第30話 首

「ちくしょう!何でこうなったんだ!」



「閣下……」



 余りにも予想外のことで、激怒してしまう。つい今収まった謎の大火災、そのせいで城内はボロボロだ。



「何だったんだあの火事は!あれのせいで城内の3分の1が灰になってしまって、たくさんの死者が出てしまったぞ。そして魔女まで脱出して、ピエールの奴まで首が切られて殺されるとは。これが噂になったら我の名誉が損なわれる!」



 この噂が広まったら、我の評判が落ちるのは一目瞭然だ。政治的に危ない。教会の異端審問官が魔女に殺されたのだ、ただで済むことでない。教皇にまで報告が届いて、魔女の協力者だと訴えられるかもしれない。最悪の場合、破門されるかもだ。



「もし破門されたら、我の夢はもう台無しだ!何もかも終わりだ!」



 心配することは他にもある。教皇が動いたら、国王も相応の動きを取るはず。それも我に不利なものになるだろう。



「このままでは、私は本当に終わってしまう!世界中に目を付けられたことで、もう上を目指せない!それどころか、今の地位に問題が生じる可能性もある!」



 危機に陥ったことで、つい一人称が私に戻ったのに気付く。普段は気取って我を使っていたが、状況が状況のため、その余裕が無くなったようだ。



「閣下、一旦落ち着いた方が……」



 シェパードが私を落ち着かせようとする。一旦、頭を冷やすか。



「ふう……」



 窓を見る。外は、まだ夜だ。



「閣下。そんなに心配することはありません。基本的に国王と教皇は対立しています。教皇が閣下に何かしようとしても、国王が阻止してくれるはずです。それに破門は滅多にあることではないので、それに関して心配しすぎるのも良くないかと」



「……ふう……そうか」



 だがこれは異例的な事件。魔女を狩る役目の異端審問官が、逆に魔女に狩られた。もしここでピエールの死因を偽装しても、教会の調査ですぐばれるだろう。この危機を乗り越え、爵位を守るためには、功績を上げる必要がある。



「そう。戦果が必要だ。あの魔女の巣を、滅ぼさないと」



「……」



「それを滅ぼしたら、何とか弁明ができる。異端審問官が魔女に殺されたのに気付き、それを追って魔女たちを滅ぼした。それで我が領地は、人々は魔女に怯えずに済むようになった、と」



 そう、今になってはこれしかない。今ここで何もやらないと、このまま地位も、名誉も地に落ちるのみだ。



「シェパード卿」



「はっ」



「全兵力の戦闘準備を。最低限の守備隊だけを残し、全ての兵力を集めて魔女の巣に向かう。夜が明けたらすぐ出発だと、全軍に伝えろ」



「……しかし、火事のせいで我が軍も多数が傷を負ったのですが……」



 シェパードの言葉が気に障る。こいつ、一々うるさいな。つい頭に血が上る。



「貴様ぁ!黙れぇ!」



「……!うわあっ!」



 剣を抜き、シェパードの胴鎧を軽く突き刺す。それはただ鎧を叩く程度だったが、シェパードは驚き、後ろに倒れてしまった。刃を彼に向ける。彼の顔は真っ青だ。



「シェパード卿、最後の警告だ……!我が命じれば、ただそれに従うように。我の決定に口を挟むな……もし次にこんなことがあったら、君を魔女だと教会に訴えるとしよう」



「は、は……承知いたしました」



「よかろう。良い返事だ。なら下がれ」



 シェパードが部屋を出る。窓を越して、外の世界が目に入る。下にはたくさんの負傷者が苦しんでいて、上には、夜空に満月が輝いている。我は心を落ち着かせるために、下を無視して夜空を眺めることにした。



 ……同じ時、森の中ではネイアが心配そうに皇を見つめている。



「勇者!大丈夫!?」



『ううっ……いや、大丈夫じゃない……』



 ネイアと仲直りしたのはいいが、周期的に傷から激痛が走り、何もできなくなる。



『ネイア、傷を治したりできないか?』



「うん、待って、気休め程度だけど、これ」



 ネイアが何かを呟く。



「……大地よ。我が友の肉体を慰めたまえ」



 地面から緑色の光が伸びてきて、私の体を包み込む。鞭と左手の傷の痛みが、減っていく気がする。



『……ありがとう。鞭の痛みが、少し減ったようだ』



 だけど焼き印の痛みはなくならない。傷の種類が違うのか。



「あの烙印は教会の焼き印。普通の魔法では対処できない」



『……と言うと?』



「聖女など、教会の特別な人が癒してくれない限り、それはなくならないよ。場合によっては、死ぬまで続くかも」



『……そうか』



 逆十字架の焼き印、熱を発しているそれが、どうしようもなく忌々しい。これを一生持っていくのか。



『まあ、良いだろう。それより聞いたか。辺境伯がここに攻めて来るらしいだが』



 ピエールが死ぬ前に言ったのを思い出す。それをネイアも知っているだろうか。



「……僕も知っている。それで何とか対策を立てようと思って……」



 スケルトンはそのためだったか。だけどふと思う。果たしてその程度のもので辺境伯の軍を止められるのだろうか。



『一旦村に行こう。ここにずっといるのもあれだし、そこで対策を考えないと』



「うん。それで勇者、その人は……」



 ネイアが私の後ろを指差す。そこを見ると、ハウシェンが私の後ろに無言のまま立ち尽くしていて、私たちを無機質な目で見つめている。



『紹介しないと。この人の名前はハウシェン。階級は上級大佐。私が召喚した兵士だ。私に絶対的に忠誠して、これからも戦力として戦ってくれる味方だ』



「ハウシェンだ。よろしく頼む」



「え、あ、はい……」



 ハウシェンの高圧的な口調。自分よりずっと背の高い、険しい雰囲気の人が冷たく言い告げたせいか、ネイアは少し怯えているようだ。



(……ハウシェン、ネイアにもっと優しく接してくれ)



(……了解しました)



 脳内でハウシェンにそう伝えておく。



『それより、村に行こう。まずそこで作戦会議だ。ここから遠かったっけ?』



「……あまり遠くないよ。ここでもうすぐだから、こっちに来て」



『ちょっと待って。馬を持って来たんだ。せっかくだし乗れ』



 後ろでずっと食べられる草を探していたサラマンカを連れて来る。



「この馬は、何?」



『事情があってな。私のものになった馬だ。名前はサラマンカ、ミンキ―と呼んでもいいよ』



「ヒヒヒン」



『行こう。私の後ろに乗って』



 私はサラマンカに乗り、後ろにネイアを乗せる。



『それじゃ、行くか』



「はっ」



 ハウシェンが隣に護衛に回り、サラマンカが歩き始める。空からは、月が消えていく。



「……騎士だ!討伐軍が来たのに間違いない!」



「え?嘘!?早すぎる!じゃネイアは……?」



「うわああ!殺されたのに違いない!逃げよう!この村はもうだめだ!」



 村に入ると、村中がパニックに落ちていた。完全武装した巨体の女騎士。確かに彼らには討伐軍に見えるかもしれないな。



『村人って、目が節穴なのか?ネイア、何とか言ってあげて』



「うん……皆!僕だよ!勇者が帰ってきたんだ!」



「……え?ネイア、生きていたのか!」



「そう言えば、前に村を出た男?」



 村中の人が不思議そうに私たちを見る。パニックは収まったのか、村中の人々が私たちに集まる。



「お主……何でまた、ここに来たのじゃ」



 私の前にヨイド、村の村長が現れ、そう尋ねる。



『戦うために来た。戦う理由、できたから』



 村中が騒めく。



「それって、どういう……」



「信じられない、討伐軍のスパイかも……」



 またあれを見せる必要があるようだ。私は左の袖をまくり、あの烙印を皆に見せる。



『まあ、言うだけだはあれだし、これでも見てくれ』



「……!うそ、あれは……!」



「あの烙印って、くそ!あれ、私の弟も刻まれてて、忌々しい……!」



 焼き印を見せると、村人は驚く様子。何人かは同じものを持っているのか。可哀想な奴だな、と思いながら袖を下す。



『ネイア、私の代わりに言ってくれ』



「……うん。皆、勇者は外で僕たちがどう扱われるのかを目にして、心が変わったんだ。僕たちのために戦うって。なぜなら、勇者は前に僕たちみたいに苦しめられて、生き残った人だから」



「……そうだったのか」



『まあ、そうだ。そして、辺境伯がここを滅ぼすためにやって来る。生き残りたければ戦うしかないだろう。私を受け入れろ。なら一員として戦ってやる』



「なるほど……理由は分かったが、その体でわしらの敵と戦えるのか?わしらの敵は強大だ。戦えるという、証を見せてくれないか」



 私の言うことにただ納得する人々と違い、ヨイドはそこまで気にしているらしい。なら、あれを見せてあげるか。鞍の横に付けていた袋から、あれを取り出し、皆に見せつける。



「きゃあああ!!!!」



「うわあっ!って、おいおい、嘘だろう……?」



「……!あ、あれは!見たことがある。もしかして、異端審問官なのか?」



 それはさっき私が処断した、ピエールの首だった。血は既に固まり、その醜き顔が皆に晒される。それを見て村の全員が驚愕する。ヨイドは驚いたあまりに座り込んでしまった。



『これがその証だ。異端審問官、ピエール司祭。たくさんの人を魔女と決めつけ、殺してきた彼は、私が処断した。これで十分か?』



「ゆ、勇者……ここまで……」



「……すごい!あの野郎を、やっつけたなんて……!」



「勇者って、すごい方に違いない!」



「私の姉さん、あの司祭に殺されたんだ……それが、ああなって……」



「こ、これを見たら、認めざるを得まい……」



 村の皆が息を呑み、驚きと喜びに騒めく。



『全員に告ぐ。私は、迫る敵を打ち砕く。戯言は言わない。戦え。生き残るために』



 村が戦意に溢れ出す。



「ニケア様がなくなって、僕たちだけで戦うのは無理だと思っていたけど、勇者となら、戦える気がする……!」



「わ、私も!もう、逃げるだけでは、ダメなんだ。戦わないと……!」



「俺も!ここは俺たちの大事な居場所、守るためなら戦うしかない!」



 人々が熱狂するのが感じられる。幸い、彼らの中に戦意が生まれたようだ。



『長くは言わない。魔女を苦しめた奴らにやり返したい者は、私に従え。敵を、己の手で破壊するのだ』



 夜が明け、太陽が見え始める。鞘から剣を抜き、空に向け上げる。太陽の光を浴びてその刀身が輝く。その血塗れの刃に、喜ぶ村人たちの姿が映る。



「「そう、戦う!やり返す!奴らと戦って、勝つんだ!!!」」



 村中が戦意と希望に溢れ出る。その歓喜の叫びは、空気が揺れる気がする程のものだった。



(……これで、一歩。進んだのか)



「……」



 そこから離れた所で、ゼフが深刻な表情で彼らを、皇を眺めている。



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