第35話 崩壊

「……あれは、辺境伯?皆戦っている……」



「どうしよう、俺たちも加勢した方が良いんじゃねえか?」



 騎兵隊の後ろ、1キロメートル後方で、歩兵隊は混乱している。指揮官であるシェパード卿からは、別途の指示があるまでこの場から動くなって言われたが、今の状況が騎兵隊を支援するべきだと己に叫んでいる。



「辺境伯様が何か叫んでいるようだ。でも、遠くて何って言ってるのか分からない……」



「どうする?俺は行った方が良いと思うぜ。味方を助けるべきだ」



「でも、命令が……」



 歩兵隊の彼らの意見が分裂し、混乱に落ちていく。




 ……彼らがそうやって葛藤する中、セベウでも新たな葛藤が生まれようとしていた。



「ブライアン様!向こうから何か来ます!」



 城壁の上で、外を監視していた衛兵が叫ぶ。



「何だ?」



 もしかしてモンスターの襲撃?今ここに兵力はあまりない。どうすれば、



「シェパード卿です!シェパード卿がこちらに来ています!」



「何?城門を開けろ!」



 確か彼は閣下の護衛だったはず。なぜ1人で帰って来たんだ?城門が開かれ、彼が入って来る。



「シェパード卿、何で一人で?閣下はどうなったんだ?」



「ああ、現在我が軍は魔女たちと戦闘中です。私は閣下から特別な命令を受けたので、こちらに来ました」



「その命令とは?」



「魔女の巣に関して、教会に至急、報告しなくてはならないことがあります。私はそれのためにメアイスまで行かなくてはならない」



 彼の雰囲気がどこかおかしい。冷や汗をかいているようだ。



「……その報告の内容を聞いても?」



「それは閣下の指示のため、言えません」



「そうか。分かった。戦いはどんな感じだったか?」



「ご心配なく。無難に我が軍が勝っていました」



「……そうか。分かった」



 シェパードが城内に入り、己の荷物を持って、素早く城を後にする。



「……おかしいな。何でそんな報告を騎士に命じるんだ?そんなこと。兵士に命じても十分なはずだが。そして閣下は教会と仲が悪い。報告などするはずが……」



 彼の言葉には怪しい点が多い。そしてあの雰囲気。嘘の臭いがする。もしかして閣下に何か良くないものが?



「……俺が行ってみるしかないか」



 場所は知っている。早く行って、閣下の安否を確かめる方が良さそうだ。



「ミーゲル!俺の馬を持って来い!俺だけであの戦場に向かう!」



「し、しかし、ブライアン様。なら守備隊長は誰が……?」



「それは守備隊の最先任に任せる。大丈夫。何があるのか確かめるだけだ。すぐに帰って来る」



「しかし……!」



 衛兵たちは俺を止めようとする。騎士もなく、彼らだけで城を守るのが心細いのだろう。



「……」



 視線を感じる。そこを横目で見ると、民家の後ろでメディニアが俺を心配そうな目で見ている。



「……大丈夫だ!皆、心配するな」



 俺はメディニアにも聞こえるようにわざと大声でそう言い、馬に乗る。



「……閣下、お待ちください。今からそちらに向かいます」




「パパが、出ていく……」



 城門を見つめている。衛兵たちが城門を開け、パパが1人で外に向かう。話を聞く限り、皆が戦っているところに向かうようだ。



「大丈夫かな……」



 一人で行って、大丈夫なのか、心配が尽きない。パパは、今までたくさんの戦いで生き残ってきた、歴戦の騎士。心配する必要はないかもしれない。だが、なぜか今回は、不安な予感がして仕方がない。



「……だめ。私も付いて行かなくちゃ……」



 そう。付いて行かなくては。もしパパに何かがあったら、唯一の家族である私が助けてあげなくては!そう思い、私はその方法を探る。



「でも、馬がない……」



 そう。パパは馬に乗って行った。それを馬なしで追えるはずがない。



「そして、私、馬にも乗れないし、場所がどこなのかも知らない……どうしよう……」



 追いたいけど、現実がそれを許してくれない。その現実の壁で、挫折しようとする時だった。



「はぁ、はぁ……くそっ、咳が止まらねえ……!」



「ふぅ、兄貴、これ。水でも飲んで。煙を吸いすぎたぞ」



「あ、ありがとう。フロル」



 そこを見ると、酒場の前のテラスで、剣士と盗賊に見える2人が座っている。彼らは体中が煤だらけで、煙の臭いがする。



「にしても、あいつら、助けてあげたにも、例も言わずに逃げやがって……助けて損したぜ」



「死ぬ寸前の状況だったし、仕方なかったんだろう。大目に見てあげて。それより、やっと体の調子が元に戻ったけど、これからどうする気?」



「討伐軍は既に出発したなんだろう。なら、彼らの後を追って、あの場所に向かわないと。本来は仲間が欲しかったけど、時間がない。俺たちだけで行くぞ。フロル」



「……分かった。兄貴がそう言うなら」



「あ、あの!」



「……うん?何だ?」



「わ、私も連れて行ってください……!」



 会話を盗み聞きしたが、彼らは討伐軍、つまりパパが向かう場所に行く気のようだ。ならば彼らに頼まないと。



「連れて行く?俺たちがどこに向かうか知っているのか?」



「え、ええ。魔女の巣、だから討伐軍が赴いた場所に向かうんでしょう?私もそこに行かなくてはならなくて。でも馬もなく、道も良く知らないので、それで、あなたたちがそこに行くなら連れて行ってほしいんです!」



「……剣を持っているな。戦えるのか?」



 男は私の剣帯と剣を見て、そう聞く。



「え、ええ!戦えます。私はメディニア。騎士ブライアンの娘!お父さんから剣術を学んできました」



 しかし、パパがないと、人はおろか、モンスターとも戦えない。だが、見限られないために、今は彼らに最大限アピールしないと。



「そうか。分かった。俺はセルヴィオン、剣士だ。そして隣のこいつはフロル、盗賊なんだ。よろしくな」



「え、あ、はい。よろしくお願いします。セルヴィオンさん、フロルさん」



「ああ、よろしく、メディニア」



「では早く行くぞ!馬持ってないんだろう?時間がない。後ろに乗せてあげるから。乗れ!」



 セルヴィオンの馬に乗り、皆が出発する。まだ城門は閉ざされていない。



「パパ、待って……」




『ふぅ、ふぅ……お願いだから、死ねえ!』



「させるか!」



 敵が私を突き刺そうとする。だがそれは胴体の甲冑にかわされ、外れてしまう。その間にメイスを敵の頭に振り下ろす。



「——————くほっ!」



 兜で保護されてないその頭はメイスで凹まれ、耳と鼻から赤くて白い何かがはみ出る。目がひっくり返り、敵は発作しながら泥に倒れる。ぶりりっ、という音がして、何かの臭いが感じられる。



『……こいつ、衝撃でウンチを漏らしたのか』



 頭が叩かれ、脳が壊れた衝撃で、大便や小便を漏らしたようだ。鎧のせいで見えはしないが、あの股間はさぞ凄いことになっているだろう。



『兜を被ってないのは、泥で見えないからか』



 敵軍を見ると、全員ではないが、一部の者は兜を外している。最初に泥で倒された時、彼らは泥まみれになったが、そのせいで兜の目の穴に泥が挟まったようだ。周りが見えないから、兜を外したのか。かなり危ないと思うが、まあ、私としては好都合だ。



『それはさておき、戦況は……』



 周りを見渡す。人間の一部が逃げ出したせいで、陣形の中央が崩壊した。私とハウシェンで止めようとしたが、力が足りなかった。味方は中央、敵軍は左翼が崩壊して、戦いは乱戦になりつつある。泥の海の上、そこは地獄に化していた。



「攻撃。攻撃……」



「うりゃあ!俺は死ねないんだよ!くそどもがぁ!!!」



 生気のない、機械のように命令を遂行する召喚兵たちと、血走った目で己の全てを燃やしている敵軍の乱戦。もはや見るだけでは戦況は把握できない。



『ハウシェン!どこにいる!』



 ハウシェンの姿が見えない。最初は私の隣にいたが、いつの間にか目に見えなくなった。人の叫びや鉄のぶつかる音で、叫んでも意味はない。



『そうだ。意識で話せるんだっけ』



 昨夜ハウシェンから学んだのを思い出す。意識を集中してみる。



(……ハウシェン、今どこだ)



(……はっ。今シュヴァーベン小隊の右側面にいます。側面からの敵軍の攻撃を防御中)



 中央のベルキー部隊が崩れたことで、それを相手していた敵の中央が二手に別れ、ベルキー部隊の両方にあるシュヴァーベンとクライストの小隊の側面を攻撃しているようだ。位置から見るに、私は今クライスト小隊の周りにいるのか。



(分かった。各小隊長、戦況を報告せよ)



(……こちらクライスト。現在敵と交戦中、左側面から敵の攻撃を受けています。残存兵力14機。このままだと危ないかと)



(こちらシュヴァーベン。正面と右から敵と交戦中。残存兵力12機。増援を要請します!)



(こちらエリーヌ。正面の敵と交戦中。残存兵力20機。まもなく敵を撃破できると推測します)



(こちらバシリア。ラブレの部隊と敵を攻撃中。残存兵力25機。クライスト小隊を支援します)



(こちらラブレ!今奴らを踏み潰している!残存兵力24機。このまま中央に攻めて行くぜ!)



 聞く限り、側面から攻撃を受けているクライストとシュヴァーベンの部隊が危ない。



(バシリア、ラブレ!戦闘不能になった敵は無視して、早くクライストを助けろ!そしてクライスト小隊と交戦中の敵を制圧したら、そのまま左に進撃。挟み撃ちされているシュヴァーベン小隊を支援するのだ。そしてエリーヌは交戦中の敵が瓦解されたら至急シュヴァーベンの部隊を支援するように)



((了解))



 このままだと二つの小隊が全滅するかもしれない。70、ぐらいだろうか。敵の騎兵隊はその数がかなり減ったが、残った彼らは一騎当千の勢いで猛烈に戦っている。そしてこちらは120人いた人間の部隊が瓦解され、もはや30人ぐらいしか残ってない。なくなった90人は、死んだか、逃げたようだ。現在戦闘中の総戦力は、127ぐらい。数ではこちらが優位だが、敵は各々の優れた器量と装備の優越さで数の劣勢を克服している。



『敵の歩兵隊は?』



 向こうを見る限り、敵の歩兵隊は依然として動かない。なぜだろう?理解不能だ。ならば今スケルトン部隊を使う?ダメだ。重武装した騎兵相手には意味がない。スケルトンは、たかが軽武装した敵相手に時間稼ぎにしかならないものだ。使わない方が良いだろう。



『そうだ。辺境伯!』



 忘れていた最初の作戦を思い出す。元の目標は指揮官である辺境伯を何とかすることだった。今辺境伯はどこに?



「うりゃあ!お前ら!頑張れ!魔女どもを殺して、お手柄を持って帰るんだ!」



 近くで辺境伯の声が聞こえる。見ると彼はクライスト部隊の左、私とあまり離れてない場所で、倒された召喚兵に止めを刺している。彼を殺すか、降参させないと。



『辺境伯!今すく降参しろ!君の策略はもう台無しとなった!』



「うん……?貴様」



 辺境伯がこちらを見る。その目、血走っている。彼がこちらに近付く。



「お前は……そうか。お前がこいつらの頭か」



『……ああ、そうだ。私がこの軍の司令官だ。辺境伯、降参しろ。これ以上の抵抗は無駄だぞ』



「降参?この我が、お前みたいな奴に降参だと?ははは、笑いしか出ないな。あの時、お前を処刑するべきだったな」



『……』



「降参など、するものか!我は、お前らを皆殺しにして、首を切り、それを持って帰るんだ!そうしたらピエールの野郎が死んだのも有耶無耶にできるし、功績で地位も上がるに違いない。その首、我によこせー!」



 辺境伯、血に狂っているのか、権力に狂っているのか、彼はそう叫び私に突進してくる。どうやら一騎打ちは避けられそうにない。盾を構える。



(彼は斬撃を飛ばしてくるはず。それをかわして、その時できた隙間に、彼の頭を潰せば……)



 だが彼は今まで数十年間、無数の戦いを重ねてきた歴戦の武人。彼を相手に、私が勝てるだろうか。



(でも今になっては逃げることもできない。大丈夫。彼は兜を被ってない。ならこのメイスで……)



 メイスを握った右手に力を入れる。盾を構え、彼を待つ。その時だった。



「きゃあああ!!!勇者……!助けてぇ!!!」



 いきなり後ろでネイアの悲鳴が聞こえる。



(え?悲鳴?いきなり何だ?)



 ネイアは何で叫んだのだろう?私に助けを求めた。だけど今は辺境伯が来ている。悲鳴のせいで色んなことを考えてしまい、思わず体から緩んでしまう。だが、辺境伯は、その隙間を逃さない。



「食らえぇ!!!」



『!?くそ、しまっ……!』



 彼の、欲望と憎悪に満ちた斬撃が私に飛来する。

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