第33話 突撃
「ようやく準備が終わったか」
目の前に集結している軍の列を見る。昨夜の火災でその数は多少減ったが、それでも無視できない戦闘力を有しているに違いない。
「シェパード卿。報告を」
「はっ。戦力の報告です。現在、重騎兵が170機、軽騎兵が30機で、合計200機です。歩兵は、守備隊の100人を除いて、槍兵が200、弓兵が100、その他の近接戦用の歩兵が200で、合計500人です」
「よし。ブライアン。昨日言った通り、君には城の守備を頼む。城に残る唯一の騎士として、守備隊を導き、城を守るように」
後ろにいたブライアンが返事をする。
「はっ」
「良かろう……全軍に告ぐ!これより我々は、噂の魔女の巣を滅ぼしに行く!魔女どもを皆殺しにして、昨夜亡くなった皆の敵を取り、神の教えを実現するのだ!」
見る限り、兵士のほとんどは疲れているようだし、気を励ますようなことを適当に言っておく。これで士気が上がれば良いのだが。
「うおおお!奴らを皆殺しにする!死んだ仲間の仇を!」
「教会から聞いたぞ。魔女を殺したら、全ての罪を許してもらえるって。これで死んだ後に天国に行けるはず!」
「奴らを殺したら、その次は略奪だ!金になるものは全部奪ってやるぜ!」
まあ、どうやら彼らにそれなりの戦意が生まれたようで何よりだ。
「よし!では城門を開けろ!出陣だ!」
城門が開かれる。馬に乗り、その先頭に立つ。隣にはシェパードが、後ろには騎兵隊が続き、その次に歩兵隊が付いて来る。
「うおお!!皆、頑張れえ!魔女を滅ぼすんだ!」
「辺境伯様なら、きっと勝利を収めるに違いない!」
「騎士って、かっこいいな……僕も大人になったら騎士になりたい!」
街を過ぎていくと、城内の人たちが我らを応援し、花びらをまく。その中にはガキもいるようだ。だがな、ガキよ。今の世に騎士とか、やらない方が良いぞ。
「……」
視線を感じてその方向を見ると、メディニアがこっちを見ている。本来ならお前の父さんも連れて行きたがったけど、お前のためにここに残したんだ。感謝しておけ。そう思いながら城を後にする。
「方向は、ここから北西か。出発だ」
そうして部隊を率いてあの山に向かい、前進を始める。
「……」
時間はいくら経ったのだろう。少なくとも城を出て2時間は経った気がする。我が城が地平線に近付き、ほぼ見えなくなっている。今の内に作戦を確かめるか。
「見つけた入り口に着いたら、下馬して目的地まで移動か」
「はっ。調査した限り、馬も登れる道はあるのですが、それでも騎乗しての戦闘はできないと思った方が良いかと。そしてその入り口にまもなく到着します」
「そうだな。このランス、必要なかったかもだな。もし奴らが平原で我らと正面対決をしてくれたら、使えるはずだけど……って、何だ、あれは」
愚痴を言っている中、前方から何かが目に入る。山の入り口って、あれのことか。だがそれより、その入り口の前の、平原に立っている150人程度の人の群れが我の目を奪う。
「彼らって、何だ?」
「……魔女の軍、ではないでしょうか」
「なに?」
確かに、よく見ると彼らは弓や槍などの武器を持っている。そして何より、我らに向けて横に長い、横隊の陣形を組んでいる。彼らは戦う気なのか?
「はははは!笑いしか出てこないな。何だあれは。あの数で戦う気か?」
呆気なさについ笑いが出てしまう。彼らは頭の数も足りなく、ましてや武器も騎兵に対抗するに向いてないものばかりだ。そして防具もまともに付けてないように見える。あんな有象無象の集まりで、我らに立ち向かう気か。
「全軍、戦闘準備!横隊に変われ!」
移動のために縦隊だった部隊の隊列を、横に長い横隊に変える。一番前には騎兵隊が横に長く並び、その後ろに歩兵隊が3つに分けて横隊に並ぶ。
「閣下、何か少し怪しいかと。一旦様子を見た方が……」
シェパードが何か言い出したその時、向こうから数十本の矢が飛んでくる。距離のせいで当たってはないが、それは、我らへの敵意を示したのだろう。
「いや、敵は既に攻撃を始めた。一回の突撃、一瞬で終わらせた方が良いだろう。あいつらを蹴散らし、そのまま村に直行だ。それで全てが終わるに違いない」
「……分かりました。では歩兵隊は……」
「万が一の場合に備え、後方で待機せよ。指揮は、そうだな、シェパード卿、君に任せる」
「分かりました。では一旦、弓兵隊で遠距離攻撃を……」
「敵の数はたかが150程度。対して我らは騎兵のみで200だ。弓兵隊が出る必要はないだろう」
「閣下……分かりました」
シェパードは何か諦めたように見える。それより今は目の前の敵に集中しないと。幸いその数は少ない。一回の騎馬突撃で、奴らは砂のように消えるだろう。距離は、少しあるな。行くか。
「全騎兵隊、兜を被れ!そして前進!」
騎兵隊が兜を被り、一斉に前に進む。続々と何本の矢が飛んでくる。だが、空から落ちて来るそれは我らの周りの地に無意味に刺さるのみだった。ランスを構える。馬の速度はまだ早くない。
「距離は……まあ、良いだろう。速度を少し上げろ!知っているな?指示する前に、全速力を出さないことだ!速度より隊列の維持を心掛けろ!」
「「はっ!」」
騎兵隊が隊列を組み、早歩きで段々奴らに近付いて行く。距離が近くなったため、敵の顔が見えてくる。
「うん?あの顔は……」
敵陣の真ん中にいる人の顔を見て、ふと気付く。あいつって確か、スメラギ?だと言った魔法使いだったな。ピエールに尋問されていたと聞いたが、脱出したのか。そしてあんな風に魔女の味方に、
「あいつって、魔女だったのか。ならあの時殺すべきだったな。距離は……頃合いか」
ようやく突撃に最適な距離になった。喉に力を入れる。
「全騎兵隊!突撃だ!隊列を維持しながら全速力で前進!行くぞ!」
足で馬を駆り、一番先頭に出て、全速力で走り出す。
「「突撃!!!」」
我の後を継ぎ、200の騎兵隊が全速力で走り出す。太陽の光を浴びて輝く鎧とランス。それらが魔女たちに向かい殺到する。もしランスに当たったら即死。じゃなくても馬に轢かれたら重症は避けられない。これを正面から受け止めるのは、彼らにできないだろう。きっと怯えているに違いない。
「ううぅ、うあああ!!!」
「こ、怖い!もう無理だ!!」
「あれに踏まれたら死んじゃうぜ!助けて!」
『逃げるな!敵を前に逃げたらどうする!ベルキー!何とかしろ!』
「し、知ってる!」
「ふっ。やはりな」
多数の兵士が武器を捨てて逃げ出す。数は、50ぐらいだろうか。奴はそれに戸惑っているようだ。にしても、彼の隣にいる背の高い女騎士は相当に強そうだ。先に殺すべきか。
『ネイア、今だ!』
奴が誰かに叫ぶようだ。まあ、対策を立てようが、今になっては遅い。彼らとの距離はもはや目と鼻の先。このランスでお前を貫いて……
「う、うん!呪いよ、大地を苦しませたまえ……!」
少女が何かを呟くようだ。だが距離のせいで、何を言っているかは、
「!?ヒヒヒーン!」
「うわああっ!!!」
突然、我の馬が転んでしまう。その衝撃で前に飛び出されてしまい、頭から地面に突っ込まれてし
まった。くそ、衝撃で頭痛を感じ、頭が回らない。一体何が?
「ヒヒンー!」
「うわああっ!何だこれは!」
「くへっ!」
「くっ!くそ!腕が……!」
周りから色んな音が聞こえる。馬の泣き叫ぶ音と、騎兵たちの苦しむ声。何とか起き上がろうとするが、なぜか体が動かない。まるで沼に落ちたようだ感じがする。そして兜のバイザーに土でも挟まったのか、何も見えなく、首も回らない。
『ハウシェン、今だ!攻撃開始!』
「はっ」
彼らの話が聞こえて、敵兵たちが近付く音がする。くそ!何とか、起きなくては……!
……時間を少し遡り、それは、村でのことだった。
『戦いの基本は、敵の要を潰すこと』
そう。戦う相手の核心となるもの、それを潰すのが、勝利への最もの近道だ。過去を思い出す。私への攻撃を止めるための最も効果的な方法は、攻撃の主導者である卓郎の破壊だった。
『敵の要、つまり首は、司令官である辺境伯であるはず。辺境伯を破壊すれば、私たちの勝ちだ』
「……確かに。だがどうやって……?敵軍の数は一千を超える。その中で、辺境伯を殺すのは難しそうだが……」
隣で無口にいたベルキーが口を挟む。まあ、策士ということか、作戦に興味があるようだ。彼の意見は役に立つかもしれない。
『敵の数が多い。なら、彼らを分離させなくてはならないだろう。各個撃破って奴だ。一つに固まった一千の軍勢は、今の我が軍では適うはずがない。ハウシェン、ベルキー、どう思う?』
「はっ、司令のおっしゃる通りかと。いくら私が多数の敵を相手できるとは言え、それ程の数の差は、難しいかと思います」
「ああ、数は四倍近く敵が多い。正面からは勝利の見込みはないと思う。君の言う通り彼らを分離させないとだ」
二人の意見に耳を傾ける。
『数的に劣勢なら、そうするのが合理的。まず敵を欺瞞し、二つのグループに分ける』
「考えとしては悪くないけど、具体的どうやって?」
ベルキーは、多少不信感に満ちている目で私を見つめている。
『ネイア、地を泥に変える魔法、使えるか?それも周りを丸ごと覆う程に。前に見せてくれたでしょう、あれ』
ネイアは、私の質問に戸惑うようだ。
「え、それは……できなくはない。でも、それ程になると魔力の消費が激しくて、一人では無理かも」
『仲間たちも全部集めてやるとしたら、できる?』
「……今、魔法を使える人は、30人ぐらい。20人ぐらいでやるならできる」
『なら良い。聞いたでしょう。まず平原で敵軍を迎える。敵騎兵の数は300機、反面こちらは270人ぐらい。辺境伯は騎兵で突撃すれば容易く撃破できると思い、それを敢行する可能性が高い。どう思う?』
「敵戦力の中心は騎兵。騎馬突撃の威力を考えると、平原で300の騎兵がそれよりも少ない歩兵を蹴散らすのは簡単です。敵の指揮官が突撃を試みる可能性は十分にあるかと」
『敵の騎兵隊だけが突撃すると、自然に歩兵隊と離れることになる。そのうちに、騎兵隊を先に撃破する。騎兵隊が近付けば、その時に地を泥に変えるんだ』
「……」
『すると、騎兵の突撃はその威力を失うだろう。馬は倒れ、敵は衝撃を受けるはず。その隙間に全力で襲い掛かって、敵の騎兵隊を殲滅し、首である辺境伯を、殺すか、降参させる。なら残りも戦意を失うはずだ』
「なるほど、そういうことか」
「しかし司令、敵の歩兵隊はどうする気ですか?騎兵隊がやられると、後ろの歩兵隊が彼らを助けようとするはずですが」
『ネイア、使えるスケルトンは、どのくらいなんだ?』
「え……大地の呪いを使うと、魔法を使える人は残り10人、なら、300機くらい使えると思う」
『そうか。周り一帯が泥に変わったら、歩兵隊が合流するにも時間が掛かるはずだ。歩くのが大変になるからな。それでも私たちが騎兵隊を撃破する前に、歩兵隊が来るようになったら、スケルトン部隊を利用して彼らを止める。そしてそう稼いだ時間を利用して目標を達成するのだ』
「……黒魔法の戦術的活用、ですか。司令、それで良いかと思います。正攻法では勝利の見込みはないし、それが良いかと」
「うーん。悪くないな。でも、敵の騎馬突撃を、兵士たちが耐えられるのかが……」
『より良い案があるなら教えてくれ。聞いてはみるから。ないなら、これで行く』
異論を待ってみるが、ないようだ。
『ないな。ならこれで行く。ネイア、君の仲間全部連れて来て。準備ができたら外に行く』
「う、うん」
ネイアとベルキーが向かう。私も準備をしないと。
「司令。まずは装備を」
ハウシェンの言葉で気付く。私は今、戦闘のための装備を全然付けてない。
「これを、司令に合いそうなものを見繕って来ました」
ハウシェンが後ろにある色んな防具を渡す。チェインメイルに、ガントレットの類のものがある。
『ああ、ありがとう。って、うあああっ……!』
鎧の一部が腕の焼き印に触り、また激痛が走る。腕に、体に針が刺されまくるようなそれは、本当に耐えがたいものだった。
「司令、大丈夫でしょうか」
『あ、ああ』
この激痛は、多分一生持っていくことになるだろう。くそ、忌々しいな、たまらなく。
「司令、作戦に関してですが、私に提案があります」
私の気持ちに気も付けず、ハウシェンはそう淡々と自分の意見を口にするのみだった。でも、他でもなくハウシェンの提案か、聞いてみないと。
『ああ、何だ?』
「それは、」
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