請してもなかったし、むしろメアイスに行ってしまった。嘘をついたのか。だが今はどうでもいいことだ。彼らを助けなくては!



「この戯けどもが!俺が今から指揮する!今すぐ攻撃だ!騎兵隊を支援する!全軍、前進!」



「は、はっ!全軍前進!」



「俺は先に騎兵隊を支援する!付いて来い!」



 歩兵隊が進軍する。限界まで疲れた馬を駆り、それを追い越して戦場に向かう。



「この黒いのは、泥なのか!?」



 地面が泥に変わったと言うのは本当のようだ。だが随分固まってはいて、馬でも走れそうな状態だ。馬を駆る。戦いは乱戦になっている。味方の間に、見慣れた顔が何人か見える。そして、向こうの先、閣下の姿が見える。閣下は、白金の鎧を着た女騎士と一騎打ちをしている。



「閣下ぁ―――!!!」



 ゼフと逃げた兵士たち、今彼らは陣形の中央で猛烈な戦闘を始めた。辺境伯は、ハウシェンとの一騎打ちで苦戦中。敵の歩兵隊は動かない。戦況を見る。右翼は我が軍の優勢。そして左翼はかなりの被害を負ったがまだ崩れていない。中央が右翼と連携して戦って行けば、無難に勝つだろう。そう思っていると、戦場に走って来るあの人が目に入る。



『———————あれは』



 その巨大な体躯に、銀髪の男。知っている。ブライアンだ。



『……やはりそうなるよな。魔女に肩入れすることは、この世界、そして辺境伯と敵対することを意味する。なら、自然に彼とも、そうなるか』



「おおお!ブライアン卿だ!!もう助かったぜ!」



「歩兵隊も来ている!まだ勝てる!希望を捨てるな!」



「ブライアン!何で君がここに!?」



「閣下を助けるために来ました!今歩兵隊もこちらに来ています!」



 確かに、彼の言う通りだ。後方で待機していた歩兵隊がこちらに来ている。



『……ネイア。あれの出番だ』



 ネイアに合図をする。



「……うん。皆!」



 ネイアが指示をし、まだ魔法を使える仲間たちが呪文を唱える。



「呪いよ、暗き生きる死を、目覚めさせたまえ……!」



 騎兵隊と歩兵隊の間の地から、事前に待ち伏せしておいた300機のスケルトンの群れが一斉に湧き上がる。



「うわあっ!何だこれは!」



「くそ!これってもしかして、噂のアンデッドと言う奴か?攻撃しろ!」



『スケルトン部隊、直ちに敵歩兵隊を攻撃せよ』



 歩兵隊は驚き、スケルトンの群れとの戦闘を始める。スケルトンでは彼らを制圧することはできないだろうが、時間稼ぎにはなる。その時間を利用して、こちらを制圧しなくては。



「はぁ、はぁ……も、もう、無理ぃ……」



 体が震え、ネイアが倒れる。それどころか、彼女の後ろにいる、一緒に呪文を唱えた仲間たちも倒れる。生きてはいるが、魔力を使いすぎて脱力したようだ。全員、顔色が悪い。



『ネイア、大丈夫か?』



「あ、ううん……もう、魔法は、使えない……」



『使えなくても大丈夫。君たちの役目は終わった。力が戻ったらここから逃げてもいい』



 ネイアはもう魔法を使えないだろう。彼女たちは良くやってくれた。その苦労に、勝利で報えないと。



「閣下!今から援護します!」



 倒れる寸前の馬から降り、ブライアンが戦場に来る。辺境伯はハウシェンとの一騎打ちの最中だ。ブライアンは優れた騎士。彼が加わったら、ハウシェンが不利になるかもだ。だからと言って、彼に対敵できる加用戦力は、もう私にはない。いや、そうだ。ゼフならば、彼と対等に戦えるは、



「ブライアン!我は大丈夫だ!君はあいつを倒せ!あのスメラギって言う魔法使い!あいつが敵の首だ!」



「……!?スメラギ?って、君は……!」



 ブライアンは私の顔を見て戸惑い、驚く様子だ。その目、何で私がここにいるのか、頭が追い付かないようだ。



「くああっ!くそ、腕がぁ!」



「司令の、敵、死ね……」



 周りは戦闘の最中で、悲鳴と鉄の音に満ちているが、私と彼の間には奇妙な沈黙が訪れる。彼との距離は、約10メートル。本来ならゼフを呼んでブライアンの相手をさせたかったが、その余裕はないようだ。



『ブライアン、久しぶりだな』



「……君が言った少女って、魔女のことだったのか」



 彼はようやく私がここにいる意味を理解したみたいだ。



『……ああ、そう言うこと』



「力のない者を助ける……皮肉な話だな。まさかそれが魔女だったとは……それでお前は決めたのか」



 ガントレットを付けた血塗れの手でメイスを収め、ラブレの剣を抜く。その刃から、険しい雰囲気のブライアンの姿が映る。



『ああ、ブライアン。これが、私の後悔のない選択。私も、魔女の一員。故に、世界の全てが、私の敵』



「……魔女、か。それは極めて残念だ。短い間であっても、運命を共にしたお前が魔女の味方だったとは」



 ブライアンは苦しい様子だが、心を決めたようだ。険しい表情で私を睨み、己の剣を構える。その刃からは、血塗れの私の姿が映っている。



「ならば、殺すのみ。世界の安寧のために。そして、メディニアのために……!」



 ブライアンが私に突進する。一騎打ち、避けたかったが、やるしかないようだ。歯を食いしばる。



「ふっ!」



 彼との距離は6メートル。どう戦うか考えを巡らす。彼の剣は刀身が1メートルはなりそうな、ロングソード。私のより長い。彼は斬撃を飛ばしてくるはず。それを剣でかわし、反撃をすれば……



『来い……!』



 ブライアンが剣を持ち上げ、走る速度を乗せて私に振り下ろす。ラブレの剣でそれを防ぐ。



「食らえ!」



『くうっ……!』



 剣と剣がぶつかる。振り下ろされたそれを、横に構えた剣で受け止める。ものすごい衝撃が剣を通して伝わる。だめだ。その衝撃で、体中の傷と、左腕の焼き印がまた激しくうずく。



『くああぁっ……くそ、傷が、』



「ふっ!」



 最初の攻撃が受け止められたことで、彼は直ちに次の攻撃に移る。今度は剣を横に振り、私の脇腹を狙うようだ。



(くそ!止めなくては!)



 だが、傷が痛むせいで、思うように体が動かない。剣でかわすのは間に合わない。本能的にガントレットを付けた左手でそれを止めようとする。彼の斬撃が左手に直撃する。まるで手首が折れたような衝撃が私を襲う。激烈な痛みが私を襲い、それがまた腕の焼き印を刺激する。体の左が痺れる。



『うああぁっ……!!くっ、ちくしょう!!』



「お前、剣に慣れていないのは嘘ではなかったようだな。たかがこの程度の器量で剣を取ろうとするのか。まあ、いい。死ぬが良い!」



 左手の手首がおかしい。よく見るとガントレットが潰れている。一回の攻撃で手首が折れたのか。だが苦痛に浸っている場合でない。1秒以内に次の攻撃が来る。今度は、刺す気なのか。首のあたりを狙って剣を突き刺そうとしている。剣で止めなくては!でも刺す攻撃を剣で止めるには、どうすれば……?



「ふうっ!」



 そう考えているうちに彼の剣が私の心臓あたりを刺す。だが、運が良いのか悪いのか、着ていた胴鎧にかわされ、代わりに左腕、それも胴体との接合部に敵中する。チェインメイルが壊され、ロングソードの刃が皮と筋肉を千切り、腕の骨にまで刺される。壊されたチェインメイルの破片が、刃と共に筋肉と血管を蹂躙する。その衝撃で後ろに倒れてしまう。ロングソードが抜かれ、傷から血が噴水のごとく噴き出る。



『くあああっ……!』



 痛い、痛い、痛い!大量の出血で、脳が混乱する。傷から流される血に、体が染まっていく。人は、こうやって死ぬのか。



「勇者ぁ!!!くっ、か、体が……!」



「司令――!!!」



 ハウシェンが叫び、私に来ようとするが、辺境伯がそんな彼女に剣撃を飛ばす。



「おい、貴様の相手はこの我だ」



 彼はハウシェンを好きにさせない気だ。助けに来れる者は、どこにもいない。皆それぞれ自分たちの敵と戦っている。生き残るためには、自分の敵は自分でどうにかするしかない。やはり、騎士相手に直接戦うのでなかった。彼らは人間兵器。私などが相手にできるものでない。傷を負い、その衝撃でラブレの剣まで放してしまった。生き残るには、勝つにはどうすれば……今もブライアンが近付いて来る。



「手ごたえなどありはしなかったな。その腕前で軍の指揮官か。まあ、戯言は言う気はない。世界のために、我々のために、死んでくれ」



 倒れた私にブライアンが剣を振り下ろそうとする。どう考えても、打開策が思い浮かばない。



『だめ、か。ネイア、無能でごめん……』



 ここで死ぬだろうな。私は目を閉じてしまう。その時だった。



「パパァ――!!!」



 遠くから、聞き覚えのある叫び声が聞こえてくる。



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