第34話 白兵戦




「うあああっ!!!ちくしょう!死にたくねぇ!」



「お、俺も!あれに轢かれたら木っ端微塵だ!」



『おい!敵を前にして逃げるな』



 敵の騎兵隊が殺到して、怯えた数十の人が逃げ出す。私が命令しても無駄のようだ。敵騎兵との距離は、40メートルぐらいか。次第に地面と空気の揺れが激しくなっていく。



『ネイア、今だ!』



「あ、うん!呪いよ!大地を苦しませたまえ……!」



 私の後ろにいるネイアと、彼女の仲間20人が呪文を唱え、地面に拳を振り下ろす。



「くっ、お願い……!」



『……!』



 すると、ネイアを中心に、周りの数百メートルの大地が黒く染まっていく。



『……何か不安だな』



 そしてその大地は、瞬く間に漆黒の泥に変わって行く。黒き泥の海が出来上がったのだ。



「ヒヒヒーン!」



「くああっ!足が!」



「くそ!馬の脚が折れた!」



「くへっ!」



 全速力で走っていた馬たちは、泥にはまり倒れていく。その反動で何人かは前に飛び出され、泥に突っ込まれたようだ。重すぎたのか、ある馬は泥に沈んでいく。敵の突撃は、その効果を完全に失った。彼らとの距離は、約8メートル。ベルキーの部隊の後ろで、機会をうかがう。



『うっ!足が!』



 だが私を含む味方も、泥に足がはまり、動きづらくなっていく。



『今だ。全部隊、攻撃開始!』



 敵は今まともに戦えない。今の内に敵を削っていかないと。



「司令。今です」



『ああ、知ってる。アルマ・アルキウム。ラブレ小隊を除く全小隊を召喚せよ』



 敵騎兵隊は今横に長い陣形のまま倒れている。彼らと向き合う形に、横隊に組んだ四つの小隊を一気に召喚する。青き光と共に兵力が姿を現す。左から、エリーヌ、シュヴァーベン小隊。そして中央には逃げなかったベルキー中隊。その右にクライスト、バシリア小隊。これで陣形が整った。



「な、何だ。これは……!」



 敵はいきなり目の前に大量の兵士が現れたことで驚いたようだ。これは、ハウシェンの提案によるもの。召喚を解除しておいて、混乱に落ちた敵の前に一斉に召喚する。こうすると、泥に倒れて衝撃を受けた敵兵は、いきなり目の前に多数の敵が現れたことで、その衝撃が倍になるとか。



『全機!一斉に攻撃!彼らに時間を与えるな!』



「「了解」」



 全部隊が泥を踏んで前に進み、混乱に落ちた騎兵隊に攻撃を始める。



「敵を殺す。ただそれだけ」



「うわああっ!」



 クライストがハルバードを振り下ろし、泥に埋もれた騎兵の頭をぶち壊す。嘘だろ、ハルバードで兜ごと、頭が壊れるのか。バイザーの隙間から血が漏れ、その騎兵はブルブルと痙攣する。



「……攻撃」



「させねえ!」



 私の召喚兵は、感情もなく、ただ機械のように敵を襲い始める。彼らの様子を見るに、それなりに戦えるようでほっとする。だが何人かの敵が反撃を始めた。周りが刃と鎧がぶつかる音と、人の悲鳴で埋め尽くされていく。私は人間部隊の後ろで状況を確かめる。



「司令。私も戦闘に」



『いや、待って。君は予備隊だ』



 ハウシェンは多分、私の兵力の中で一番強い。もし戦いが不利になっていく部隊があったら、そこに投入しないと。そう言えば、ネイアの調子は?後ろを見る。



「ゆ、勇者……もう、無理……」



 ネイアは目元が暗く、体が震えている。彼女以外にも、何人かは脱力して倒れている。大規模の魔法を使った分、疲れたのだろうか。



『ネイア、疲れた人たちと後退していい。スケルトンを統制する10人は私の後ろで待機だ』



「……僕も、ここにいる。まだな、何かできるかも」



『……まあ、自由にして。でも気を付けて。死ぬかもしれないから』



 そして私はもっと後方、遠くの山の入り口を見る。そこにはさっき逃げ出した50人ぐらいの兵士がこちらを見ている。



『おい!戻って来い!今すぐ来ないと、お前ら全員死刑だ!』



 彼らは動揺していて、何人かが戻って来ている。良し、なら戦場の確認だ。見る限り、馬から降りて、姿勢を取り戻した騎兵たちと我が軍が接戦を繰り広げている。残った敵側の数は、150ぐらいか。最初は300機を予想していたが、火事や今の転倒で数が減ったようだ。こちらの数は私の召喚兵125人に、人間70人。数的にはむしろ優勢だ。



「うりゃあ!」



「こいつら、弱いな!」



「くっ……!」



 だが、流石の騎兵たち、いや、騎士なのか?敵は精鋭であるためか、武術では我が軍を圧倒しているようだ。各々の器量で数の不利を克服している。だが彼らは我が軍がいる正面に意識を集中しているため、側面と背後が無防備なっている。今が頃合いか。



『今だな。アルマ・アルキウム。陣形の右翼。バシリア小隊と交戦中の敵の側面に、ラブレ小隊を召喚せよ』



 我が軍の右翼の、バシリア小隊との戦いに最中である敵軍の側面に、ラブレ小隊が光と共に現れる。



「……!?な、なんだこれは!?」



 敵側はいきなりの増援に驚愕する様子。まあ、驚いても仕方ないだろうな、これは。



『ラブレ少尉!君の部隊で奴らの側面を攻撃しろ!バシリアたちと連携して、左翼から壊していけ!』



(こちらラブレ、了解)



 ラブレの部隊が左翼の敵騎兵たちの側面と後方を攻撃する。敵の陣形の左が、バシリアとラブレの部隊に挟み撃ちにされ、段々と崩れていく。



「くそ!どこから出てきたんだ!こいつらは!」



「食らえ!ちくしょう!後方の歩兵隊は何をやっているんだ!」



『……ハウシェンの言った通りだな』



 この側面攻撃も、ハウシェンのアドバイスによるもの。彼女曰く、人は戦いにおいて正面より側面と後方の攻撃に弱く、だからこそ敵を倒すには彼らを正面から縛り、その隙間に側面と後方を攻撃するのが効果的だと言ったんだが、こう言うことか。



『にしても、敵の歩兵隊は、何をやっているんだろう』



 遠くの敵歩兵隊を見る。ある騎兵が指揮しているようだが、彼らはちっとも動かない。予想通りだと彼らが助けに来ようとして、それをスケルトンの群れで妨害するつもりだったが、彼らは一体?



「な、何だ、あれは……」



 私は唖然とそれを見ることしかできなかった。



「いきなり地が泥に変わって、騎兵隊が頓挫してしまうとは……」



 距離があるおかげか、戦場を中心に数百メートルに広がっているその泥の海は、ここにまでは届いてない。遠くでは青い光と共に敵兵が現れ、騎兵隊と戦闘を始めた。



「閣下、だから言ったじゃないか……気を付けた方が良いって」



 ため息が出てしまう。



「な、何だ……地が変わるって、こんなの初めて見る……」



「辺境伯様はどうなった?まさか……」



「あ、あの、シェパード様、俺たちはどうすれば……」



 ある兵士が私に意見を求める。そうだ。この500の歩兵隊の指揮官は私。判断をしなければ、



「……」



 様子を見る。歩兵隊で支援に行ったとしても、泥のせいで早くは行けない。人が立っていると足首どころか、脛まで埋もれてしまう泥だ。距離は約1キロメートル、決して近くない。



「ここで死んでしまう可能性も、あるな……」



 ふと思いつく。今の戦いの様子を見ると、騎兵隊が負ける可能性も低くない。もしここで辺境伯が死んだら、私はどうなるのか。



「……」



 彼が今まで私にやったことを思い出す。刃を向け、無茶を強いれ、脅しまで。もしここで彼が死んだら、彼との契約は意味を失うだろう。なら、新しい主君と契約ができる。ならよし。辺境伯の無茶な命令でいいように振り回されるのも、もうごめんだ。



「……そうだな。あいつとは、もうさらばだ」



「……?シェパード様、今なんて……?」



「いや、何でもない。良く聞け。私はこれからセベウに戻り、増援を呼んでくる。君たちはここで待機しろ」



「え?シェパード様、それは一体?」



「言葉通りの意味だ。増援を呼んで来るから、君たちはその時までここに待っていろ。ここで馬に持っているのは私だけ。私が行った方が一番早いだろう。騎兵隊は心配するな。彼らは歴戦の戦士たち、問題ないはず。覚えておけ。私がここに戻るまで、絶対に動かないことだ」



「は、はい……」



 そう言い、彼らを後にする。もちろん彼らに言ったのは嘘だ。増援など、あるものか。このまま歩兵隊が動かなければ、騎兵隊は潰れるだろう。そして、辺境伯が死ねば、彼らも降参し、討伐軍はそのままなくなる。ならセベウ、いや、この国自体が終わるかもだ。私はここを捨て、東で新しい人生を始めるのだ。辺境伯やここでの過去は、清算しよう。




「——————攻撃」



「させるか!」



 私の召喚兵がプレートアーマーを着た騎兵を容赦なく叩きつける。ある者は穂先が鋭いもので、関節部などの鎧の隙間を刺しまくる。味方、敵は関係なく、その場の全ての存在が泥と血のまみれになっていく。



「うりゃあ!くそ、くそ!」



 ある騎兵が剣で召喚兵の頭を突き刺す。防具が十分でないため、その兵士は顔面が崩れたまま倒れ、光になって消える。騎兵隊は最初の衝撃から完全に回復し、戦いは拮抗している。



『……右翼はどうだ?』



 勝敗の行方は私の右翼に掛かっている。確かラブレとバシリアの部隊が敵の左翼を攻撃しているはず。



「司令の敵は、死すのみ」



「うああっ!こ、この、くそどもが……!」



 幸いに、正面、左、後方から同時に攻撃された敵の左翼は、今完全に崩壊そうになっている。そこでは、血が漏れる死体が積み重なっていく。



『ラブレ、バシリア!左翼を殲滅した後はそのまま中央の攻撃だ!』



 数的優位で左翼を破壊し、その次に敵の中央を攻撃、最後に右翼を滅ぼす。と言っても、中央が崩壊すれば、残りの敵は逃げ出すか、降参するだろう。このままだと、無難に……



「うりゃあああ!!!」



「ひいぃ……!」



『……!』



 どこかで聞き覚えのある声が聞こえる。中央あたりか。そこを見ると、前から権力に病んでいた、フシティアン辺境伯の姿が見える。



「お前ら!反撃開始だ!このままやられてたまるか—!!!」



「か、閣下!生きていたのですか!?」



「そうだ!ようやく泥から抜け出たところだ!全騎兵隊!下馬戦闘だ!隊列を維持しながら、仲間と連携して戦え!勝利の栄光は、我らの手にー!!!」



「辺境伯……!」



「勝てる、勝って、生きて帰るんだ……!」



「後方の歩兵隊は何をしている!我の命令だ!早くこっちに来い—!!!」



 辺境伯のせいで、敵騎兵隊の士気が上がっていく。敵がもっと猛烈に戦闘に取り掛かる。その時だった。



「う、もう、無理……!」



「勝てない……!逃げる!」



「お、おい!皆、逃げちゃダメだ!僕たちが崩れたらそのまま負けなんだ!」



 味方の中央、ベルキー中隊が辺境伯たちの攻撃に押されていく。ベルキーが何とか隊員を励んでいるが、敵の攻撃に耐えられず、何人かは武器を捨てて逃げていく。陣形の中央が崩壊していく。



「閣下!目の前の敵が逃げていきます!」



「よし!敵の中央が崩れたら、そこを突っ込め!そしてそのまま敵の側面を攻撃しろ!」



 敵は中央を突破し、二手に別れてシュヴァーベンとクライスト部隊の側面を攻撃する気みたいだ。



『おい!逃げるな!だめだ。ハウシェン!中央を支援しろ!』



「はっ!」



 私が止めても逃げる者は逃げて行くばかりだ。もう残って戦う人間は、30人程度。ハウシェンがどれだけ強くても、40人が逃げてできた穴を埋めることはできない。



「ゆ、勇者……僕たちはどうすれば……」



 後ろのネイアがそう尋ねる。スケルトン部隊を今投入する?だめだ。その場合、もし敵歩兵隊が近付いて来る時、対抗できる手が無くなる。ならば、



『ネイア。仲間たちと一緒に、逃げていく者たちを掴んで戦場に送るようにして。そして、向こうの遠くの敵。彼らがこちらに来るようだったら、即座に私に教えて。分かった?』



「う、うん……でも勇者は……?」



 ネイアは、心配そうな目で私を見つめる。



『今の状態から見ると、私も戦わなきゃ。これで』



 腰の帯からメイスを取り出す。



「……分かった」



 ハウシェンの後を追って、陣形の中央に向かう。



『誰も逃げるな!敵と戦うんだ!ベルキー!君の部隊だ、何とかしろ!』



「わ、分かっている!でも、皆が、言っても聞かないから……!」



 7メートルほど先の戦場に向かいながら、逃げていく兵士を掴む。



『お前、何で逃げる。ここで逃げちゃ、皆殺し。知っているだろう?』



「ゆ、勇者……?お前の前に出るのか……」



『そう。だから君も、行け』



「……わ、わ、分かった」



 何人かが気を取り戻し、戦場に向かう。



「司令の敵は、死すのみ!ふっ!」



「き、貴様!うああっ!」



 ハウシェンはロングソードではなく、錐のような剣を取り出し、敵を鎧ごと刺し貫く。あれも剣なのか。体が貫かれた敵は倒れてしまう。その穴の開いた体が痙攣し、鎧の穴から血が漏れていく。



『食らえ……!』



「この、魔女どもが……!」



 左手には盾を、右手にはメイスを取り、敵に近付く。こいつら、疲れているな。さっきと比べ動きが明らかに鈍い。斬撃を盾で受け止めた後、メイスで頭を全力で叩く。兜を越して、頭が割れる感覚、それが手に伝わってくる。だが、私とハウシェンだけでは足りず、中央の陣形が崩れてしまう。




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